11話 思惑 3
「──てことで効率が上がったってさ! 学年一位のお墨付きだ!」
髪をほどき、豪邸の居間のソファーに腰を下ろして足を組むクローディアは、高らかに笑った。
アレックスとの宿題の話だ。三人が不在の間、クローディアはクロードとしてアレックスと関わり、いつの間にかちょっとした友人関係を築いていた。
それを聞いた向かいのロバートは、腕を組んで不機嫌そうにしていた。
「宿題を写すのはずるいだろ」
「なにがー?」
「ノルマだぞ? 貴族がそんなことでいいのか?
前々から思ってたがな、お前は貴族としての責任を軽視しすぎなんだ」
クローディアは肩をすくめ、実状を語った。
「貴族なんてインフラの保守点検業務だろ。
平民を支えるために右へ左へてんやわんやの、下っ端も下っ端さ。
僕らはたまたまこの家に生まれただけだ。そして将来は決まってる」
貴族と平民は、単純な上下関係にあるわけではない。身分によって担う仕事そのものが分けられているのだ。
クローディアはうんざりしたように言葉を継いだ。
「選べるのはお出しされたメニューの中だけで、指令層になればなるほど、その選択肢は狭まる。僕なんか領主一択しか用意されてない。世襲の駒だよ。
なのにプライベートまで清廉潔白でいなきゃ駄目だなんて、お前の価値観を押し付けないでくれよ」
「あのな……、いざって時に地が出るだろ」
「それは君の口の軽さを呪いな? 自分への戒めを他人にまで適用するもんじゃない。
僕は宿題の本質は復習だと思うわけだよ。成績って実績を出してる僕たちが、それを軽視しちゃいけない理由は?
写してるわけじゃないよ。二馬力でやってるだけさ」
フフン、と得意げに鼻を鳴らす。
「……筋は通ってるが、納得いかん」
「正義の人だねぇ、相変わらず。そんなことだと、自分に刃を向けられたとき何も言えなくなるぞ?」
クローディアは腕を組み、その大きな胸を挟みながら、ロバートにニヤニヤと笑いかけた。
「お前は正義でありたい。誠実でありたい。よろしい。それがお前の大前提。
一方、僕はそのへんに頓着がない。正義の規律は与えられるものだからだ。
お前の忠誠心は、突き詰めれば学校か、うちの家かになる。
二つの方針が揃ってるときはいい。揃わなくなったとき、お前は引き裂かれる」
ぬぅ、とロバートは眉をひそめた。口喧嘩で勝てる気がしないのだ。
「お前はどうなんだよ」
「僕? 素直に聞くわけないじゃん。その時その時で口八丁手八丁さ。
信頼と図々しさは矛と盾。両方持って初めて戦える。
だから前々から『筋が二つあったらどうすんだ?』って言ってたろ。
神殿騎士団志望なんだろ? どっちかを選ぶか、三つ目を提示しろ」
「……矛盾だ」
「お前、今面白いこと言ったな!」
クローディアは指を差してケラケラと笑った。
そして、ロバートにも想像できるよう、具体例を持ち出した。
「じゃあ、もしお前が神殿騎士になったとしよう。そのとき、民衆が神殿騎士団に剣を向けたら、お前はどうする? 彼らの訴えに理があると認めるか? それとも反逆者として処罰するか?
前者は秩序への反抗に加担することになる。後者は、治安組織に剣を向けるほど思い詰めた被害者への制裁だ。
どっちも正義にならないんだなー、これが」
「相手が被害者であるとは限らないだろ」
「それは最悪の想定をしてない、楽観主義の逃げだよ。
起きる確率が1%でも、独立した機会が100回あれば、一度も起きない確率は約33.6%。裏を返せば、一度は起きる確率が約63.4%になる。
ホレホレ。どうするんだ?」
クローディアはロバートの前で一本ずつ指を立て、三つの規範を示した。
「前々から言ってるだろう。正義、道徳、倫理。この三つは重要だが、同時には成り立ってくれないタイミングがある。『正義の刃を振るった後』だ。
相手から見れば、それは力の行使だ。危害を加えてきた悪だ。そいつの身勝手と言われようが、そう受け取るのを止めることはできないよな。な?」
「ぐぬ……」
「だから昔から言ってたんだ。泥をかぶれるか? って。
犠牲者を許容した正義は、相手方から見れば悪党になる。
君はもうやったから、謹慎処分を食らって自宅待機してるわけだろ?」
クローディアは足を組み直し、ふんぞり返った。
「ロバート、真面目な君も年貢の納めどきってやつさ。
さっさと復帰してほしいもんだね。君らも合わせれば五馬力だ」
ロバートは不機嫌そうに言った。
「不正に巻き込むつもりか……?」
「不正とは? 宿題を効率的に片付けることは不正かな?
『写しは悪い』じゃ、主語が大きいな?」
クローディアはニヤニヤと笑う。ロバートは今まで、真っ当に課題に取り組んできた人間だ。
「そんなだから性格が悪いと言われるんだ」
ロバートは不機嫌そうに視線をそらしたが、クローディアは意地悪そうな笑みを崩さなかった。
「褒め言葉だよ。
君はもうクラスの人間とはみなされないだろう。マールに与して一緒に暴れたからね。
となるとだ。今までギリギリ中立扱いだった君も、僕らの陣営だと認識されているはずだ」
「お前、宿題の写しにクラス内政治を持ち込むのか!?」
「写しじゃないって、五馬力だよ。シュバッと宿題を終わらせて遊ぼうよって提案だよ」
「おまえな……、遊びとノルマを──」
「両立させればいい。だろ? 第三の選択肢を僕は提示したぞ?」
「被せるなよ!」
クローディアの屁理屈に、盆にコーヒーを載せて運んできたドロシーも呆れた顔をした。湯気の立つカップをそれぞれに配ると、ロバートだけが「スマン」と謙虚に礼を言った。
「クローディア様、その決め打ちは上の者が言うと強制労働になります。選択権は下々の者にもあります。その五馬力に、勝手に含めないでいただきたい」
クローディアはソーサーごとカップを手に取り、やれやれと首を振った。
「非効率的だし頑固だね。それはそうと、いつ復帰だっけ?」
「明後日ですね」
さらりと答えるドロシーに、ロバートもカップを手にしながら頷いた。
「やっとか。それこそ二週間分の遅れだ。僕のノート、写しときなよ?
ところで、頂き物のクッキーは?」
「もうありません」
「他にないの?」
「ありません。生活費ギリギリです。貧乏なので」
「うちはコーヒーの備え付けも買えないか! コーヒーの備蓄は!?」
「次の収税まで持つかどうか。なくなったら白湯ですね」
「白湯!? ──ッカー!! 貴族が結局割を食う!」
そう言って、クローディアはもったいなさそうにコーヒーをちびりと啜った。
そして苦し紛れに、権力を行使しようとする。
「今月だけでいいから、コーヒー代、ドロシーが立て替えてくんない?」
「それはカツアゲです、クローディア様」
従者はきっぱり断った。
入ってくる金額が決まっている経営者にとって、予期せぬ修繕費と従業員への固定費、その両方を支払うのはつらいのである。




