7話 表面化 3
それからというもの、しばらくクロードのいたずら相手は別の相手になっていた。
「どうしたガリ勉。眼鏡買う金あったのか」
そう、男子生徒が休憩時間に歩きながらアレックスを笑うと、次の瞬間にはクロードが足を引っ掛けて転ばせていた。
「どうした、足元見えないか? 眼鏡がいるな?」
意趣返し。
しかし相手は領主の子で、男子はくっと呻くだけ。
彼のノートをひったくる男子がいれば──
「ロバート」
「おう」
──クロードがロバートに頼んで力ずくでも取り戻す。
わざと男子たちがアレックスのそばで大きな声を上げだしたら、女子を連れて乱入し、馬鹿にできる空気をぶち壊す。
「彼らは嫉妬でしか動けないらしい。こんなにしょうもない男がモテると思うか?」
「「思わなーい!」」
あらゆる手段を用いて、クロードはアレックスの邪魔をするクラスメイトを排除した。
廊下に連れ出されたとある男子生徒は、クロードに尋ねた。
「どうして止めるんスか!? あいつまた1位取りますよ!?」
「それの何が問題だよ」
「だって……、クロードさんの席を……」
「誰が僕の席って決めたんだ?」
腕を組み、不機嫌そうな目で睨みつけるクロードは続けた。
「あのね。アイツに自分が追いつけないからって“僕を使うのはやめてくれ”」
クロードがアレックスにかかわらなくなった結果、見えてきたのはクラスぐるみのいじめの構造だった。
貴族のクロード様こそ一位であるべきだ。
外周部のアレックスが一位なのはおかしい。
貴族のクロード様が、外周部出身のアレックスを懲らしめている。
自分がちょっかいを掛けていたことで、クラスの抱えるアレックスへの溜飲が下がっていたらしい。
だが、もう、邪魔をする気はクロードにもなかったのだ。彼には投資した。
覇道を行ってもらわなければクロードも困るのだ。
だというのに、まさか自分が制裁装置代わりだったとは。
「……大誤算だ」
クロードはそうつぶやいて、男を残し、クラスへと戻った。
◆◆◆
放課後、アレックスとマールがクラスを出ると、上級生がそこに屯していた。
「あ、兄さん、あいつだよ」
青い編み込みを組み込んだ男が、アレックスを指さす。
すると、ガラの悪そうな二人が振り返る。
三人組だ。
貴族だからといってグレない、群れないということはなかった。
「お前が学年1位?」
アレックスは怯まず、眼鏡をかけていない目で睨み返した。
「……なんスか」
ニヤニヤとしたその上級生たちはアレックスを囲む。
「ちょっと裏庭いこうか。彼女? ちょっと彼氏借りるね」
マールに断りを入れ、アレックスに近寄ると──
「なんで?」
「いいからいいから」
──肩を無理やり組もうとする。
危機感を抱いたアレックスはその手を振りほどいた。
「どこの誰かも知らない奴がさわるなよ!」
「……ナマイキー」
空気がピリッとした瞬間、続いてクラスから出てきたクロードとロバートがその様子を目にした。
「おい……」
ロバートは顔をこわばらせる。
クロードは青筋を浮かべ、舌打ちすると、その先のことを想像する。
「……チッ! ドロシー! 先生呼んできて!」
「はい!」
廊下を走るドロシーを見送ると、クロードは廊下備え付けのちりとりから短い箒を武器に引き抜くと声を上げた。習っている剣術のお披露目時だった。
「お前ら何してる!?」
すると三人はクロードと臨戦態勢のロバートの方向を見る。
「おやおや? イケメンくんは英雄願望? お前も来る? 裏庭」
ニヤニヤと笑みを浮かべる上級生に、さっと青ざめる依頼をした同級生。
「に、兄さん、あいつはだめだ。ウィルゲンシュタインとこの長男だ。俺らの家に何されるか……」
「領主のガキだからって偉そうなのもムカつくだろ」
制止も聞かない兄のそばにマールは笑みを浮かべたまま、てこてこと歩み寄ると──
「えいっ」
──パン! と体重のかかっている足に鋭いローキックを入れた。
「……!?」
声を上げる間もなく、くずおれる上級生。
次の瞬間、流れるような弧を描くマールの内回し蹴りが崩れ折れた彼の顎を捉えた。
スパァン!
上級生は受け身も取れず、気がついたときには廊下に突っ伏していた。
「次」
ニコニコとした顔を浮かべたまま、ズンズンと次のターゲットの上級生に歩み寄ると、彼女は予告もなく──
「チェストぉ!」
──みぞおちに腰の入ったキレのある正拳突きを叩きこんだ。
「~~~~~!?」
悲鳴も発せず、二人目も廊下に昏倒した。
その前の二人を交互に見て何が起きているかわからない依頼人の同級生にマールは近寄ると──
「勝ち目ないから上級生使って囲うつもりだった? 喧嘩売る相手間違えたね?」
──悪魔のような笑みを浮かべてドンと左のボディーブローで肝臓を打った。
激痛に腹を押さえてうずくまる同級生。
撃ち抜かない。衝撃を内部に留める打ち方だった。見た目に反して痛みは続いた。
そんなうずくまった彼の肩を蹴り押すと、マールは顔を上に向けさせ、そのまま相手をまたいで立つ。
「ゲホッ、……おま、俺がどこの家の者か知っててやってるのか!?」
「知ってるよ? でも家の看板で、今、私の拳は止められるのかなー?」
するとマールは笑顔のまま、左手のひらを前に、右拳を引き、瓦割りの要領で構え──
「人間性うんちだね。あんたみたいなの大嫌い」
──拳を放った。
「ヒィっ!?」
つっかかってきた同級生は顔を背ける。彼女の拳は同級生の顔のすぐ横に振り下ろされていた。
拳が起こした風が頬を撫でる。冗談などではなかった。
当てる気はなかったがその速度で殴りつけられた場合、ただでは済まなかっただろう。
笑顔のまま紡がれた次の言葉は同級生にこいつは危険だと刷り込むには十分すぎた。
「ほーら止められなかった。家はあとからやってくる。あんたなんかそれまでに壊せるんだよ?」
マールの思想はシンプルだった。
大きな政治の力の介入前に相手の心を折れば、結果は勝ちと言っていいというものだ。
相手の傷が癒えることはない。最悪でも痛み分け。それが彼女の恐ろしさだった。
「もしウチに圧力かけてきたら次はこっちから襲うから覚えておいてね。私が君の住所を調べることを、君は止められないんだなー」
またいだ姿勢からもう一度足をまたぎ直すことで、普段の姿勢に戻り、廊下で丸まった三人を順に確認して、ニコーっと口角を上げて笑みを浮かべると──
「空手の真髄は一撃必殺! 押忍ッ!」
──拳をクロスして腰だめに振る。
ロバートとクロードは顔を見合わせ、固唾を飲み込んだ。
「彼女めちゃくちゃ強いぞ……」
クロードは震える指でマールの横顔を指さすと、ロバートは指摘した。
「拳を見ろ」
よく見れば、彼女の拳頭は傷もなく平たく潰れていた。
「あれはフルコーンだ。それも相当な使い手だ」
異世界にもフルコンタクト空手はフルコーンと名前を変えて持ち込まれていた。
ドロシーに連れてこられた教師は半泣きでうずくまっている三人を見たあと、事情を聞き、マールを叱責したが、彼女は終始涼しい顔をして「はいはいはんせいしてまーす。でももう終わってるでしょ?」と笑いながら聞き流していた。
彼女もまた生粋のクソガキであった。




