12話 投影 1
クロードが後ろ手に扉を閉めて廊下に出ると、壁にもたれてノートに目を通すアレックスがいた。
「終わったか?」
アレックスはノートを閉じ、壁から背を離した。そんな彼に、クロードはハンと鼻を鳴らす。
「別に来なくてもよかったのに」
「お前が呼び出されたなら、俺も来ないとおかしいだろ」
「なんでさ?」
「なんでって……順序立てて説明が必要か?
1.お前が呼ばれる=何かやらかした。
2.俺たちは今、結託中だ。お前のやらかしに俺が呼ばれないのはおかしい。
3.なら俺も叱られる体裁でいないと、偽装がバレる」
「勝手な言われようだ。1から信用がないね。
そんなこと言うけど、一人だと狙われると思ったんじゃないの?」
「ぐ……」
プークスクスと笑うクロードに、アレックスは言い返せなかった。
クロードは彼の隣に立つと、頭に手を乗せて撫でてやる。
「寂しかったんだねー、ヨシヨシ」
それは明らかな挑発で──
「調子に乗んな!」
──次の瞬間、まんまと挑発に乗ったアレックスは、クロードの頭を小脇に抱えてヘッドロックをかけた。
「イタタタタ! 髪挟んでる! ギブ! ギブアップ!」
「お前はいつもいつも人のことおちょくってるから、これくらいでちょうどいいんだよ!」
じゃれ合いながら廊下を進む二人の声は、教務室にまで響いていた。
それを聞いたミザリーが、ぽつりと呟く。
「喧嘩するほど仲がいい、か」
◆◆◆
呼び出しが終わって、ようやく昼食。
二人は校庭の大樹の下でランチボックスを広げていた。校舎側からは見えない位置だ。
「うへー……目玉焼き一つに、スライスしたバゲットにバターを塗っただけのものが一枚……」
今日の献立を見て、クロードはこれでは腹が持たないと嘆いた。
一方、アレックスのランチボックスには彩り鮮やかなサンドイッチが詰め込まれている。それを見たクロードは、じゅるりと唾を飲み込んだ。
「うまそう……」
「今日は手間かけたからな。羊肉のハムと、もらった野菜を使ってみた。あとは自家製の特製ソース」
「うまそう……!!」
無言の催促を受け流し、アレックスは普段から気になっていたことを尋ねた。
「お前んちって、思いのほか貧乏なの……?」
あまりにストレートな物言いに、クロードは勢いよく言い返す。
「マトモだと言ってくれ! 決められた最低賃金水準の生活費でやりくりしてるんだぞ!?
貴族は税を徴収するが、税収がそのまま懐に入るわけじゃないんだ。
道路や上下水道の維持管理、使用人への給与、予期せぬ修繕費に消えていく。だいたい不動産は先祖代々受け継いできたもので、あの豪邸だって築百年をゆうに超えてるんだぞ! だましだまし使ってるんだ!
現金がないんだよ!」
「そうなのか……。でも、メイドも執事もいるだろ?」
「彼らは従業員だよ! で、豪邸はアパートでもあるんだ! 福利厚生施設なの!」
そう言われて、アレックスはハッとした。そういう扱いなのか、と。
「いつか言ってたよな? 豪邸に住んでるって。そりゃそうだよ。住み込みで働いてもらってるんだ。
ウチは一種の行政局そのものなんだよ。建物がデカいからって、僕らが暮らせる場所まで広いわけじゃない。
僕らの住んでる区画は、一軒家と大して変わらないんだ」
「じゃあ、派手に見せてるのは?」
「……掘っ立て小屋の領主に威厳はあるかい?」
「……あー……!」
対外的な演出なのだと、アレックスはようやく察した。
「わかったみたいだね。そういうこと。見栄も道具なのさ」
自分のバゲットにかじりつき、クロードは続けた。
「認知戦だよ、認知戦。それが政治の世界では大事なの」
「何と戦ってるんだよ?」
「平民たちの不満と、両隣の領主との治世バトル!
平民の不満が強くなれば、彼らは隣の領地に移る。よりいい条件を提示した方に人が残るんだ。
人の領地間の移動に国境も関所もないからね。移動は止められない。
その人たちが特殊技能を持っていたら、ウチの領地は技術やノウハウを持つ重要な人材を失うことになる。
となると? 領地は細っていき、人々はもっと文句を言い出す。悪循環に陥る前に、僕らがそこをコントロールするわけだ」
「……貴族のお前が平民を恐れてるのか」
「そうだよ。僕らの一族がずーっとやってるのは、税金としてお金を一つに集めて、必要なところに配分することだ。
だって、誰が敷地の外の石畳を整備する? 誰が街灯に火を灯して回る?
誰がゴミを収集して燃やす? 道で猫が死んでいたとして、誰がそれを処分する?
みんな、自分のお金を使ってまでそんなものを片付けない。見て見ぬふりをするさ。
そうなると、領地はボロボロだ」
「確かに……!」
「ボロボロになれば、野ざらしのゴミが増える。塀が壊れていても知らん顔。
そうなると、『これくらいは許される』と考えて暴れ出すやつが出てくる。治安に影響するのさ。
『あいつもやってるだろ。俺も許せ』ってね。
隣の家にゴミを投げ込んでみろ。ヤバいやつが住んでいたら、殺人事件に発展したっておかしくないぞ」
「どんどん話がつながっていく……!」
「必要性はわかった?
で、誰がやりたい? この雑用の元締め。
そのケツ持ちが、貴族なのさ」
この世界で貴族とは、世襲を強制された役人なのだ。
「……仕組みは理解した。だけど、どうしてお前は貧乏貴族なんだ?」
「僕らの生活は税金で賄われているから。
真っ先に削るのは、領主に配る生活費さ。
じゃなきゃ、示しがつかないってものさ。
帳簿を公開しようか?
市民から求められたら、貴族は公開しなきゃいけない義務がある。外部監査権さ」
クロードは目玉焼きをフォークで突き刺し、口に運んだ。
アレックスの中の貴族観は、ガラガラと音を立てて崩れ落ちていた。
(……こいつの家に文句言ってたのが恥ずかしくなる……)
思いのほか堅実な家だったと知り、アレックスは気まずそうに口を開いた。
「……その、なんか、ごめんな?」
「何が?」
「お前のこと、誤解しててさ」
そう言われて、クロードはニヤリと笑った。
「僕はそれを聞いて安心したよ。見栄は機能してるようだね。お前が具体例だ。
だけどな──」
クロードはアレックスの鼻先に人差し指を突きつけ、忠告する。
「──だからといって、すべての貴族に気を許せばいいってもんじゃないぞ?
人間性は階級で決まらないし、こっちとしてもゴミクズみたいな人間性の貴族は僕らにとって恥そのもの。アイツラのせいでマトモな貴族までカテゴリごと嫌われる。
貴族をひとくくりにして物事を考えるのはナシだ。まともなのはウチだけかもしれないんだから」
「はぁー……」
アレックスはすっかり感心していた。目の前の王子様は、自分よりずっと先の世界を見ている。そう思えるほどだった。
「ちょっとは社会勉強できたかな? なら、ところで、報酬がほしいんだが……」
クロードの視線が、アレックスのサンドイッチに向く。
「あ、ああ、食うか?」
「ゴチ!」
言うが早いか、彼女はサンドイッチを一つひったくり、かぶりついた。
「うまーい!」
ぺろりと平らげると、今度は二つ目に手を伸ばす。
「あっ! おいこら!」
「一つって言わなかったよね!?」
ガブリ。アレックスの制止も聞かず、クロードは二つ目にもかぶりついた。
「あー! 口つけやがった!」
「うーん! シャキシャキ野菜に塩気の効いた生ハム! 酸味の効いたヨーグルトソース! これも羊の!?」
「そうだよ! 三つ目はやらねーぞ!」
質問に答えながら、アレックスはランチボックスをクロードの手が届かないところへ退避させ、隠れるようにサンドイッチを口に運んだ。
「もう一個くれ!」
なおも手を伸ばすクロードの顔を押さえつけ、アレックスは怒鳴り返した。
「いい加減にしろ! 五つしか作ってきてなかったんだぞ!?」
「十五歳がバゲット一枚と二切れで満足できるかよ! ガス欠になる!」
あまりに自分本位な言い分に、アレックスはつい致命的な一言を口にした。
「あーもう! そんなに食いたいんだったら、放課後うちに来い! これくらい作ってやるよ!」
「マジで!?」
こうして、校舎からは見えない場所で、初めての自宅訪問の合意が交わされた。




