9話 遊びましょ 2
放課後になればクロードは荷物を詰め終えた隣の席のアレックスにまたしても肩を寄せる。
「このあと用事あるか?」
ニヤニヤとした彼女の質問に、アレックスは首を横に振る。
「あっそ」
言うと、アレックスのカバンをさっとひったくり──
「おい!」
──アレックスの声も聞かず、クロードはそのままそそくさとクラスの外に逃げ去った。
ハハハと笑う声がアレックスの耳に入る。クラスに目を向けると、自分が笑われていることに気がついた。
(……なるほど。これが一番安全ってか……)
アレックスもまた察した。
クロードの行動は打ち合わせどおりだった。
「放課後、君のカバンをひったくる。で、僕らは人気のない裏門の外で合流だ。
見てみるといいよ。君が今どんな目でクラスに見られているか。
あ、怒るふり入れてくれな」
だからこそ、わざと顔をこわばらせ、アレックスはクラスを全力で飛び出した。
「待て! クロード! このやろう!」
やれやれ、演劇なんてやったことないぞ、と思いながら。
◆◆◆
ちゃっかり箒を回収し、アレックスが裏門の外まで走ると、クロードは飾り気のない裏門の影からひょっこり顔を見せて、「ほら、返すよ」とカバンを差し出す。
「どうだった?」
その問いに、受け取ったカバンを肩にかけると、アレックスは肩をすくめた。
「お前の言ったとおりだった」
「そうか、厄介なもんだな」
ハハハと困ったように笑うと、アレックスの横に並んで歩くクロード。
そこにアレックスは意外さを見た。
「ここで解散するんじゃないのか?」
するとクロードは首を横に振った。
「いや、カフェ行こう」
「……は?」
「いやね? 二人で宿題片付けたほうが楽じゃないか? 正直消化試合みたいなもんだろあれ。僕は楽できる。お前にも時間ができる。お互いお得」
「……なんかやけに、協力的だよな……?」
訝しむアレックスに、ハハンとクロードはクローディアのときに聞いたことを引っ張り出した。
「クローディアから色々聞いたからねー」
「いやもうホント勘弁してくれよ!」
「で、どうする?」
「……時間が空くなら、ありがたい」
「決まりだ!」
パンと指を鳴らすクロードの顔は嬉しそうで、それを見ると、アレックスはそれもいいかと箒に魔法をかけた。
二人を乗せて空に舞い上がる箒。
「カフェってあの高いところか?」
意地悪はアレックスの方からだった。肩につかまるクロードに尋ねる。
それだけでクロードは察した。
「やめろよ!? ぜったいやめろよ!? もうお金ないんだから!」
◆◆◆
郊外の寂れた喫茶店。
二人はテーブルに向かい合って、サンドイッチとコーヒーを頼み、宿題を終わらせていた。
学年一位と二位の手にかかればお茶の子さいさい。ど忘れした内容も互いの指摘一つで思い出し、一人の数倍の効率で終わらせた。
「はっや……」
驚いたのはアレックス。
「こういう事務仕事はね、二人でやると三人分の力を発揮するもんなんだよ」
一方、クロードは自宅の会計で父を手伝った経験があるため、驚きを口にはしなかった。
そして頼んでおいたサンドイッチを頬張るクロード。
「おいしーい!」
「だろ?」
宿題を片付けたあと、アレックスは失われた授業ノートをクロードのものから書き写していた。
「穴場なんだ」
ここを紹介したのはアレックスの方だった。
「ところで──」
アレックスはクロードのノートを開くと──
「──この犬はなんだ?」
──そこには「ワンポイント」という謎の犬のマスコットが書かれていた。
「え? 可愛くない?」
「お前こういうの描くのか。字は丸文字だし」
「僕は意外性のある男さ」
フフンと得意げなクロード。素直に感心したのはアレックスだった。
「絵心あるな……」
「そう? 伯父さんは絵が好きだから、その影響かな?」
「伯父?」
「そ、お父さんの一つ上の兄」
「あ、じゃあ……クローディアさんはそのひとの娘とか?」
いとこという情報だけでアレックスは閃く。
その誤った認知をクロードは受け取った。
「そだよ」
いけしゃあしゃあとはこのことだった。
ニヤニヤとクロードはアレックスに笑みを向ける。
「やけにクローディアのこと気にするね? さん付けだし」
「そりゃ、クリーニング代出してもらったしさ……、相談にも乗ってもらったし……」
「珈琲ぶちまけたのは彼女じゃん?」
「……なんで知ってる?」
あ、と口を押さえるクロード。小さなほころびだった。
「それはほら、それも彼女が言ってたから……」
「フゥン……」
言うと、アレックスはノートの写しを取り終え、パタンと閉じた。
「もう終わったのかい?」
「要約したからな。ありがとう」
感謝を述べながら、クロードにノートを突き返すアレックス。
それを受け取りながら、クロードは告げた。
「……こちらこそ、ゴメンな」
その言葉に、ゾワゾワゾワッと背筋を震わせるアレックス。
「何だよ殊勝に!?」
対して、クロードは心底申し訳なさそうだった。
「いや、それこそさ、1年、いろいろだよ」
「反省したのか」
「してるよ、今も。クラスのみんなの考えてることは僕の予想外のことだった」
「ああ、いいよ、気にするな。どう見られてたかは知ってるし、お前がきっかけでもない」
程よいぬるさの珈琲に口をつけ、一口飲んで、自分の掛けてる眼鏡に触れ、アレックスは続けた。
「お前、これ投資してくれたじゃんか。1年の迷惑に対して2年半の負債なんだろ?
誠意は伝わってるよ。
おかげでお前の生意気な顔がよく見える」
ハハハと笑い合うと、クロードは嬉しそうに言った。
「ぬかせ」
わだかまりが溶けたことを確認し、クロードは常備されたナプキンを取る。
「でだな……、ここからが相談だ。プランを固めよう」
彼女は周りの目をごまかすいたずらのバリエーションの打ち合わせを始めた。
◆◆◆
ウィルゲンシュタイン邸の前に降り立つアレックスの箒。
その後ろからクロードは飛び降りた。
「ありがとう」
「どういたしまして」
すっかり打ち解けた様子の二人。
ふと思い出すクロード。
「あ、そうそう、クローディアになんか言っておくことある?」
くれぐれも、本人である。
「あ、じゃあ……、今度いつ会えるかってだけ……」
「オッケーわかった!」
このオッケーも転生者が持ち込んだ語彙であるが、この世界でも定番の返しであった。
アレックスは不安そうに続けた。
「……なぁクロード。クローディアさん、俺のことなんて言ってた?」
「なんてって……」
「いやほら、弱そうとか、可哀想とか、貧乏そうとか」
クロードはその言葉に少しムッとした。
「クローディアはそういう事言わないよ。彼女はただ──」
言いかけて、クロードは悩んだ。
(ただ、なんだろう?)
だから素直に、彼を評した。
「お前は、家族のために、クラスの秩序のために、ミザリー先生のために、自己犠牲ができるすごいやつだって言ってた。勇者の一族より勇者らしい」
「……本気で言ってるか?」
「一言一句、間違いなく。あとはそうだな……」
クロードは今日のことを思い出し、クローディアとして言葉を発した。
「今を楽しむことと未来を向くことって、喧嘩するもんじゃないのかもね」




