10話 身悶え 2
水車小屋にたどり着くと、そこには荷車を引いてきたロバがいて、餌箱から牧草を食んでいた。
窓から中を覗くクローディア。
内部では、大きな石臼が水車とギアでつながり、ゴリゴリと音を立てて回転していた。
数人がかりで、別々の作業が同時に進められている。
小麦を石臼に入れる人。出てくる粉をふるいにかける人。ふるいにかけた粉を麻袋に詰め込む人。
「あ、これって……」
クローディアが何の施設か察したところへ、ちょうど別のロバが小麦を満載した荷車を引いてやってきた。
「おっと、先客か」
アレックスはロバを引いてきたおじさんに尋ねた。
「ここは?」
「水力の製粉所だよ。農業組合のものさ。農地を持つ者たちの共同施設だね。ちょっと遠いのが不便だが、ここで挽かれた小麦粉が、明日のパンになるってわけさ。ウチもここで挽いた小麦粉をパン屋に卸してる」
クローディアも疑問を口にした。
「魔法じゃだめなんです?」
「だめだね。マナって、一回使うと次に充填されるまでどれだけかかるかわからないだろ? だから水力。流れがある限り止まらないからね」
「あ、なるほど!」
マナとは空間に満たされている可能性。それは個々人の力量とは無関係のものだ。だからこそ、恒常的な運転には不向きなものだった。
クローディアは続けて尋ねた。
「……小麦畑のある地域って、そんなに遠いんです?」
「歩いて三十分そこらだな。ここは街の外側だが、畑はもうちょっと外の平野方面にある」
「……通えない距離じゃないけど、ちょっと面倒な距離でもあるのか……」
腕を組み、ふむ、と頷くと、クローディアはアレックスに提案した。
「ちょっと行ってみません?」
◆◆◆
(しまった、道を聞いてなかった……)
内心、クローディアは困っていた。言い出した手前、場所もわからないとは言いにくい。
不安そうにアレックスの顔を見ると、彼は平然と地面を眺めていた。
(いやでも、言うしかないよな……)
クローディアは覚悟を決めた。
「あの……、実は勢い任せに来ただけで、場所は私も知らないんです」
「あ、そうなんです?」
アレックスはそこで初めて事情を察した。
「ごめんなさい……。このままだと迷うかも……」
申し訳なさそうにするクローディアだったが、アレックスは平気そうに地面を指さした。
「石畳の上に、車輪が運んできた乾いた土がある。その上には新しい茶色い土が重なってる。
つまり、何度も荷車が通ってる道だ。これ、さっきのロバのおじさんが来た道じゃないです? こっちで合ってると思いますよ」
ニッコリ笑うアレックスに、クローディアは感心しきりだった。
(こいつ……よく見てる……! 生活と理論が離れてない!)
「……頭いいって言われません?」
思わず口をついて出た、クローディアの素の反応だった。
「……嫌味ならよく言われます」
アレックスは苦笑いした。クローディアにしてみれば、謙遜も大概にしろと言いたくなる返事だった。
(嫌味じゃないってば!)
「あと、俺が気になってるのはそっちよりも、その服装で──」
「えっ?」
「白いシルクのドレスとハイヒールで、舗装されてない小麦畑に行くのはちょっと……どうするのかなー、と」
カッと顔を赤らめるクローディア。
「……本当ですね」
「俺の提案としては、石畳があるところまでは行ってみて、また今度、というのはどうでしょう?」
「それが無難ですね……」
そんなことを話しているうちに、二人は街外れの最後の建物を回り込んだ。石畳はその先もしばらく続いていたが、やがて土の道に変わった。
「ここまでか……」
足元を見ていたクローディアが顔を上げると、その先には黄金色に実った小麦畑が広がっていた。
ぽつぽつと建つ木造りの納屋。畑では農家の人々が小さな鎌でサクサクと小麦を刈り取り、ロバの引く荷車へと積み込んでいる。
その光景に、クローディアはなぜだか胸を震わせ──
「……人の営みだ。みんな、動いてる。働いてる……!」
──と、自分でも理由のわからない涙を拭った。
◆◆◆
街に戻ると、二人はカフェに立ち寄った。アレックスがクロードと宿題を片付け、話をするようになった喫茶店だ。
追跡者もまた、少し時間を置いてこっそりと後をつけ、入店した。
「どうして急に涙なんて?」
向かいに座るクローディアに、アレックスが尋ねた。クローディアは首を横に振った。
「自然に出ちゃって。悲しいとかそういうのじゃなくて、感動しちゃったってやつです」
ハハハと困ったように笑うクローディアに、アレックスはホッとした。
「お待たせしました」
運ばれてきたのは、パンケーキと珈琲のセット。
クロードがいつも頼んでいる、この店で一番安いセットだった。
パンケーキを見た途端、クローディアの胸に再び感動が込み上げた。
目を潤ませる彼女を見て、アレックスが不思議そうに尋ねた。
「あの、大丈夫ですか?」
「あ、はい。感動冷めやらぬといいますか……、ここに来るまで、小麦はどんな旅をしてきたのかなと……」
アレックスはクローディアの着眼点に感心した。
「そういうこと考える人なんですね」
「手元に来るまでに、いろんな人の手を渡ってきている……。誰の仕事も無駄じゃない。そう、思うんです」
それはクローディアの飾りのない本心だった。
セットの珈琲から湯気が立ち上る。その香りが、クローディアに飲み慣れた珈琲の味を思い出させた。
「ここの珈琲、相変わらず良い豆使ってますよね」
クローディアは、クロードのときの調子で口にした。その言い方がまずかった。
「ここに、来たことが?」
不思議そうに首をかしげるアレックスに、クローディアはビクッと震えた。
(しまった!? “相変わらず”はまずい! これじゃ来たことある言い回しだ! こいつ、変なところで鼻が利くって、もうわかってただろ!?)
「あ、えーと……そうそう、クロードから穴場だって聞いたんです。アレックスが教えてくれたって。それで、クロードに案内してもらって、一度だけ……」
なんとか言い訳を思いつくと──
「アイツ、俺の穴場を勝手に教えて、こんな美人連れ込んだのか……」
──アレックスはむっと眉を寄せた。
その様子に、クローディアは内心冷や汗だらだらだった。
(ひえええええ藪蛇!?)
「……あ、あの……だめでした?」
「いえ、別にこの喫茶店は俺の所有物じゃないし……。でも、『いい店でしょ』って驚かせたかったってのはちょっとあるっていうか……」
拗ねてブツブツ言い始めるアレックス。
(ほああああ!? 何だこいつ!? そういうこと言うの!? こんなかわいいとこあんの!?)
クローディアは情緒をぐちゃぐちゃにされながらも、なんとか言葉を紡いだ。
「い、いとこなんですから。何もないですって。ただ、私も親戚に誘われて、いいお店を知っただけで……」
「……わかってます。クロードに先を越されたのが、ちょっと癪に障っただけです」
アレックスはそう言いながら、珈琲をひと口すすった。
それを聞いて、クローディアは胸をなでおろした。
(あぶなかった! あぶなかった!! だめだ……! ここは気を抜いてしまう!)
メニューで顔を隠しながら、追跡者は横目でそのやり取りを見てヤキモキしていた。
(クローディア様……! マジックアイテムでの認知変換を解いているんです! アレックス様はその答えにたどり着くことはありません!
アレックス様の前提は、クロード様は男の子。今のあなたは誰がどう見ても女の子なんですよ!?)
しかし、運ばれてきた珈琲をすすりながら、追跡者ははたと思い直した。
(……でも、アレックス様相手に冷や汗かいてるクローディア様を見るのもレアなのでは……!?
……帰ってから忠告するのはやめよ)




