12話 投影 3
立ち話も何だと、三人は場所をアレックス宅のキッチンへ移した。
アレックスがささっとサンドイッチを作り、クロードとマールに振る舞う。
平皿から一つ取ってかじりつくと、クロードは舌鼓を打った。
「うまーい!」
「こんなもんで喜んでもらえるとはね」
謙遜というより拍子抜けしたような口調で、アレックスは言った。
「アレックス、料理うまいんだよ」
マールもサンドイッチを頬張りながら言う。
そこでアレックスは、前から気になっていたことを尋ねた。
「よくわかんないんだよな……。貴族ってもっといいもの食ってるだろ? 社交界とかで」
「ああ、まぁ……。それ聞く? 第一次産業に携わってる君らにこれを言うの、ちょっと気後れするんだけど……」
クロードは、夢を壊してしまうのではないかと一瞬ためらった。
しかし、興味津々の二人を前に、あっさり打ち明けた。
「要するにね、社交界は国が定めた貴族のお仕事なんだよ。政治的な自由交渉の場なのさ。
繰り広げられるのは貿易、インフラ、援助、境界線上のグレーゾーン交渉などなど……。
ところが参加を断る権利もあるから、行くメリットがなきゃ来ない貴族が増える。
だから、音楽や食事、出会いの場を用意して、参加するメリットを増やしていった。
費用は各領地から納められた上納税から出てるから、僕らのコントロールの外にある。
国が『とにかくこまめに話し合え』って制度化してるんだよ」
「へー!」
感心するマールに、クロードは首を振った。
「でも出てくる料理には、こういう、いい意味でジャンクなものがないんだよ……。
味付けのうっすーい茹で豚とか、サラダとか……。
料理は意識高いんだけどね。その、いわゆる格式高いご飯ってのは、その実、見た目を追求して味がおろそかになってるものも多いんだ。
切り方を変えたって、見た目は華やかになっても味は変わらないだろ? そういうこと」
この世界では、塩も胡椒も特に富の象徴とはみなされていなかった。
塩や香辛料は保存食に使うもの、という認識があったのだ。
塩を振った料理では素材の新鮮さを証明できないと考えられ、むしろ高尚な人間ほど、塩や旨味に頼ることを拒む文化があった。
まだこの世界に冷蔵庫と呼べるものはなく、食材を魔法で直接凍らせ、熱伝導率の低いもので包み、ワインセラーのような冷暗庫にしまうのが一般的だった。
つまり何が起きているかというと、ワインセラーを持っていることがステータスとなっており、塩をふんだんに使って腐敗を抑えた保存食は、意識が低いとされていたのだ。
「アツアツなら食えるんだ。それが刺激になるからね。でも社交界で振る舞われる料理は、多くの場合、冷たくて硬い。
オードブルの弱点でね、盛り付けてる間に冷めちゃうんだな。
冷える前提のものは味を濃くしたほうが美味しいに決まってる。なのに、この国の食文化は格式を重視して塩を振らない。
『素材の味を大切にしている』ってのが料理長の言い分だが、僕は逆だと思う」
「気にしすぎじゃないのか……? 塩くらい振ればいいだろ」
アレックスの言葉に、クロードは指を突きつけて同意した。
「だろ!? そう思うだろ!? 『俺はわかってる』が思想を暴走させるんだよ!
塩を混ぜる、混ぜない。ソースをかける、かけない。料理なんて文化そのものだ。主義主張が交差しやすいから、特にそうなりやすい」
「ふむ……」
ここでもアレックスの認識はひっくり返りつつあった。見た目はきれいでも美味しくない。それがこの世界の社交界の料理なのか、と。
「結果、出来上がるのは食えたもんじゃない冷や飯だ。
美味しいか美味しくないかじゃない。『食べ手に教養がない』って方向に判断基準がずれる。
僕は料理人のエゴってのをそこに見るわけさ。美味しくするんじゃなく、新鮮さをアピールしたがってるとね。
で、それが社交界の礼節と悪魔的な合体をしているんだ」
「……どういうことだ?」
怪訝なアレックスにつられ、マールもクロードの話術に引き込まれていた。
「『これに塩胡椒振りかけると美味しんですよ』なんて言ってみろ!
『こいつは歴史と格式を知らない。となると物事を知らない。なら信用おけない』と印象一つで交渉がうまくいかないこともあるんだよ!」
「……塩胡椒一つでそんなことになるのか!?」
「なる! まぁ絶対裏では香辛料使ってるんだけど、公の場所でそれを大っぴらに言うのは常識が欠けているとみなされるわけだ。
僕は『もっと胡椒とマスタードを! まずくて食われない肉なんて可哀想だろ!?』ってずっと思ってるんだけど、なかなかね」
クロードの熱弁に、牧羊家育ちの二人は頷いた。彼らには実感があった。
「同感。俺たちなんか羊肉を卸す側だからな……。美味しく食べてほしいものだ」
「うんー。せっかく命をもらってるのに、可哀想だよ……」
複雑そうな顔のアレックスとマール。
クロードはそんな二人を見て、少しホッとした。特にマールの言葉ににじむ命への感覚は、同じ転生者であるクロードにもよくわかった。
「ここでは僕が少数派じゃなくて安心したよ。
豪勢だからって箱に詰めて持ち帰る人もいるけど、見栄を張って我慢するのも貴族の務めだ。まずいものを食うときも、涼しい顔をしてなきゃいけない。
でも本音では食いたいと思わないし、残せばみっともない。せいぜいジュースや酒を飲んで帰るだけさ」
社交界といえば聞こえはいいが、そこには会社の親睦会と称した飲み会に似た空気があった。
「腹の探り合いのど真ん中で食うメシなんて、味がしないよ。
その点! お前の作ったこのサンドイッチは、ソースとハムのジャンキーなパンチが効いてて、うまい!」
そう言って、クロードはがぶりともう一口サンドイッチにかぶりついた。
「牧羊業のメリットだねー。外周部には外周部なりのつながりがあってね。採れすぎた物を持ち寄って物々交換すれば、みんなハッピー。規格外品だって、見た目に問題があるだけで使えないわけじゃないもの」
マールの言葉に、クロードは食いついた。
「ほう! 通貨に頼らない相互補助! 理にかなってる! 気楽そうでいいなー!」
「だが同時に、働かないやつはありつけないのさ。
交換できるものと、売れるものは同じじゃない。家の手伝いに時間が取られるし、金に換えられるものも少ない。だから俺たちには金がない」
そう言って、アレックスが自分の作ったサンドイッチを頬張ったとき、両親の声が聞こえた。
「おーい、誰か来てるのかー?」
「マールちゃん?」
台所に入ってきた二人は、サファイアブルーの付け髪を持つクロードを見て固まった。
「あ、お邪魔してますー」
クロードがにっこり笑いかけても、二人はぎこちない笑顔を返すばかりだった。
◆◆◆
「そうでしたか……」
事情を聞いたアレックスの母親は、ほっとしたように胸をなで下ろした。
アレックスは後からやってきた弟のロディと妹のノーティを相手にしており、大人たちの話からは距離を置いていた。
弟と妹の前に水をためたコップを置き、メモ帳に描いた魔法陣を使って遊んでいる。
「よく見てて。右から左に水が移動するから」
クロードはその様子をちらりと見てから、テーブル越しの母親に向き直った。
彼女の態度には、気になるものがあった。貴族に対する畏怖が、どうにも強すぎる。
「あの、もしかして、貴族に何かされたことがありますか?」
「いえ──」
母親が深入りを拒もうとしたところへ、マールがあっけらかんと言った。
「言えばいいんじゃない? おばさん。クロード、こういうことは茶化さないよ」
困ったように目を伏せる母親に代わって、アレックスの父親が口を開いた。
「以前は外周部から谷を渡って、向こう側の領地へ個人で商いに行っていたんです。そっちの市場の方が近かったから。
ところが、その領地の貴族が人間的にひどくてね。『隣の領地の外周部が何の用だ。自分の領地じゃ売れないのか』とか、とにかく嫌味を言われました。
同じ国内ですから、人の移動に税はかかりません。でも商品となれば話は別です。領地間の取引には必ず関税がかかる。
だから、貴族との関わりを断つこともできなかったんです」
クロードは理解した。貴族という属性そのものが、彼らにとって嫌な経験と結びついているのだ。
「なるほど……。だから警戒してるんですね」
神妙な顔つきのクロードに、両親はかえって気後れした様子だった。
(あ、これは僕が何を言っても無駄なやつだ。少しずつ信用を積み上げないといけないやつだ……)
その場の空気が変わったことには、アレックスもマールも気づいていた。
そして当のクロードは、横暴な貴族に反発するにも、それだけの理由があるのだと再認識していた。
「父さん、母さん、大丈夫だよ。こいつはあいつらとは違う」
「この子ったら、なんて言葉遣いを!」
母親が顔を真っ青にする。
アレックスはため息を一つつき、二人を自室へ案内した。
「クロード、マール。続きは俺の部屋でやろう」
「押忍!」
元気に声を上げたのはマールだった。その一言が、場の空気を少し和らげた。




