11話 思惑 4
さて、翌日の学校。
昼休み、クロードは教務室に呼び出されていた。
目の前に立っているのは、紅の編み込みをつけた教頭だった。教頭は数枚の紙をクロードに差し出した。
「明日には君の友人二人とマールが復学する。そこで、これを暗唱してもらいたいわけだ」
「何ですか、これ?」
受け取った三枚ほどの紙に目を通すと、クロードは嫌そうに目を細めた。
「えーと、なんで僕が反省を述べなきゃならないんでしょうか?」
それは謝罪と反省を述べるためのスピーチ原稿だったのだ。
「示しだよ、示し」
何を当たり前のことを、と言わんばかりに教頭は答えた。
「君はウィルゲンシュタイン家の者だろう? 一人の生徒が暴れ、君の家の分家はそれを支持して問題を起こした。ならば君の問題でもある。監督責任だ」
「……はぁ、そういうもんですか」
「そういうものだよ。場を丸く収めることも責任者の務めだ。
君はクラスの代表なんだし、ウィルゲンシュタイン公爵の一人息子だろう?
『申し訳ありませんでした』がないと終わらないんだ」
「……はぁ」
クロードは納得がいかなかった。教頭の言う役割は、彼女の自己認識とことごとく食い違っていたからだ。
(いつ僕はあの三人の監督責任者になったんだろう? 友達のつもりなんだけどな……)
クロードは教務室を見渡した。教師たちは誰もが、その視線を避けるように顔を背ける。
クロードは肩をすくめた。
(ははーん、助ける気はないと。それか、それが僕の務めだと思ってるか、か)
駄目だこりゃ、と教師たちに期待するのをやめたそのとき、教務室の引き戸がガラリと開き、若い女性教員が一人入ってきた。
ミザリーだ。
授業から戻った彼女は、教頭とクロードが話しているのを見るなり、忌々しそうに声を荒らげた。
「教頭! やめてくださいって言ったじゃないですか!」
珍しくクロードの肩を持ったミザリーは、ずんずんと二人の間に割って入ると、クロードの手から教頭の用意した原稿を取り上げた。
「いいぞ、クロード。読まなくてもいい。こんなのはただのアピールだ」
「はぁ」
クロードが気のない返事をすると、教頭はミザリーに言い返した。
「彼らは反省を見せなきゃいけないんだ。戻れなくなるぞ!?」
「戻れなくなる?」
何を言っているんだ、とミザリーは眉をひそめた。しかし今回ばかりは、教頭にも理由があった。
「君は普段から貴族と平民の垣根を壊そうとしてきたな?
それはいい。学び舎ではそれが普通だし、目指すところだというのはわかる。君の覚悟も聞いているしな。
だがね、彼は、いや、彼らは領主とその一族なんだよ。言ってることはわかるか?
暴れた彼らが反省していることにしないと、被害者の溜飲は下がらないだろう。
我々教員が彼らを許したと見られれば、その瞬間、教育の公平さは瓦解するんだ」
「……それで反省の弁を強制するんですか? クロードはあの日、いなかったのに?」
ミザリーは反論したが──
「それが立ち回りだ。これも教育だ。環境を敵に回さないための儀式……政治だよ」
──教頭の方針は変わらなかった。
「……彼らはまだ十五です!」
「だが成人だ。責任がある。クロードくんは家名を背負っている。そしてドロシー、ロバートは彼を補佐している」
それまで黙っていたクロードは、その言葉に納得できなかった。
(補佐っていう役割をつけられた、親戚で親友の二人なんだけどね……。わかんないかな……)
ミザリーもまた、その理屈には不服そうだった。
「それはそうですが……!」
「溜飲を下げさせるんだ。
書けとは言わない。だから文章もこちらで用意した。それを覚えて読み上げるだけでいい。
心がこもっているフリをするんだ。それで彼らはクラスに戻れる。
必要なのは【日常と平和】だ。そうだろう?」
教頭の言葉は現実的だった。だが、クロードには不条理に思えた。
小さくため息をつき、目をそらす。
(……順番が逆なんだよなぁ)
そもそも火をつけたのは、アレックスへの陰湿ないじめだ。
反撃が過剰だったことは認める。それでも、防衛反応の一つではある。教頭の理屈では、アレックスはいつまでも殴られ続けろと言われているようなものだ。被害者が反撃できないとなれば、加害者を増長させかねない。
そこでミザリーが、はっきりと口を開いた。
「それはあなたたち外野が終わらせたいんでしょう?
面倒くさいから片付けたいんでしょう?」
クロードと教頭の視線が、ミザリーに集中した。
彼女は腕を組み、大きくため息をついた。
「担任、誰でしたっけ? 私じゃないことが悔しいくらいですよ」
ミザリーはここまで彼らに関わってきたが、担任ではない。魔法と歴史を教える教師で、受け持ちのクラスはなかった。
だからこそ彼女は、学校の内側にいながら、担任とは異なる立場で彼らを見ていた。
「君だって儀式として、クロードとアレックスに握手させているじゃないか」
教頭のそれは意趣返しにも思えた。だが──
「終わらないと諦めているからですよ。
コイツら、握手しながら足元では互いを蹴っている。
握手は場面を切るための儀式であって、怨恨を断ち切らせるためじゃない」
──ミザリーは首を横に振った。
「あれはね、私からの『どうせ続けるんだろ? 好きにやれ』ってメッセージなんです。
二人で勝手にやってる分にはいいですよ。ですけど、これだと相手は学校そのものですよ!?
規模を考えてください。
あなたは無理やり怨恨を断ち切らせ、丸めようとしている」
睨み合うミザリーと教頭。普段は気弱そうな教頭も、今回ばかりは引かなかった。
クロードは銀青色の瞳で二人を交互に見た。どちらの言い分も、理解はできる。
そう判断すると、彼女は口を開いた。
「いいですよ。受け取っときます」
すました顔で手のひらを上に向け、早く渡せと手招きする。
ミザリーは怪訝な顔でクロードを見た。
「クロード! お前、それでいいのか!?」
「はい、受け取ります。丸く収めたいっていうのも、まぁ理解できますし……。読ませていただきますよ」
ニッコリと笑うと、渋るミザリーから教頭の書いた原稿を受け取った。
「それで、お話は終わりです?」
ほっとする教頭と、納得のいかないミザリー。クロードは二人の顔をもう一度見比べると──
「ありがとう、ミザリー先生。
あなたは僕たちのことを“よーくわかっていますね?”」
──ニコッと笑って、教務室を後にした。
つづく。




