10話 身悶え 1
アレックスとクローディアは、行くあてもなく街をぶらついた。
まずは行商市場に赴き、露店を冷やかしながら歩く。
さまざまな魔族が集まり、各地の特産品が並ぶ市場は、いつも活気に満ちていた。
「この間はケバブにしたし、違うものを食べません?」
「そ、そうですね……」
クローディアの提案にアレックスは頷いた。その様子を見て、クローディアは意地悪く言ってみせた。
「ケバブを分けて食べた仲でしょ? もっと砕けて。まるで私だけが歩み寄ろうとしてるみたいじゃない」
「あ、そ、それは……」
ピッとアレックスを指さすクローディア。
「『うん』よね?」
笑顔で圧をかける。
「……うん」
強引にアレックスに言い直させるクローディアだった。
(やれやれ……、君からの敬語はなんだか不気味なんだよね……)
そうしてクローディアは、手近な露店で面白いものを発見した。
犬の顔をしたコボルト族が、ウィンナーソーセージを売っていたのだ。
「らっしゃい! トネリア地方のイノシシの肉を使った特製ミンチで、旨味爆発のウィンナーソーセージだ! ここで食わなきゃ人生損してるよ!? 店頭で炭火焼き! こいつに粗挽き胡椒入りのマスタードをたーーっぷりかけて、バンズに挟めば、はい完成! 絶品のホットドッグだ!」
店主は熱く語りながらホットドッグを作り、威勢よく売りさばいていた。
ふと、くだらない冗談がクローディアの脳裏を駆け巡った。
(ホットなドッグがホットドッグを売ってる……)
その思いつきにつられ、彼女はふらふらと屋台へ向かった。
急に進路を変えたクローディアを慌てて追いかけながら、アレックスは尋ねた。
「えっと、肉って気分なの?」
「肉って気分ね!」
そんな二人をコソコソと追う人物は、胸元にノートを抱え、ため息をついた。
(肉って……、淑女らしさはどこですか……! クローディア様!)
◆◆◆
コボルトの店主がホットドッグを焼き上げたところで、アレックスは口を開いた。
「俺が出します」
ポケットから財布を取り出すアレックス。
それに対して、クローディアもハンドバッグを開いた。
「んもー! 駄目よ! 割り勘は絶対!」
アレックスが払うより先に、クローディアは店主の肉球に自分の分の小銭を渡した。店主は「毎度!」と威勢よく応じた。
「その、ちょっとは甲斐性見せたいというか……」
アレックスの本音がポツリと漏れる。
「あなたの家の事情は知ってます。
知ってる上で、一番フェアで負担にならないのは割り勘でしょ?
それに敬語に戻ってる」
「……勘弁してくださいよ」
苦笑いしながら二つのホットドッグを受け取ったアレックスは、一つをクローディアに渡した。
受け取りながら、クローディアは小さくため息をつく。
「……治らない?」
「……敬意があるんです。急には……」
「嘘。貴族のこと嫌いなくせに」
「そんなことは」
「それも嘘。クロードから聞いてるのよ?」
「……はい」
「……むぅ、治ってない」
クローディアは内心、少しすねた。
(こいつと遊べると思ったら、急に変に壁作っちゃってさ……。ままならないなぁ……)
「あの、クローディアさん、俺……、その、こういうの、初めての経験で……、どう動けばいいのか、その、わからなくて……」
しょんぼりしたアレックスに、クローディアはハッとする。
(そうだ! 今、僕はクローディアだ! クロードの態度じゃだめなんだ!?)
自分の意見を押し付けすぎた。そう反省する。
「えっと……、ごめんなさい。
そうね、無理を言ったわ。
あなたの気持ちを考えてなかった。
私はただ、……親しみを持ちたかったのよ」
そう素直に伝えると、アレックスはホッとしたように微笑んだ。
クローディアは続けた。
「急に距離を詰めようとしすぎましたね。ごめんなさい。その、クロードの友達だから、あなたともクロードと同じように接したくて、急ぎすぎたのかもしれないわ」
「いえ、そんな……、その、いずれということで」
わだかまりは解けたようで、アレックスの顔には笑顔が戻った。
その顔を見てクローディアも微笑んだが──
(こいつはこいつで、不安だったんだろう。そりゃそうか……。
歯の浮くようなこと言っちゃったな。嘘つきは僕の方だ)
──内心、少し混乱していた。
このとき、彼女の中に、自分自身への対抗心が芽生えていた。
(うぬぬぬ……! クロードの方の距離感が使えない!?
せっかくこいつと休日、正面切って遊べると思ったのに!?
これは厄介だぞ……。クローディアとクロードが分離しちゃった!)
そんな二人をコソコソと追う人物は、その様子を見てこう思った。
(急ぎすぎですクローディア様! それはデザートを一口で詰め込ませようとするものです! 一歩一歩ですよ!)
◆◆◆
「普段、休日は何を?」
緑が生い茂り、木陰の落ちる森林公園の遊歩道を歩きながら、クローディアは隣のアレックスに尋ねる。
その後ろでは、例の追跡者も木陰を伝ってついて来ていた。
学生同士のデートで、派手に遊ぶほどの余裕はない。
特にアレックスは仕事もしている苦学生で、クローディアの小遣いはそのアレックスよりも少ない。となれば、お金のかからないデートコースになるのは必然で、普段行かない散歩道を歩いてみようというのも自然なことだった。
アレックスは答える。
「羊の世話をしながら、納屋とか草原で勉強ですかね」
「羊」
「うち、牧羊場なので」
「あ、仕事があったんです? それは……」
「仕事というか……、両親が弟と妹の相手をしてる間の肩代わりというか……。
家の手伝いと時間の有効活用ですよ。
それにメエメエ言ってて可愛いんですよ、羊」
「どんなことをしてるんですか?」
「毛を刈って業者に卸したり、乳をしぼったり、いろいろです」
「へぇ……! そんなことしながら勉学を? すごい!」
クローディアが褒めると、アレックスは照れ笑いを浮かべた。
「羊は基本的に臆病でおとなしいので、こっちも普段はそこまで神経を使わなくていいというか、結構余裕があるというか……、参考書片手にランサで……」
「ランサ? 槍?」
「槍みたいなものですが、どちらかというと棒高跳びに使うものです。牧草地の外れには崖になっている場所があって、羊が怯えてそっちに行っちゃうと群れに戻れなくなるんです。それを追いかけて、群れに合流させるために──」
「ということは、崖を昇り降りできるんです!?」
「そうですね。土地が安かったのも、そういう事情があって──」
ふんふんと頷くクローディアを物陰から見守る追跡者。
彼女は丸眼鏡のレンズを光らせながら、ぐっとガッツポーズを取った。
(その調子ですよクローディア様……! あなた、今はクロードじゃないんです!
しかし、普段はライバル、裏では初々しい男女……、これは美味しい……!
ぐふ、グフフ……!)
森林公園には川が流れていた。
クローディアの提案で、その流れに沿って歩くことにした。やがて公園を抜けて公道へ出ると、水路は澄んだ水が穏やかに流れる幅広の川へとつながっていた。川岸は丁寧に石積みで護岸されている。
「そういえば、こっちの方来たことないな……」
アレックスの言葉に、クローディアも微笑んだ。
「私もです」
しかし、アレックスの次の質問はキラーパスだった。
「そういえばクローディアさんって、どこに住んでるんですか?」
ぴしりと、クローディアの顔が凍った。
(そんなところまで考えてないよ!)
なんとか言葉を絞り出す。
「あー……、えっと……、隣の領地……です」
「え? てことは……」
アレックスは顔を赤らめた。
(てことは、この人、今日を楽しみにして、わざわざ隣の領地から来てくれたってことにならないか!?)
一方、クローディアは内心で歯噛みしていた。
(……これは設定詰めなきゃボロが出るぞ!)
気まずさをごまかすように視線を泳がせたクローディアは、石橋の向こうに水車小屋を見つける。
「あれ、なんの施設かしら?」
通行人は誰も見向きもしないが、クローディアはそこに興味を持った。
「さぁ……」
アレックスが後頭部をかくと、クローディアは彼の手を引いて、ぐいぐいと前に進み始めた。
「おっとっと……!?」
「見に行きましょう!」
彼女は、興味を持ったものには一直線だった。




