11話 思惑 2
ひとしきり話し込み、夕方には解散となった。
アレックスはクロードを箒に乗せて屋敷の前まで送り届け、そこで別れると、自宅へ向けて箒を飛ばした。
水平線に沈む赤い夕日を眺めながら、ふと思う。
(マールのやつ、何してるんだろ。あいつのことだから反省はしないだろうけど……)
自宅の前で降りようとして、やめた。そのままマールの家へと向かう。
彼女の家の牧羊地には、私服姿のマールがいた。
羊たちがじっと見つめるサークルの中心で、ゆっくりとした舞を繰り返している。
(いつもやってるけど、あの舞は何だ……?)
アレックスはその舞の意味を知らなかった。
琉球空手のセイサンの型。彼女は他にもいくつかの型を覚え、この世界に持ち込んでいた。
「マール!」
箒を下降させ、額に汗を浮かべた彼女のそばへ降りると──
「あ、アレックス! ちょっと待ってー! もうすぐ終わるー!」
──相変わらずニコニコしながらも、マールは型を切り上げようとはしなかった。
アレックスが見守る中、しばらくすると、彼女は上下に手を広げ、一礼して型を終えた。
「それ、なんなんだ?」
「え? セイサンだよー」
「だから、そのセイサンって舞は何なんだって聞いてるんだ」
「うーん……琉球沖縄空手のー……。でも言ってもわからないでしょ?」
「前世の話か」
「まぁねー」
ヘラヘラと笑う彼女は、それ以上語らなかった。
しかし、幼馴染のアレックスは、マールが転生者だと以前から聞いていた。
アレックスがクローディアの話を笑わなかったのは、こういうことだった。身近に転生者がいたのだ。
「反省……してはいなさそうだな……」
彼女の笑みの意味を察するアレックス。
マールはシュバッと目にも止まらぬ速さで空に突きを放つと、珍しくキリッとした顔つきで言った。
「おかげでしっかり練れたよ」
彼女もまた、自分が転生者だと周囲に話すのは、とうにやめていた。
言うだけ疑われる。それを早くから身をもって知っていたからだ。
その代わり、昔から喧嘩では負け知らずだった。
この世界には伝わっていない武術が、彼女の武器だったからだ。
「……それやったら強くなれるのか?」
「いんや?」
マールは首を横に振った。
「ちゃんと意味を理解しないと、ただ真似るだけになっちゃう」
「……意味あるのか」
「うん」
彼女の前世は十三歳で終わった。学問や技術の専門知識はほとんど持ち込まなかったが、体に染み付いた習慣は持ち込んでいた。
「なんでそれしてるんだ?」
「習慣だから。やらないとムズムズするんだよねー」
柵に立てかけていたランサを手に取るマール。
「何? 教えてほしい?」
「……ちょっと」
照れくさそうにアレックスは答えた。
クローディアを守れる男になりたいと思ったこともある。しかし──
「ヤダめんどい」
──マールは真顔できっぱりと断った。
彼女は多くを語らなかった。そもそも、この技術を普及させる気がなかったのだ。
しかし、アレックスは今回ばかりは食い下がった。強い男になりたかった。
「そこをなんとか!」
だが、むーっと頬を膨らませたマールは、きっぱりと拒絶した。
「嫌だってば! こんなの教えてたら、どこかで子どもに背負わせるやつが出るもん!」
「……!?」
「習慣が人をそうさせるの。痛くない方向に逃げるからね。
反抗したら痛みを伴うなら、人間はいくら心が嫌だと言っても調教できる。
……私、もうそういう文化圏に自分から入るの嫌なんだよね。
ねー、ニックー」
そう言って、近くにいたニックという羊にまとわりつくマール。
ワシャワシャと丸まった硬い毛に手を突っ込んだ。
「お前はそれを他人にしてるじゃないか」
すると、マールは笑顔のまま、ドライに答えた。
「なんで仕掛けてきた人にその配慮しなきゃいけないの?
その人達、私の中ではもう明確に人間じゃないんだ。
身内が黙って殴られるなんて嫌だよ。
そういうときこそ思い知らせなきゃ」
さらりと怖いことを言うマール。彼女のルールは「目には目を」だった。
「じゃあ……クロードと喧嘩してたとき、お前はなんで止めなかった?」
「一緒に叱られて、一緒に殴られて、ちょっとそれに文句言って、次の日ノート見せてる。あれって、じゃれ合ってたでしょ?」
そう言われて、アレックスは目を丸くした。
「私にはそう見えたなー」
彼女はずっとわかっていたらしい。
「……お前、その拳法、本当に誰にも教えないのか?」
あまりにももったいない才能だと思い、アレックスは尋ねた。
「うん。私、羊飼い続けるもん。こっちが天職」
マールはきっぱりと答えた。そばで羊が「メェ」と鳴いた。
クロードがアレックスに投げかけた問いを、今度はアレックスがマールに向けている。
そのことに、彼自身は気づいていなかった。




