12話 投影 2
まだ日の高い放課後。
二人は裏門を出てしばらく歩き、路地裏で空飛ぶ箒を起動させた。
アレックスの後ろにクロードが乗る。こうして二人で移動するのにも、すっかり慣れ始めていた。
(……明日にはもう、この関係も終わりなんだよなぁ)
明日にはマールもロバートもドロシーも復学する。
そもそも、この関係はクロードが強引にアレックスを守ろうとして始まったものだ。その先のことまでは考えていなかった。
アレックスにはアレックスのコミュニティがあり、マールがいる。自分にはロバートとドロシーがいる。そうなれば、今の協力関係を続ける方が不自然なのかもしれない。
そんなことを考えながら、クロードはアレックスの肩に手を置いていた。
(そうなったら、この空からの景色も見納めか)
上空から街並みを名残惜しそうに眺めていると──
「そういえばさ──」
──アレックスが声をかけてきた。
「ん?」
「──お前、なんで呼び出されたの?」
「あ、言ってなかったっけ?」
そういえば話していなかった、とクロードは思い出し、あっけらかんと事情を説明した。
「別に何も。反省文を暗唱しろってさ」
「……はぁ?」
意味がわからず眉間にしわを寄せるアレックスに、クロードは身も蓋もない言い方をした。
「領主の息子で身内なんだから、謹慎食らった連中のケツを拭けってことさ」
「……なんでお前が? お前はあのときいなかっただろう?」
「それが政治ってもんさ。ケジメだよ、ケ・ジ・メ」
「だとしても、マールはお前の派閥にもいなかっただろ?」
「あの子、ダークホースだよね。飄々として掴みどころがない。
まぁ、それはそれとして。ロバートとドロシーは、うちに住み込んでる分家の補佐役二人だ。
僕はどうやら彼らの首領らしいよ?
マールはそうだな……たぶん、ついでだ。それこそ外から見れば、僕らの身内派閥に区分けされちゃったってことだろう。一番かわいそうかもしれない」
「なんでそうなるんだ……」
苦々しそうなアレックスに、クロードは説明した。
「昼間言ったろ? 認知戦だってね。みんな、僕が偉いもんだと思ってるらしい」
「偏ってるよ」
「そう。でも、偏らせたのも貴族だ」
「……お前はそれでいいのかよ?」
不服そうなアレックスに、クロードはふっと笑った。
「君が僕の気持ちを心配するなんてね」
そう言って話をはぐらかしたが、アレックスは納得がいかなかった。
「……不条理だ」
「そんなもん、そんなもん」
クロードが彼の背をぽんぽんと叩く。
眼下には街の外周部が迫り、崖際には牧草地が広がっていた。
◆◆◆
獣耳をピコピコ揺らしながらゆっくり歩く羊を、ランサ片手に追い回していたマールは、ふと気配を感じて空を見上げた。
そこには箒に腰掛けたアレックスと、その後ろにまたがるクロードがいた。
「あれ? めずらしい」
謹慎に入ってからの学校の様子を、マールは知らなかった。もちろん、クロードとアレックスが結託したことも。
二人を乗せた箒はぐんぐん高度を下げ、やがて地上へ舞い降りると──
「ただいま」
「マール! 元気にしてた!?」
──アレックスとクロードの順番でそれぞれマールに声をかけた。
◆◆◆
「──ということで、今日は俺がごちそうしてやることになったわけだ」
「ほえー、そんなことになってたんだ」
納屋の壁にもたれながら、マールはざっくりと事情を理解した。
「いいねぇ、ライバル同士の熱い友情! そういうの血がたぎるよね!」
そう言って構えると、空に向かって拳をシュパッと放つ。
その演舞を見たクロードは、ふと思い当たったことを口にした。
「それ、空手?」
「おや? ご存知?」
マールの反応に、クロードは続けた。
「知り合いに転生者がいてね──」
自分のことだ。
「──詳しくはないけど、向こうにはそういう格闘技があったって」
「そっかー! その人、私と同じだー!」
マールはにこーっと笑みを浮かべた。話の通じる相手が見つかったのが嬉しいのか、ぺらぺらと喋りだす。
「これね、琉球沖縄空手っていうやつで、私も前世では13歳まで、ある流派のフルコンタクト空手をやらされてたんだー。
実戦武術を広めるんだ! ってね」
クロードはその言い回しが気になった。
「やらされてた……?」
「うん。前世の両親はね、二人ともプロ格闘家で、娘も当然やるものだって考えだったの。だから私に、この辺のことを詰め込んだ。
やりたいなんて言ってないし、嫌だって泣いたこともあるのに、やめさせてくれなかったわけ。『我慢しろー』が口癖。
でもまぁ、今でも体に染み付いてて、拳に衝撃がないと寂しくなるの。呪いだなーって」
タハハー、と困ったように笑うマールに、クロードは目を丸くした。
「拳に衝撃?」
「見るか? こいつ、頭おかしいんだよ」
代わりにアレックスがクロードを案内した。マールもその後をついていく。
納屋の向こうには一本の大木がそびえ立っていた。その幹の表皮が、一か所だけ大きくえぐれている。
「……これ、君が?」
察したクロードは大木を指さし、マールに尋ねた。
「まぁね。夫婦手の確認。こっちにはサンドバッグがないんだもの」
彼女は多くを説明しなかった。そもそもする気がなかった。
「まぁ、そういうことだ。マールは転生者。ところがこいつ、この技術で成り上がる気はゼロ」
アレックスの説明に、マールは笑った。
「私はこのまま羊飼いになりたいの。だからもう、わりと夢が叶っちゃってるんだ」
クロードはハッとした。彼女の考え方に思い当たったのだ。
勉学には熱心でなく、必要とあれば拳に訴えることも辞さない。その判断の根底にあるのは何か。
「マールってさ、もしかして、今の家の暮らしさえ維持できれば、社会的な地位とかどうでもいいと思ってる?」
「うん。よくわかったね?」
マールはあっけらかんと答えた。
「足るを知る。大事なことだと思うんだ。でもアレックスさー、ぜーんぜんわかってくれないの」
親指でアレックスを指さして苦笑するマールに、本人が反論した。
「俺は足りてないんだよ!」
クロードは腕を組み、ふーむ、とマールを眺めた。
「だから、理不尽なことには直接制裁を加えられるのか……。帰ってくる家があればいいんだもんね?」
「あんまり考えたことないけど、言葉にするとそうかもねー」
「家族はどう思ってる?」
「またかって笑ってる」
ニコニコと笑うマールに、クロードは親しみを覚えた。
「君とはあんまり深く話す機会がなかったけど……、なんだかわかり合える気がするな……」
「アレックスにちょっかいかけてたからでしょ? 私、アレックスの側にいるから、意地悪ギャル男くんは声かけづらかったんじゃない?」
「意地悪ギャル……男……」
辛辣な一言に、クロードは自分がそんなふうに見られていたのかと認識を改めた。
「真正面からそう言われたの、初めてだよ……」
「これでも今まで遠慮してたんだよ?」
またしてもあっけらかんと答えるマール。
「……怖いものなしだな……。あ、でも──」
クロードは納屋の前へ戻り、置いてあったカバンから紙束を取り出した。それを手にマールの前へ戻ると、こう尋ねる。
「じゃあさ、僕が君の反省スピーチを代行しろって言われたの、君はどう思う?」
マールは紙束を受け取り、目を通した。
その表情を見て、アレックスは何かを察した。笑顔の意味が変わったのだ。苛立っている。
「……勝手だね」
「だよねー!」
一方、クロードはその反応に満足そうだった。
「いやー、マール。君は僕と似てるところがある。それ、教務室の総意なんだよ。
教頭が書いて、君の反省をなぜか僕が語ることになってる。それで終わらせる気だ。
君の想い、アレックスの想い、ロバート、ドロシー、そして僕。誰の想いも、この紙には反映されていない」
キョトンとするマールの肩を、クロードはぽんと叩いた。
「僕もそれ、すっげー勝手なこと言い出したと思ったもんさ。
その気持ち、すごくわかるよ。
僕も家の問題でね、よく感じるんだよ。周囲の同調圧力ってやつ」
うんうんとしみじみ頷くクロードは、ダメ押しの一言を放った。
「……ムカつくよね!」
「うん……!」
力強く頷くマールを見て、アレックスは再びその場の空気を察した。陰謀渦巻く影が見えた気がしたのだ。
(この二人……、実は最悪に相性がいいのでは……!?)
二人とも、合意もなく他人から生き方を押し付けられることが、とにかく嫌いであった。




