1話 つまらない奴 4
ゴッ。
校庭に並べられた4人の内、まず真っ先にアレックスがげんこつを食らった。
「いってぇ!」
「痛いで済んだだけマシだ阿呆!! 校内で許可なく火を使うな!! 木造校舎なんだぞ!? 法律知ってるか!?」
ミザリーの剣幕にアレックスは何も言えなかった。
魔法を出力した際、術者の指は黒くなる。それを確認されたアレックスは言い逃れはできなかったのだ。
「ハハハ! ほらみたことか! 殴られてやんの!」
指さして笑うクロードの脳天にも、天空から拳が落ちた。
ゴッ。
「痛いです先生!」
「だまらっしゃい! なんで吊るした!?」
「だってこいつ陰気臭いんですもん」
ゴッ。
「僕だけ二回目!?」
「いじめだろうがそれは! 拳一回分ぐらいあるわ!」
涙目で頭を押さえるクロードに対してミザリーは容赦しなかった。
教師ミザリーは黙っていれば端正な顔立ちで物静かそうな雰囲気を持っていた。
しかし実際の性格は熱血教師のそれであった。
キッとロバートともう一人の細い女の子にもその眼光は向けられ──
「あとドロシー! ロバート!」
ゴッ。ゴッ。
二人にも平等に脳天に拳が届いた。ロバートに対してはミザリーは跳ねながらの一撃だった。
大男、ロバートは脳天をさすりながら気まずそうに視線をそらす。
納得いかないと、眉をひそめるのはドロシーと呼ばれたクロードの脇にいた少女だった。
「私も打たれる必要性ありますか? ミザリー先生」
「やかましい!! ドロシー! お前がいてなんで止めなかった!?」
「いや、面白そうかなって……」
「お前もグルじゃないか!!」
ゴッ。
ドロシーにももう一発げんこつが落ちた。
「あのなぁ、お前らなぁ。成人済みだろ? 中等部卒業時に宣誓したろ。これからは責任がついて回るって……」
ため息交じりのミザリーが眉間を揉みながらも、この世界の常識を繰り返した。
それはここにいる5人がよく知っているものだった。
が──
「でも多くの基準は20歳からです。酒もタバコもだめです。
もちろん結婚も18歳にならないと解禁されません。
段階的にできることが増える構造だ。
ということは? 15歳の責任論は労働解禁の宣言でしかない。
だから僕らはまだ正確には庇護対象で──」
──とクロードが言うものだから──
ゴッ。
──ミザリーの三度目の拳が脳天に突き刺さった。
「三度も!」
ゴッ!
「四度だバカタレ! 話を混ぜっ返すな! お前らちょっと来い! ドロシー! ロバート! マール! お前たちは次の授業に備えろ!」
言うが早いか、ミザリーはクロードとアレックスの耳をつまんで校舎に引きずっていった。
「痛い痛い痛い!」
左手につままれたアレックスと同じく、右手につままれたクロードもまた悲鳴を上げた。
「ちぎれるちぎれるちぎれる! あ! 先生だめです! 取れちゃう! 取れちゃう!!!」
そうして連行される彼らを、頭を擦りながら見送るロバートとドロシーにミザリーを連れてきたマールがあっけらかんと声をかけた。
「帰ろっか。授業始まるよ?」
◆◆◆
そうして教務室に連れ込まれるアレックスとクロード。
その様子に、ここでもまたざわめきが起きた。
「おい」
「まただぞ……」
そんな教師の中から、教頭らしき男がオドオドしながらミザリーに一言言った。
「み、ミザリーくん……、何度も言うようだが、彼は勇者の家の、それも……、領主のウィルゲンシュタイン家の嫡男でだな……」
しかし、ミザリーは女だてらに一歩も引かなかった。
「は? 教頭、あなた教育をなんだと思ってるんですか? 家柄で言うなら私だって賢者の家の出です。髪に編み込んでいるこれが見えませんか? 勇者の家と建前上は双璧なんですが?」
クロードとアレックスの手を離して、人差し指で自分のショートボブの黒髪に編み込まれた紅の房を示す。
この世界では貴族の家の者はサファイヤブルーの房と紅の房を髪に編み込むのが文化であり、一目で相手の立場が判別が可能であった。
「クソガキ共を立派な大人にする。それが私たち教師の仕事のはずです。間違いが起きる前に止める。それが大人の責任です。
気になると言うならウィルゲンシュタイン家に連絡を入れても構いません。
あそこの当主とは話は合いますし、苦情も受け付けます。それくらいの覚悟はありますよ」
「……そこまで言うなら……」
教頭が食い下がるのをやめたことを確認してから、ミザリーはため息交じりに自らの席の木製の椅子の背もたれに自らの大きなお尻を乗せて、二人に向き直り、腕を組んだ。
「で、どっちが先にやった?」
すると、素直なものでアレックスがクロードを指さしたと思ったら、クロードは自分を指さした。
「……そういうときは素直だな。で、何が気に入らなかった? 陰気臭いだけでそんな事するか?」
苦笑いしながらも、ミザリーはクロードに尋ねた。
すると、クロードはアレックスを睨みつけながら口を開いた。
「こいつ、学校生活捨ててますから」
「ふむ?」
「陰気臭いってのは嘘じゃないです。
こいつの周り知ってますか? 誰も彼もが目の敵にしてる。
そして、それについてこいつは僕たちを脇役だと切り捨ててる。
態度に出てるんですよ。クラスの連中とぶつかるのも分かる。
性格悪いですよこいつ」
そうはっきりとクロードが言うと、アレックスはますます目を細め、苛立ちの視線をクロードに向けた。
「そういうお前はどうなんだよ貴族の王子様。
いいよなチヤホヤされて。俺が来るまで王国だったか? 天国だったか?
反吐が出るんだよお前みたいなの。何でも自由になると思ってる」
後ろ手に手を組み、皮肉たっぷりな笑顔で、アレックスを一瞥すると、これが証拠とだとでも言うようにクロードは続けた。
「……ね? 聞きました? 性格悪いでしょ?」
「お前よりはマシだ。
そうだよ、お前は俺の人生の脇役だ。俺の人生は卒業後に開けてる。
実績残さなきゃいけないんだよ貧乏人はな」
苛立ち混じりの口調だった。そのアレックスの口調は段々とエスカレートしていった。
「牧羊一家の財政事情も知らないくせに……。苦労したこともないくせに!
言っとくがな、俺には時間がないんだ! 親が無理して俺をここに入れてくれた!
学校生活なんて眼中にないんだよ!
トップ走らなきゃいけないのに……勉強の邪魔されたら怒るに決まってるだろうが!」
その言葉に、クロードもカッとなった。
「ほら見ろ! お前は学生生活を捨ててる! 今を捨ててる!
そういう態度が、僕は気に入らないんだよ!
貴族が楽? 自由? ハッ……、知らない奴は何とでも言えるよな!?
僕には学生生活しかないっていうのに!」
「あーもうわかった!! まったく……! 水と油だな。とりあえず握手しろ」
いい加減にしろと言うように、ミザリーは二人に促した。
「早く!」
渋々、二人は右手を出し合った。
もう何度も繰り返していた行為ではあった。
「握手して言っとけ。【ごめんなさい、もうしません】だ。それで一回この話は終わりだ」
「「ゴメンナサイモウシマセン」」
嘘だと、その場にいた誰もが思っていた。これは単なる儀式だ。
そして、ミザリーは二人を解放した。
アレックスとクロードは廊下に出ると、互いを一瞥し──
(つまんねーやつ!!)
──同じ事を考えた。
つづく。




