9話 遊びましょ 1
「諸君おはよーう!」
ズバーンとクラスの扉を開き、クロードは一人元気よく声を上げた。
普段からこうではない。ただ、クロードには目的があった。
クラス中の視線が一斉にクロードへ集まった。
(なるほどね?)
クロードは納得した。こちらを向いたクラスメイトの顔には、青あざや絆創膏が目立っていたからだ。
(本当にアイツら無差別で全員ぶん殴ったのか……。
狂犬じゃんか。むちゃくちゃすんねぇ……)
苦笑いを浮かべて、自分の席に向かうクロード。
平然とした顔で自分の席につくと、隣で授業に備えるアレックスの横顔を見る。
彼は眼鏡を掛けていて、憑き物が落ちたようでもあった。
「おはよう」
一週間も経っていないのに、久々の声がけに思えた。
それはアレックスも同じで、珍しいものを見るような顔でクロードの顔を見ると、返事を返す。
「ああ、おはよう」
「なんか久々じゃない? このやり取り」
「……そうだっけかな……?」
ニヤァとクロードは口元を押さえて笑うと、まるで悪魔のように囁いた。
「僕がいなかった昨日、クラス飛び出したんだって?」
カチンときたのはアレックスで──
「だったら何だよ……!」
──プライドに触れたのか声を荒げる。
しかしクロードはニヤニヤしたまま、彼に追撃した。
「フフフ、クローディアに会ったんだろ? 口止めしとかなきゃ。あれでもウチの血族だよ?」
本人である。
「……お、お前……、クローディアさんから聞いたのか!?」
「いろいろ聞いちゃった」
この悪魔、本人である。
顔を赤くするアレックス。
「な、何を聞いた……!?」
「昨日、大変だったってこと。ノート破かれたんだって?」
言うと、クロードはカバンを開けて自分のノートを取り出し、アレックスに押し付けた。
「使えよ。丸写しさせてやるよ。提出のとき困るだろ?
お前の進行度には到達してないからあとは自分で補ってくれよ?」
その態度に、アレックスは目をぱちくりとさせながらそれを受け取る。
正直、アレックスにしてみればものすごく助かった。
「……ほ、他になにか聞いたりとか……」
「いやー? なにか言ったの?」
ニコニコと八重歯を見せるクロード。
「もしかして、なにか聞かれちゃいけないことでも言っちゃったのかな?」
「!?」
顔を真っ赤にするアレックスだったが──
「大丈夫、クローディアはそういうことは言わないよ」
──切り札はまだ抜かなかった。
この悪魔、クローディア本人である。
◆◆◆
休憩時間の鐘が鳴ると、クラスメイトがまたアレックスを狙おうと邪な目を向けて席をたった。
マールもロバートもドロシーも自宅待機で学校内にいない。つまり今こそ反撃の瞬間だと判断したのだろう。
ところがそれを察したクロードの行動は早かった。
「アレックス」
馴れ馴れしく、席に座ったアレックスの肩を抱く。
「君のせいで3人、謹慎処分だって? 二人とも僕の側近なわけでね? ちょっと外行こうか」
わざとらしくクラスに聞こえるように説明し、アレックスが机の上に用意した教科書を掴むと、クロードは高く掲げ──
「おい!」
──アレックスの声も聞かず窓の外に放り投げた。
茂みにがさりと音を立てて乗る教科書。
「ほーら外いかなきゃいけなくなった」
肩を組むのを解くと、肩をすくめる。
「この……!!」
青筋を浮かべ、席を立つアレックス。
その剣幕を確認して、クロードは走ってクラスを出た。
「こっちこっち!」
舌を出し、教室の外に激怒したアレックスを誘う。
その様子を見たクラスメイトたちは、どこか安心したような、溜飲が下がったような顔を浮かべていた。
クロード側もその表情の変化を見逃さなかった。
(予想通り……)
休憩時間、クロードは先んじ、アレックスを誘導した。
◆◆◆
「てめぇ! 邪魔しないって言ったんじゃないのか!?」
昇降口に差し掛かる辺りで、アレックスは足を止めたクロードに追いつき、彼女を指さして問い詰めた。
「そうさ」
涼しい顔して答えるクロード。
続く彼女の言葉に、アレックスは怒りを忘れた。
「失礼は詫びるよ。ごめんな。誤解させたよな。だけど、お前狙われてたぞ」
「……えっ……?」
「あのままじゃ連れ出されてボコられてたんじゃないかなー?
マールもロバートもドロシーもいないからね。抑止力がない」
肩をすくめるクロードは外に行けとアレックスを誘導した。
「ほら、教科書取ってこいよ。
僕は行けない。僕が回収したんじゃクラスメイトに窓から見られる。
僕が君をいじってると周囲に認知させなきゃいけない」
「……それって……」
怒りも引っ込んだアレックスの前にツカツカとクロードは歩み寄ると、耳打ちした。
「手を組もう。クラスの連中、騙してやろうぜ」
「お前……」
「教科書投げたのは悪かったよ。
自然を装って君を外へ連れ出して、内緒話をしたかったんだ。
ノートじゃなくて教科書を狙ったのは傷ついても代わりがきくから。
それでも気に入らないなら後で僕のと交換しよう」
アレックスは理解した。クロードはアレックスに悪意がある風に演出することで自分が悪役を買って出ると言っているのだ。
クローディアは言葉通り、悪役令嬢となったわけだ。
「僕は悪ガキなんでね。悪ガキの考えることはよく分かる。
アイツらはロバートとマールには腕力で勝てなかった。ドロシーの政治力も侮れない。
だけど、三人は自宅待機を命じられて、今は学校にいない。
てことは、クラスメイトらにとっては今がチャンスだ」
険しい顔で、アレックスは腕を組む。
クロードの言葉は続いた。
「だからさ、僕の提案はこうだ。
マールとロバートとドロシーが帰ってくるまで、茶番を続けないか?
僕たちは一見、敵対してるだろ?
お前は一位。僕は二位。だから連中、僕が追いかけてると思ってる。
ところが僕は順位はわりとどーでもいいんだなー。
だって行く末は公務だし? 信用される順位内に入ればいいと思ってる」
「……嘘をつくなよ……」
「嘘じゃないさ。僕の未来は狭いんだ。
なら、いま順位にこだわるのはホドホドでいいんだよ。ただの箔付けだからね。
話を戻そう。
どうもね、彼ら、僕が君を攻撃していることで、溜飲を下げていたらしい」
腰に手をおいて、クロードは上を向き、嘆いた。
「なんて言ってたと思う? 『僕のために』だ。
はー! つまんねーやつら! 人を棍棒にするんじゃないよクソガキがよー!
この間言ったとおりだよ。僕の君への攻撃は主義主張の違いだった。
今を大切にしたい僕。未来を大切にしたい君。それで啀み合ったのは事実だ。
だがそれを勝手に白黒つけるショーとして見てる。
……でも賢い僕はひらめきました。じゃあその感情を使えば手出しできないんじゃね? とね」
「どういうことだ?」
「僕がお前にちょっかいかけてたとき、状況はここまでひどくはならなかった。
感情的な問題だよ。お前、アイツラからすると目立ちすぎてたんだ。
で、僕が成敗するっていう形を望んでた。……僕も感情の消費先に使われてたわけだ。
“貴族クロードが制裁している”という図式を見て、アイツラ安全圏から楽しんでたってわけだよ」
「……なんでお前そんな事考えて……」
「なんで? 友達だからだよ」
「……!」
アレックスにしてみれば意外な答えだった。
「お前だけなんだよ。僕を担ぎ上げないの。ちゃんと怒るの。
ドロシーとロバートも自我があるけど、僕への遠慮が全くないのはお前だけだ。
お前とは視線の位置が一緒だ。僕はそういうのを、友達というと思う。
もしだよ? お前がさ、学校行きたくないとか言い出したら、僕は一体誰と心置きなくつるめばいいのさ?
お前の未来はどうなっちゃうのさ?」
クロードは自らの腰を抱くように腕を組むと、人差し指をアレックスの顔に向ける。
「その眼鏡は僕の未来の二年半分だぞ?
それだけ付き合うつもりはこっちだってあるんだ。
お前の努力は知っている。認めてる。だからこそ、邪魔なんかさせるか。
邪魔していいのは僕だけだ。だろ? スポンサーなんだから。
言ったよな? 出世払いだぞ! 結果見せろよ、男の子!」
パンとアレックスの上腕を叩いて、ニッと笑うクロードには、悪意なんてものはなくて──
「そういうことなら先に言えよな……!」
──アレックスは顔を赤らめて、昇降口を降りて茂みに教科書を取りに行った。




