12話 投影 4
アレックスの部屋に入ると、三人はささっと宿題を終わらせてしまった。
「はやーい!」
驚いたのはマールだ。二人とも考え込む時間がとにかく短い。それだけで、学力の違いがよくわかった。
ノートを閉じたアレックスは窓の外を見る。夕方まではまだ時間があった。
「……ま、いつも通りか」
それはクロードと共に作業を終える日課になってからのいつも通りだということは彼にも自覚はなかった。
確認するようにつぶやくアレックスに、マールが尋ねる。
「これからどうする?」
「どうするかねー。勉強でも続けるか……」
そう言って本棚に手を伸ばすアレックス。
手に取るのはミザリーから受け取った参考書。
それを開くと、クロードが尋ねた。
「まだ返してないんだ」
「まだノートに写し取りきれてない。終わったら返すよ」
そう言うと、アレックスは鉛筆を手に、ノートを開く。丸写しを続けようとしていたのだ。
クロードはその様子を見ながら、もう一度聞いた。
「君さ、それどこまで理解できるの?」
「まぁ、7割くらいかな? 丸写しは結構経験値になる。
基礎のところを逆引きしなきゃわからない部分がある」
その答えに、クロードは目を見開いた。
ミザリーが渡したのは、賢者の家の魔術教本。
普通なら大学卒業後の研究員が手にするような本だ。
「……となると……さっき君の弟と妹に見せてた魔法は……? 仕組みはこの間言ってた突風魔法と同じじゃないのか?」
「へぇ!? お前、それに気がついたんだ! 当たりだよ!」
クロードの方を見て笑うアレックス。
よく見抜いたな、と言わんばかりの反応だった。
クロードは呆れた。アレックスのやったことが魔術理論の最前線で行われている研究に当たると、彼自身から聞いていたからだ。
「……君、それで内申とか査定とか恐れてんの?」
「そりゃそうだろ」
「君、学年一位だろ? それどころじゃないことしてるってわかってるか?」
「えっと? 何が言いたい?」
「あー」
声を漏らして、クロードはようやく理解した。
アレックスは賢い。しかし、社会がどう動いているかについては視点がずれている。
目の前の仕組みはどこまでも深く掘り下げられるのに、社会全体へは目が向いていないのだ。
「もったいない……! もったいないぞ、お前!!」
「な、何だよ!?」
「ほかが基本的に丸暗記だの基礎だのやってる段階で、お前は大学レベルの内容を7割理解してるどころか、実践できる。普通はどっかで命令がスタックしてサーキットは動かない。
お前2年の半分くらいまでとか言ってたけどそれも謙遜だろ。
大学、一般入試で受けなよ。推薦枠なんて必要ないだろ」
「いや、うちに金はないし……」
「特待生の選考基準はいろいろある。入試の成績が優秀なら、それだけでも選ばれるし、何よりうちの領内には奨学金制度がある。
大学で優秀な成績を収めれば、奨学金の返済を免除されるケースもある。
定型文を分解して自己流に書き換えられるんだ。十分、将来性があるよ」
「……奨学金……って?」
なにそれという顔を浮かべるアレックス。
「お前、奨学金制度知らないのかよ!?」
天井を仰ぎ、クロードは片手で顔を覆った。
「うわー! 聞いてよかった! 聞いといてよかった! ダメだ、こいつ勉強できる馬鹿だ!」
「ば、馬鹿だって……!?」
「馬鹿だよ! 学費を心配するなら、まず使える制度を調べろ!
……うちの領地の場合、税金で人材を育成してんだよ。
お前が優秀な学術的価値を示せれば、タダで大学に行けるんだぞ。
届かないセーフティネットほど無意味なものはないなと痛感したよ」
「つまり……?」
「やめちまえ! 優等生目指すのなんか!」
「言うに事欠いてそれか!?」
「はー! 他人の尺度に合わせて自分を丸めようとしてる! もったいないもったいないもったいない!
お前が参謀にいれば、もっと面白いことができるっていうのに……。あ、降ってきた」
腕を組み、片手の人差し指を口元に当てて、クロードは考え込んだ。
何かアイデアが浮かんだらしい。
「……それが狙ってやれるなら、あれとこれとそれと……」
その横顔を眺め、マールはひそひそとアレックスに耳打ちした。
「あれ、私に『仇を討ってやる』って言ったときの顔だよ」
「……嫌な予感がするな?」
「ううん……今度は、楽しいかも」
ニッと笑うマール。
考えがまとまったのか、クロードは話し始めた。
「ちょっと話をしたいんだが、聞いてくれるか?
僕とドロシー、ロバートはまたいとこ同士で、貴族の身内だ。
一方、君らは平民だ。
でも、直接喧嘩してたのは僕とアレックスだけだよな?」
言われてみれば、とアレックスは気づいた。
「まぁ、そうだな……。ドロシーとロバートは喧嘩を売ってくるというより、お前の命令に巻き込まれてたし……。敵意があるわけでもなかった。
お前が普通にしてりゃ、俺らも普通に会話してた」
「よろしい。僕らの認識は揃っている。
ところが、ここでクラスの連中との間に認知の齟齬が起きていると感じている。
多分、全体としては二対三の戦闘に見えていただろう。
君らはそういう区分を肌で感じたことは? 僕はある。
というか、マールに話しかけにくかったのはそういうことだからね」
マールが頷き、アレックスもそれに続いた。
「あるねぇ……」
「あるな」
二人の返事を聞いて、クロードは満足そうに頷いた。
「人間社会は、言ってしまえば認知社会だ。
同じ人間で、得意不得意は誰にでもあるのに、たまたま生まれや立場で区別される。
誰も認知の偏りからは逃れられない。だけど、行き過ぎると自己投影が始まる。イメージで語りだす。理想像を当てはめる。
投影された側は、たまったもんじゃない」
マールは何度も大きく頷いた。
「わかるわかるわかる!」
彼女はいつも、周囲からのイメージで語られていた。不満がないわけではなかったのだ。
クロードは続けた。
「立場の話をすると、僕らは生徒で、反省を求められている。
しかも領主の息子というだけで、僕は君らの責任を一身に引き受けろと言われてる。
これだと因果関係がおかしいだろう?」
クロードはアレックスを指さした。
「アレックス。僕が謝ったところで、君の境遇は良くならない」
続いてマールにも指を向ける。
「マール。君は『そんなやつとは思わなかった』と言われて、クラスの中に居場所がなくなるかもしれない」
そして自分に親指を向ける。
「そして僕。領主の息子のブランドはとんでもなく強力だ。
今まで好き勝手やってきたのにクラス委員長以上にクラス委員長じみた権限を与えられてる。
普通ならこんな不良にはさっさと愛想を尽かすはずなのに、僕は様付けで呼ばれてる。意味がわからない。僕は不特定多数に愛されたいと思ったことはないのに。
これも、認知のズレだ。
領主の息子で学年二位なのだから、模範的な生徒だと思われてる。自分で言うのもなんだが、『どこが?』だ。
いい加減うんざりしてる」
クロードは鉛筆を手に取って続けた。
「さて、誰が得する? 認知を守りたい人間だけが得をする。
さっきの料理と同じだよ。料理人はこういうものだと正解を求めるが現実に結果はマシになるかと言うとそうじゃない。
塩や胡椒を使わない冷や飯なんて、犠牲になった食材にすら失礼だ。利益にならない慣例や伝統を作るべきじゃない。
用意されたスピーチを暗唱するだけじゃ、何かあっても僕が頭を下げれば終わるって話になる。そして教務室の先生たちは、ミザリー先生以外、それでよしとした。
このとき、恒久的に目を向けられない被害者は? アレックスだ。
これじゃ殴られた側が我慢しろっていう、とっても陰湿なクラスに逆戻り。
君の声は届かないし、僕らも放っておけば、押し付けられた期待の被害者になる。
僕ら個人の意思は、属性という巨大な主語に隠されてしまう。
前例が一つ作られれば、明日は我が身ってやつだよ」
そしてクロードは自分のノートを開いた。
「『貴族らしく、平民らしく、生徒は生徒らしく、言うことを聞け。それが大人の対応だ』違うだろ? 波風立てたくないだけだろ?
まったく、気に入らない。
他がどうだろうが知らないよ。僕は僕だ。そうだろう?
というわけで──」
しゃしゃっと、クロードは開いたノートに「プラン1」と書き込み、テーブルに鉛筆を転がした。
「二人とも、独立戦争に参加する気はないかい?」
つづく。




