9話 遊びましょ 3
「お前らなぁ!?」
またしてもミザリーの怒鳴り声がクラスに響いた。
「だってこいつが俺のテスト用紙持って逃げたんで」
「そういうお前はクラスに向かって突風を巻き起こした」
クロードが後ろを見ればクラス内部の机はグッチャグチャ。
その突風は、アレックスに直接報復を試みていた生徒たちを巻き込んでいた。
ゴッ! ガッ!
ミザリーの教育方針は変わっていなかった。アレックスとクロードの脳天に拳が刺さる。
頭頂部を押さえる二人の前で、青筋を浮かべたミザリーは怒鳴った。
「わざわざノートの切れ端に魔法陣書くな!」
「僕が見たときは青魔法陣でした」
「黙れ!」
ゴッ!
クロードの茶々にもう一発。
翌日の昼食時。
クロードが女子のクラスメイトと駄弁っているときのことだった。
女子たちがアレックスをまた小馬鹿にしたのだ。
それが引き金となった。
くるっとクロードが隣のアレックスの方を見ると──
「一つくれないか?」
──アレックスのサンドイッチを一切れどころか、箱ごとひょいっとひったくる。
「人の飯をひったくるんじゃねぇ! サーキット始動!」
アレックスは机の中に用意していた紙の魔法陣を始動させる。
魔法陣を書いた紙の切れ端は燃え尽きると、直後に特大の水球を呼び出した。
「おっと危ない!」
ササッとクロードはその場を逃れる。と、残ったクラスメイトの女子たちに、ドバァ! とその水球が襲いかかった。
魔法の水なので乾燥は早いが、アレックスをバカにしていた女子たちは全員、メイクを落とされた。
「ちょっと! 何してくれてんのよ!」
「うわぁんセット崩れたぁ!」
「誰かミザリー先生呼んでー!」
◆◆◆
「イエーイ!」
放課後になればパーンと二人はハイタッチ。
あとから考えれば不自然な点はあった。
物事が起きると知って魔法陣を用意していたのはアレックスだったからだ。
だが、それに気がつく者はクラスにはいなかった。
裏取引だ。
アレックスもクロードも自分たちの立場を変えることなく、事故を起こして巻き込むというやり方を取った報復と警告だった。
アレックスを襲おうとしていた男子らへの対応として「テスト用紙持ってアイツラの前に行くから僕が通り過ぎたあとぶっぱなせ」と打ち合わせていたし、「もし、女子が余計なことを言ったなら、サンドイッチのボックスをひったくるから魔法陣を先に用意しといて」というシナリオもあった。
昼食時の対応は予備案。トリガーを引いたのは女子だった。
因果応報の演出。全部、シナリオ通りだった。
クロードが仕掛け、アレックスが反撃し、その巻き添えをクラスメイトが食らう。ミザリーを呼ばせ、二人がみんなの前で叱られることで、クラスメイトの溜飲を下げさせる。
このルーチンによって、アレックスはクロードの被害者かつ協力者としてクラスメイトにやり返していた。
クロードとしても、クラスメイトのアレックスへの攻撃は陰湿だと思っていた。
アレックスとしても、邪魔が増えると面倒だと思っていた。
そこで、二人に関われば不運が舞い込むとクラスメイトに知らしめようと、クロードは提案したのだ。
アレックスとしても、正義の味方ではない。聖人でもない。ましてやまだ15の少年だ。彼は彼でクラスメイトからの扱いに辟易していた。彼にも恨みはあったのだ。
ドロシー、マール、ロバートがいなくても、この二人に関わることは危険で、台風に巻き込まれるようなものだと知らしめるための策略だったのだ。
「頭が痛くなるのが玉に瑕だな」
ミザリーに殴られた脳天をさするアレックス。
「それくらいはまぁ、やる側のコストだね」
ははっと笑うクロードに、苦笑いのアレックス。
「悪ガキめ」
「人のこと言えないよ?」
不敵に笑い、人差し指を相棒に向けるクロード。
裏門から出て、箒に乗って、カフェでサクッと宿題を片付ける。
すると、アレックスにも余裕が出てきた。
今までは勉強時間を取ろうと躍起だったのに、宿題を短時間で終えられるだけで時間が空き、彼の予定は空くようになった。
箒の後ろのクロードが尋ねる。
「これでスッキリした?」
「ああ」
「楽しい?」
「……そうだな!」
アレックスの顔には笑顔が戻っていた。
◆◆◆
寂れたカフェで宿題をサラッと済ませる。二人にとっては筆を走らせるほうが時間がかかるほどだった。
日もまだ高いまま、出てきたパンケーキにフォークを突き刺しながらクロードは聞いた。
「ところで突風魔法ってどういう事が起きてるんだ?」
するとアレックスはこともなげに答えた。
「ああ、あれは、近年見つかった第五要素の応用なのさ」
「第五なんてあんの……?」
「転移、と言われる要素でな。ちょいと面白い。
“魔法が神の御業の残滓であるなら世界はどのように作られたのか”というところから見つかったものでな。人間は転移魔法を人体の構造から見つけることができなかった」
「ふむふむ。じゃあ、何から見つかったんだ?」
「幽霊だよ。ウィル・オ・ウィスプの原理を研究した人がいた。そこから魂はどこから来るかへとつながって、万物に霊が宿るのは転移という概念ではないかという仮説が打ち立てられ、実験によってその仮説は証明され、現象は観測された」
「何したの?」
「ひっ捕まえてたウィル・オ・ウィスプを短距離、右のフラスコから左のフラスコに転移させたのさ」
「罰当たりぃ……! ウィル・オ・ウィスプって死後お迎えがまだ来てない地縛霊だろ!?」
「全くだね。
で、今度は気体にやってみたわけだ。特定場所のものを引っこ抜いて、同じ分だけ別に移動する。するとどうなる?」
「……あ、なるほど! 空気にそれをするのか! 真空状態を作って、こっち側の気圧を高めれば」
「そう、そこに流れ込む。それが風になるわけだ。蒸気機関に転用できないかと界隈で今、話題だよ。魔術符でも早速売られてる。俺はそれを解析しただけ。
余談だが、石や岩なんかの物質相手にはうまくいかなかったらしいぞ」
「はー! なんで気体に限るの?」
「まだわかってないが、仮説はある。
“周囲との接続が強すぎるものは剥がせないのではないか”って話だ。
まぁそのほうがこの世界の成り立ちにはいいんじゃないか?
何でもかんでも転移できたらそれ最強の魔法だぞ」
「そっか。肉体に穴開けられちゃうか」
「赤いもの食ってるときにグロいこと言うなよ!」
というのも、アレックスが頼んだのはいちごジャムのタルトだった。
はたと手を止め、モジモジしながらアレックスはクロードに探りを入れる。
「その……クローディアさんとの連絡は……」
パクリと、パンケーキを口に含みながらクロードはあっさりと返事した。
「ついたよ。今度の休みなら空いてるってさ」
目の前の人間がそうなのだから本人にスケジュールを聞いたようなものだ。
彼女にしてみればいじって遊ぼうくらいの気持ちであったが──
「そ、そうか……、そうかぁ!」
──大げさに、肩を落としてほっと息をつくアレックスに、クロード、いや、クローディアは意外そうに目をパチクリさせる。
「ずいぶん、ホッとしたね?」
「そりゃお前……、あんな美人で、朗らかで、優しい女の人、俺の人生に関係ないと思ってたんだぞ!?」
「……へ?」
「お前感覚麻痺してるんだよ! お前の血族は美形揃いかもしれないけどな、あれは! 段違い! 絶世の美女!
こっちがどれだけ勇気出したと……! 寿命数年縮んだ気がするわ!」
力説するアレックスの話を聞いて、クロードは思わず顔を赤らめた。
(……そこまで思ってたの!?)
「そうでなくても平民と貴族だ! 貴族には貴族の特権意識があるだろ? それを乗り越えられるかは賭けだったんだよ!」
(ああ、あるわ……あるある……)
社交界のことを思い出し、げんなりするクロード。貴族主義の特権意識は確かにあった。
そして同時に、アレックスがクローディアのことをどう思っているのかが気になった。
「じゃあさ、クローディアにどういうことを思ってるの……?」
「……え?」
腕を組み、眼鏡の位置を直し、暫く悩むと、アレックスは真剣に答えた。
「その、憧れの人、かな……」
その言葉を聞いたとき、クロードは固まった。
(……マジで?)
クロードの思考は一気に展開した。
(ヤバイヤバイヤバイ!
バレたときクローディアは僕でしたーなんてうっかり言えなくなったぞ。
ていうか憧れ? この頑固者の?
女らしく話してて、表向きの仮面を被ってただけでそうなるの?
いや、あれ、ちょっと化粧したとはいえ僕の素の姿なんだけど、それがこいつの中で絶世の美女扱い?)
クロードを見つめる金の瞳。
目を細めることもなくなった彼の目は真剣で、その褐色の肌と端正な顔つきに、クロードはクローディアとして胸を高鳴らせた。
(こんな真剣な顔する!? ……こうして真正面からじっくり見るとこいつの顔、好みかも……!?
それに貴族を嫌ってて全然遠慮しないコイツがそれ言うって本心からの褒め以外になんかあるの!?
はぁあああ! だめだだめだ! 僕までなんか変なこと考えてる!
褒められて嬉しいのに顔に出しちゃいけないぃぃぃぃ!)
「何ニヤニヤしてんだよ」
「え!? いや何でも!?」
クロードは思わずピアスに触れ、留め具の座りを直す。
今は、この“男に認知を書き換えるピアス”が命綱だった。
「どーせ勝ち誇ってんだろ。ああ、そうだよ。羨ましいよ。いいよなー。
あんな美人が親族で、度々来るんだろ?
お前どんだけ恵まれてるんだよ」
照れつつ、ふてくされながらいちごタルトを口にするアレックス。
「あ、いや、お、おう……」
これ以上はつつけないと、クロードは降参した。




