2話 立場 2
朝日が昇って、アレックスは家族の朝食を準備した。
母と弟と妹はまだ寝ている。そういえば昨日の晩びゃーびゃー泣いていたから何かあったのだろうが、いつものことだ。
両親が慌ててないなら大事ではないことは察せた。
まずキッチンの裏口から家の外に出ると、煙突を持つ炉がでんとおいてあった。炉からは何本もの銅パイプが伸び、家の壁へと潜り込んでいる。
風呂の湯沸かし、暖房、コンロにつながっているわけだ。
その炉の鉄の扉を開き、釜に麻袋から取り出したカチカチの黒い炭をポイポイ投げ入れると、干し草と木くずを詰め込み、指先に魔法で火を灯し、それらに火をつけた。
備え付けの鞴を引いたり押し込んだりして風を送り、炭に着火させ──
「よし。安定した」
──それを確認してから鉄の扉を閉めると、キッチンに戻り、圧力計を見ながら吸気調整弁を開けて使い古したフライパンをコンロに置いた。
熱されるフライパンの上に、羊の乳から作ったバターで油を引き、飼っているコカトリスの卵を割って落とせば、じゅわあと音を立てて目玉焼きの準備が出来上がる。
その間に硬いパンをナイフで切ると、ゴブリンの露店から仕入れた天然岩塩とハーブを混ぜたハーブソルトを用意する。
目玉焼きができたら木べらでそれを取り、陶器のディッシュに置くと、続いて同じフライパンでパンを軽く焦げ目ができるまで焼き、バターを吸わせる。
最後はバターを吸ったパンの面に目玉焼きを乗せ、ハーブソルトを振りかけるとそれにアレックスはかじりついた。
「くー! これこれ! やっぱ朝はこれだ」
先に自分の食事を口に咥えつつ、同じメニューを作ってテーブルに並べると、ドアを開けた父がアレックスにおーいと声をかける。彼はもう服を着替え、エプロンをしていた。
「そろそろ行けるか?」
それは、「羊を牧場に出すから手伝ってくれ」という意味だった。それを理解してるアレックスもまた、返事は簡素だった。
「終わったら着替えて行くから、先行ってて」
フライパンを陶器のシンクに入れて蛇口をひねれば、いつも通り水が出る。
ダムによって蓄えられた水圧を利用して、この世界は登録建築物全戸に水道はすでに通っていた。
そうしてアレックスは毎日の朝のルーティンをこなした。ウィルゲンシュタイン家の苦労も知らずに。
◆◆◆
「くあっ……、ふあぁあ……」
一方、クロードは敷地内の広場の中、馬の鞍の上で大あくび。
一旦ポニーテールを解いてヘルメットを被ると、クロードのその髪の長さは際立った。
腰下まであり、サラサラのようでいて、先端はゆるくカールを描いている。
彼らは午前三時過ぎあたりにようやく書類を片付けることができ、クロードはカフェイン摂取もあって2時間寝られたかどうかだった。
「体だるい……、目が熱い……」
寝不足の症状に苦しめられながら、うつらうつらと乗馬の訓練をして、後ろからついて来る先生に怒鳴られる。
「クロードくん! 落ちるぞ! 手綱はしっかり握れ!」
何度も鞍を落ちかけるクロードにとってはそれは至極真っ当な指摘であった。
◆◆◆
そんな睡魔に操られふわふわしてるのは学校でも同じで、だからこそなんの因果か隣り合った席のアレックスには、船を漕いでるクロードが不真面目に見えていた。
真剣に目を開けようとしてるクロードは、それでも意識に反し体が寝ようとしている。座って動かないでいること自体がそれを助けていた。
社会科と魔法科兼業のミザリーがその様子を見逃すはずもなかった。
「おいクロード! 立て! つい今しがた私が読んだ部分を読んでみろ!」
「ふぇっ!?」
がたっと起き上がるクロードは、教科書に目を落とすも、場所がわからない。
慌てるクロードに、まったく、と内心いらだちを覚えながらも、アレックスは右手で頬杖をつくふりをして、自分の脇の下から教科書を見せ、左手で指定された場所をトントンと叩いた。
助け舟は出した。それに気がつくかどうかはクロード自身だったが、彼はそれに気がついた。
「勇者と賢者と邪神の話ですね。
『1000年前。この世界には邪神が降臨した。それに青の勇者と紅の賢者が立ち向かい、見事これを封印した。
そしてそれ以来、勇者の血統、賢者の血統、そしてそれ以外の平民という三つの身分に分けられた。
勇者の一族は青の編まれた腕輪を、賢者の一族は紅の編まれた腕輪を持っていた。
故に、勇者の一族は青の付け髪をつけることが義務とされるようになり、領地をまとめる行政の道へ。
同様に、賢者の一族は紅の付け髪をつけることが義務とされ、医療、教育、神殿への奉仕への道へ。
それらに関わりのない平民はそれ以外の領地を発展させる道へと、役目が決まっていった。
今の国王も勇者の直系の子孫であると言われている。
そして今日に至るまで、その伝統と継承は続いている』
よろしいですか?」
ミザリーはよろしいと頷くと、クロードに座れと命じた。
そしてミザリーはフォローも入れた。
「疲れてるのかもしれないが、その睡眠一つで遅れを取るぞ。気をつけろ」
「大丈夫です。僕これでも二位なので」
ゴッ!
脳天にミザリーのげんこつを受け、頭を押さえるクロードに、クラスはクスクスと笑った。
「寝ぼけたことを言うな。目は覚めたか」
「すいません……。覚めました」
「それと、アレックス、あまりこの王子様を甘やかすな」
言って、踵を返すミザリー。
バツが悪そうに苦笑いしながら、クロードは着席すると、ボソリと隣の席のアレックスにこう言った。
「いつもありがとう」
そう、【いつも】だった。
だからこそアレックスは腹が立つのだ。
物を忘れたら貸した。
筆記用具を忘れたら貸した。
鉛筆の筆跡を消すための消しパンも貸した。
教科書を忘れたら二人で読んだ。
そのいつも助け舟を出してる俺を性格が悪いと言い放ち、勉強の邪魔をしてる理由は何だ! と。
それが、【わがままな貴族のクロード】という印象を強めてもいた。




