1話 つまらない奴 3
苛立ちを隠さず、大股で再び廊下を歩くアレックスに、マールは尋ねた。
「今度はどこ行くの?」
「気分悪い。あんなとこに居られるか。
校庭で予習する。ついてこなくていいぞ。
お前は別に俺みたいに嫌われてもないし」
「いつもの校庭の大樹のところ?」
「ああ」
「わかった。教室の窓から見とくね。また何があるかわからないから」
その言葉にアレックスは肩を落とした。
「いいって……」
そうして二人は別れ、アレックスは昇降口を出ると、定位置である校庭の大樹を目指した。
どどんとそびえる巨大な木であり、その周囲は囲われてもおらず、力強い根が張っている。
彼は普段、その木陰で鳥のさえずりを聞きながら読書をするのを日課としていた。
──しかし今日は様子が違った。
「今だ!」
アレックスが特定の領域に踏み入れた瞬間、巧妙に隠されたロープがしゃあっと校庭を駆け抜け、大樹の影からめぐらされた滑車を伝い──
「何だ!?」
──校庭の白い砂の中から急に現れた網目のネットに、アレックスは囚われて吊り下げられた。
アレックスの手から落ちる予習のための本。
吊り上げられたアレックスには心当たりがあった。
「……クロードぉッ!!」
そう声を張ると、大樹の陰から三人組が現れた。
まずロープをぴんと張っている大男。
銀髪で、マッチョで、彫りが深く、鼻筋がはっきりしている、寡黙そうな男。
続いて、黒髪で、そばかすで、丸メガネをかけた、タレ目でジト目の三白眼の細薄な体格のクールそうな女子生徒。よく見ると目は赤と青のオッドアイ。
センターに立つのは、ニヤニヤと意地悪そうな笑みを浮かべた、銀青色の瞳を持ち、赤みを抑えた栗色の髪をポニーテールに結った、やけに美形な少年だった。
細い眉、長いまつげ。大きな吊り上がった目。小さな顎、形の良い鼻筋、華奢そうな体つき。片耳だけのシンプルな飾りのピアスが印象的。
身長もアレックスよりは若干背が低い。三人の中ではちょうど中間の身長だ。
三人とも髪にサファイヤブルーのラインが入っており、それは貴族の証明でもあった。
怒りに任せてアレックスはネットを掴み、怒鳴った。
「またお前かこのクソったれ貴族! なんのつもりだ!? さっさと降ろせ!」
すると、意地悪そうなまま、クロードはアレックスを指さして笑った
「アーッハッハッハッ!! 流石の学年一位さんもネットに囚われてちゃ何もできないようだね。どうだい? そこからの景色。いつもと見晴らしが違うだろ?」
喋るたびに八重歯が覗き、それがまたアレックスの癇に障った。
「勉強で勝てないからって──!」
自らの細い身体を抱くようにして腕を組むクロードは、それでもアレックスを嘲笑った。
「ハッ! 君の尺度、それしかないのかい? 余裕持ちなよ。つまんないぞ?」
「人をこんな目に遭わせておいてよくもいけしゃあしゃあと……!」
「ほら、スマイルスマイル。網越しの風景なんて珍しいだろ? 変わった視野を楽しんでよ」
クロードがまるで邪気もなくにこっと爽やかに笑ったとき、アレックスの中で堪忍袋の緒が切れた。
人差し指を掲げるアレックスは、吊り上がった目でつぶやいた。
「燃やしてやる……」
人差し指に灯る小さな炎。魔法の出力だ。ライターの火ほどの大きさのそれをネットへと近づけていく。
それを見てワタワタと慌てだしたのはクロードだった。
「わー!! バカ!! よせ!! やめろ!! ロバート降ろせ!! あいつ本気だ!! 火出したぞ!?」
「あ、ああ!」
クロードにロバートと呼ばれた巨漢の男は慌ててロープを緩め、ネットを下げていく。
すると、アレックスはゆっくりと地面に下ろされるが、彼は地面に足がつくと大股でクロードの前にまで向かい、その胸ぐらをつかみあげた。
「やっていいことと悪いことがあるだろうが!!」
しかし、それにはクロードも異論を挟んだ。
「お前それ人に言えるのか!? 危うく火事だぞ!? ネット燃やしたらお前まで火だるまだろうが!? できるのは勉強だけか!? ええ!?」
「二位の負け犬の遠吠えか?」
「今その二位関係ないだろ、お前何しようとしたのかわかってるのか!?」
「貴族のご子息様は逃げるつもりか!? 平民に負けた腹いせだろどうせ!?」
「だからそれは今関係ないだろ!!」
まるで犬同士の吠え合いだ。
そんな唾が飛びそうな怒鳴り合いに割って入ったのは、マールの大きな声だった。
「先生こっちこっち!」
彼女は率先して走り、まだ若い、そして黒髪ショートボブの女性教員を連れてきていた。
「またお前らかぁああああああああッッッ!!!」
黒ずくめでシックな見た目に反して、女教師、ミザリーの声は通った。




