7話 表面化 2
隣の席なのに、アレックスとクロードの交わす言葉は減っていった。
ミザリーも不安になりつつあった。だからというわけではないが──
「ドロシー、ロバート」
──放課後、クロードの側近に声をかけた。
三人で使用していない教室に集まって、机を寄せて座り、それぞれが見ている状況を共有する。
「クロード、いや、クローディアは、一体どうしたんだ?」
ミザリーはクロードの本名を口にした。彼女は知っていたのだ。いや、教師は全員知っている。
ウィルゲンシュタイン家の状況は共有されており、家長のバートンの口添えでクローディアの学校生活では男子生徒として扱ってほしいと言われていた。
保護者の意向かつ、家の意向かつ、本人の同意かつ、領主の権力。
いいえとは言えるものではなかった。
そのうえでミザリーは豪胆だった。クロードを女子生徒と知っていて、だからこそ女性の自分が叱りつける必要があると、拳まで振るっていたのだから。
「魔法陣のテストした日からおかしいと思わないか?」
「流石ですね。よく見てます」
ドロシーは頷いた。ミザリーは続けた。
「……教師から見ても、アレックスは孤立している。迎合する気もない。マールはあいつの一人きりの理解者だ。クラスとの唯一の接着剤はクロードだったよ」
「そういう評価なんですね?」
ドロシーにしてみれば意外であった。ロバートも口を開く。
「クロードのやつも、最近つまんないって言ってますね。
一人になったら女子がまとわりついてうざったいって。
欲しいのは同意じゃないとか、アイツラつまんないって」
そんな彼の言葉に、ドロシーは軽く頭痛を覚えた。
「だから、あなた口が軽いのよ。ウザいとかそういうことまで言わなくていいわ。
クロード様が裏でボロクソ言ってるのは私たちだけ知っとけばいいの」
「……おう」
「いや、いい情報を聞けたよ。クロードにしても、本意じゃないんだな」
「そうですね。張り合いがなさそうだ。目が魚の眼みたいに死んでる」
ロバートのまたしても余計な一言に、はー、とため息のドロシー。
「魚の眼も余計」
「……おう」
しかし、ミザリーは首を横に振った。
「ロバート、もっと喋ってくれ。クローディアの心理を考える要素になる」
「……あいつ、褒められたって“合わせなきゃいけない要素が増える”って、言うんですよね。
“黙らされてる気がする”って。
前からそうだ。褒められることを一つも重視してない。
驚く顔を見たがってるんです。俺も最初、女と知らずそれで結構喧嘩してた。
でも、喧嘩してるから楽しいんですよあいつ。
俺は、女って知って、ブレーキが掛かった」
ドロシーは補足した。
「私は同性だから会った直後に事情を聞いてます。でも、ロバートは私とクローディア様のあとに会った順番なんですよ。
それで、このときクローディア様はクロード様としてロバートに喧嘩ふっかけてたんです」
ロバートは頷いた。
「で、何だったか忘れたけど、俺が一回その悪戯にブチ切れて本気でグーで殴ったんですよ。
そしたら家中から俺も大目玉。俺もクローディアと知って青ざめた。
ところがクローディア、いや、クロードはたんこぶ作ったまま『お前強いな!』って認めて、やいのやいのあって今に至るわけです」
「それはそれは……、らしいといえばらしいか……」
視線を上に、ミザリーは理解する。
「女の子の精神性じゃないな……。同調や支配じゃなく、反応が欲しいのか。跳ねっ返り娘め……」
ドロシーは言った。
「……こう言ってはなんですが、クローディア様は、生きてるという実感が欲しいのかもしれません」
「というと?」
「転生者、という概念は知ってますよね?」
「ああ。【この世には幼い魂が流れ着く】という神話だな」
この世界には大前提として、その文化があった。
「ただし、幼い魂と言われるくらいだからな。成人の記憶を持つ者が流れ着いたという話は聞かない。
大抵10代中盤の知識しか持ってないし、技術的なことは何も知らないか、すでに知られてることしか持ち込んでこない。
浅はかなもんさ。それどころか変なことまで言い出すから信用おけない。
特に電池とかマッチは奇想技術だ。
わざわざ作らんでも魔法で出せる。役に立たん。
彼らがいくら前世の記憶と言ったところで、今世で役立つその保証はないわけだ。
彼らは前世の記憶を持つが、世の中のために使うかというとそれは全く関係ないし、嘯くことは誰にでもできる。
我々にはそれを信じる要素が一つもないのだから」
確かに、異文化の知識は流入する。しかし、この世界の技術体系を一変させるような高度な専門技術は、ほとんど流入しないのだ。
計算式でもこの世界にはピタゴラスに当たる人間はいたし、平方根ももちろんある。
転生知識がアドバンテージになることはよほどのことがなくてはなかった。
「強情を張れば『だから何? 何ができるの?』となり、『あいつ嘘つきだ』という流れになっていくことは歴史の流れが証明している。そうやって転生者差別もあった。なら誰も言いたがらんさ。
とはいえ、転生者の存在をうかがわせる文化も多い。
たとえば、じゃんけん、とかはそうだな。
三すくみで勝敗を決すツールとして認知されてる。
電話というものも、開発されてはいないがヒントにはなっていて研究が進んでいる」
そう、幼少期であっても記憶があり、概念を理解し、便利であれば、それはこちらの世界でも定着するわけだ。
転生者たちは結局、無知なままこの世界に放り込まれることで、二度目の人生を歩んでいた。
「土着宗教の話になるが、神殿もよく言ってるな。
【よその世界から幼い魂がやってきてたまたま赤子に飛び込んだのだから、それは二周ではなく一周目だ】
【前世であろうが今世であろうが、記憶を持つのであれば前の世界での死を挟んだだけで、一本の道の上の人生であることに変わりはない】と。
それだけ昔から転生者って連中は居たってことでもある。正直、表立って自分を転生者とは言わんほうがいい。
嘲笑のネタだ。恥をかくばかりだ」
生ききったかどうか。二度目を行うべきかどうか、その判断は神が行う。
故に、人間の埒外であり、転生を計画に入れることはそもそも不可能だった。
「食事の前に手を洗うと風邪を引かないという文化なんかも向こう由来でしたっけね? 土間文化もそうだ。結局誰が言い出したのかは知りませんけどね。
ものすごく多いらしいし」
ロバートは合いの手を入れるが、ドロシーはそれを制した。
「話をそらさない。ミザリー先生。私もそれはわかってます。
私は転生者ではありませんし、そういう話をしたいわけでもない。
でも、クローディア様が転生者だと言えば?」
ふむと、ミザリーは小さく頷いた。
「それこそ話半分で聞こうか。それが今の話とどう繋がる?」
「8歳で病院に入り、10歳で亡くなったと教えてくれました。となると、そんな子は2年、外から隔離されている経験を持っている」
頭痛にミザリーは目元を押さえた。
「……生きてる実感が、痛みや対立に宿るか……、クソガキだなぁ……」
「そして、クローディア様の話を信用するならですね? オデット様が絡んでくるんです。クローディア様は、オデット様を心配させたくないのです。
見送られた者が、病弱な母を心配させまいとしていることになるんです」
ドロシーの言葉に、ミザリーは目を見開いた。オデット・ウィルゲンシュタインの状況は教師として知っていた。
「……奥方、か……。母がベッドの上にいる辛さを、娘本人が知ってるか……、なんて皮肉だ」
「ええ、つまりですね? “生きることに生真面目すぎる”んです。痛みも苦しみも、新しいものとして、喜んで受け入れてしまう。折れるわけがないんです。
クローディア様の主張が本当だとして、2年苦しみ、死を経験した魂は、今日の出来事にこだわるのも、わかる気がするんです」
この世界の転生とはそういうものだった。
持ち込めるものはそう多くはなく、公言すれば変人扱い。
では、転生者は前世から今世に何を持ってきたのか。
“人生観”だ。
そして、それは、転生者以外でも持ち合わせる要素ではあった。
違いは、死を経由したかどうか。
気迫の違いはそこにあった。
「……無敵の精神性じゃないか……」
頷くドロシー。
「そうですよ。無敵の精神です。ずっと右肩上がりって言ってます。でも、今は……」
「アレックスとの関わりを失って、調子が狂ったか。無敵は見かけだけ、か。そりゃそうだな」
腕を組んで、ミザリーは話を締めた。
「叱られるのと、喪失は別物だ」




