11話 思惑 1
教室移動の時間、クロードはクラスメイトの男子たちを引き連れて廊下を歩いていた。
アレックスを殴り伏せようとしていた連中だ。
「教室移動だ! 行こうか!」
──と笑顔で彼らの背中を叩けば、男子たちはホッとした顔でクロードについてきた。
彼らはサファイヤブルーや紅の編み込みをしている。勇者と賢者の家の出だからこそ、領主の息子であるクロードに忠誠心を抱いているのだ。
(……ブランドだなぁ……。歴史にあぐらをかいている、か)
彼らを引き連れながら、クロードはアレックスに言われたことを思い返す。
その信仰にも近いブランドを利用し、彼らを自分の視界から外さない。それがクロードのやり口だった。
「クロードさん、あいつまた一人ですよ」
紅の編み込みをした賢者の家の取り巻きが、少し離れて教室移動をしているアレックスを笑った。
「マール以外友達いないんだぜ? そりゃそうだよな、協調性ゼロ」
「平民ごときがあんなに頑張ったって政治家にも教授にもなれないってのに、馬鹿だよな」
「そうそう、勉強できても羊毛一家なのは変わらねーってのに」
ハハハと笑う彼らに、クロードは苦笑いを浮かべるしかなかった。
「君等ね、ちょっとそれは陰湿じゃないかい?」
「そうですかね? でも、身分相応ってもんでしょ?」
「馬鹿言うな。貴族たるもの堂々とだ」
そう言うとクロードは歩を止め、アレックスに声をかけた。
「アレックス!」
すると、眼鏡をかけたアレックスがポニーテールの貴族を振り返り、睨みつけた。
「バーーーーーカ!!」
真正面から浴びせられた一言。それを合図に、アレックスはポケットからメモ書きの魔法陣を引き抜き、突きつけた。
「サーキット始動!」
──ズバボォンッッ!!
青い魔法陣がきらめき、発光の熱でメモ紙が燃え尽きる。次の瞬間、アレックスの放った突風がクロードたち一派を巻き込み、一同を廊下に突っ伏させた。
◆◆◆
ミザリーにまたげんこつを食らった二人は、放課後、隠れ家と化したカフェで笑い合っていた。
「アイツラもわかりゃしないだろうさ。バカとアホがキーワードなんてね」
コーヒーカップを口元から離し、クロードは得意げにしていた。
あれは悪口なんかではなかった。「貴族たるもの」という枕詞は、大声で堂々と合図を送るための前振りでもあった。
アレックスへの伝令だ。「こいつら今、お前の悪口を言ってるぞ。撃て!」という意味だったのである。
目の前のアレックスも頷いた。
「バカが突風魔法の合図。アホが水球魔法。その他の罵詈雑言はケースバイケースでお任せ」
そう、あれはただの作戦コードでしかなかった。
だが、アレックスは少し不安げにクロードに尋ねた。
「だが、お前も巻き込むよな……」
「そんなのは気にしない気にしない。
むしろそこがこのネタのタネなんだから。僕も食らえば疑いは来ないだろ?
突風が来るってわかってれば受け身は取れるし、水をかけられたって大して化粧はしてないし──」
パタパタと手を振りながら、眉をハの字にして笑うクロード。
アレックスはその言葉に意外さを覚えた。
「化粧してたのか?」
「貴族のたしなみだよ。大体、君は僕にやり返していいんだぞ? 僕は君にひどいことをしてきた」
クロードにとっては、自罰の意味もあった。
アレックスはそれに困った顔を浮かべた。
「お前はいいんだよ」
「どうして?」
「いいんだ」
笑いながらコーヒーカップをあおり、飲み干すと──
「さて、今日の宿題もちゃちゃっと終わらせようか」
──アレックスは話を切り替えた。
照れくさかったのだ。
「僕は足を引っ張ってないかい?」
「いや、生きてる辞書が目の前にいるわけだから、速度は相当上がったよ。一人でやるより全然、効率的だ」
生きてる辞書と言われて、クロードはなるほどと思った。
「辞書扱い?」
「丸覚えは得意だろ?」
「ああ。お前は苦手なのか?」
「原理原則を覚えてから、その場で考えて当てはめることが多い」
「はぁー! そういうタイプ! 賢いやつじゃん!」
「正直、歴史なんかの丸覚えは苦手なんだよ」
眉間にシワを寄せたアレックスに、クロードは覚え方を教えた。
「じゃあコツを教えてやる。何度か声に出して読む。リズムを覚える。歌みたいに目を閉じて唱え続ける。暗唱だ。
歴史の年代はまずいつ起きたかを記憶しろ。ここは完全に力技だ。語呂合わせでもいい。次は登場人物の心情で考えろ。すると何が起きたかの動機が見えてくる。
これでだいぶ覚えやすくなる。歴史なんて物語だからな」
「だからスピーチ得意なのか」
「まぁね。そういえばさ、突風魔法の書式なんてどこで覚えたんだ? 最新技術だろ」
「ああ……それは、これを読んで理屈がわかったから組み込めたんだ」
ごそりと、アレックスはミザリーから受け取った参考書を引っ張り出した。
クロードは目を見開き、指さす。裏表紙には、識別ナンバーの刻まれた金属プレートがあった。
「おま……それ、賢者の家の……!?」
「そう、教師向けの本らしい。というか、知ってるんだな」
「腐ってもうちは貴族なんでね。あるよ、そういうの」
それは魔術の深部に触れる教本だった。
判明している命令コードが、すべて用例付きで載っている。
勇者や賢者の大学に進まなければ触れられない知識だ。
平民は魔法の書式を丸覚えするのが常だったが、アレックスはそれらを自力でリバースエンジニアリングしていた。この教本は、彼にとって答え合わせでもあった。
だからこそ、ミザリーは驚いたのだ。知らないはずの知識を、学生が理論立てて組み上げていたのだから。
「……どこから盗んだ?」
「盗んでないっての。ミザリー先生が託してくれたんだよ」
あっさりとアレックスは白状した。
すると、クロードはため息をついた。
「そりゃ、先へ先へと進めるわけだ。全員が何度もチュートリアルをやり直してるときに、一人で構造まで踏み込んでる」
そうして、頼んでいたショートケーキの先端をフォークで切り取り、口に運びながらクロードは忠告した。
「僕以外には見せるなよ。ミザリー先生にまで波及するぞ」
「……そんなにヤバいのか?」
「……見つかれば禁錮半年は免れない。物証を押さえられたら言い逃れもできないし、罰金では帳消しにならない。見せしめだよ。教師にとっては社会的な死と同じさ。こいつは信用できないってことになる」
それを聞いたアレックスは固唾をのみ、急いで参考書をカバンに隠した。
クロードが顔を寄せる。口元を手で隠しながらの接近に、アレックスはどきりとした。
彼女が囁いたのは、こんな言葉だった。
「読み終えたら返しときなよ?
ノートに必要なことだけ写して、裏表紙のナンバーは忘れろ。
写したノートも人前に出さなきゃ、どこで知識を仕入れたかなんて簡単にはわからない」
領主の息子がそれでいいのかと、アレックスは苦笑いした。
「お前、そのへんどう思ってるんだ?」
すると、クロードは気にせず身を離し、ソファーの背もたれに体を預けた。
「別に、よくある話だよ。
大っぴらにやらなけりゃ取り締まる側も動かない、役に立たないと思われてる法律もあるってことだ。
それこそ、今うちのお父さんが直そうとしてるような部分だ。
貴族だけの知識にするのはプライドの問題でしかない。発展に寄与しないとね。
だけど、今すぐ変えられるって話でもないんだ。
余計なリスクは取らないほうがいい。
コレクションとして持っておきたいんじゃなくて、欲しいのは中身だろ?」
「……そか……。そうだな、ノートに写し取って返すのが妥当だよな」
ミザリーに危ない橋を渡らせていると知り、アレックスは納得した。
それと同時に、アレックスはクロードの特徴をクローディアと比べていた。
(クローディアとクロードの顔はよく似てるけど、やっぱり明確な違いはあるな。
右目の目尻にある薄い泣きぼくろは、クロードだけのものだ)
彼は、薄いほくろなら化粧で隠せることを知らなかった。




