7話 表面化 1
それ以来、休憩時間になってもクロードはアレックスに絡むことをやめた。
その代わり何を始めたかというと、隣の席でアレックスの方に背を向けて、机の縁に腰掛けて、その周囲でクラスの女子らと談笑していた。
「ヤダー! クロード様もそういうこと言うの!?」
「いやだってさ、枝毛の手入れ大変だろ? 見ろよ僕のこの毛先」
長い自分のポニーテールの毛先をつまみ、チョロンとした枝毛を指さす。
「キューティクル維持には小麦を研いだ残り汁がいいらしいよ」
「そうなのですね! 試してみます!」
そんな女子力トークについていくクロードに、クラスの男子たちは舌打ちを続けていた。
一方、アレックスは眼鏡とミザリーが使っていた参考書を手に入れて、休憩時間も前の時間の復習と次の授業の予習にいっそう集中するようになった。
時々、クロードの背をちらりと見ては、参考書とノートに視線を落とす。
やけに見やすくなったなとは感じていた。
歩み寄ってきたのはマールで、彼女はアレックスのかけている眼鏡の調子を聞いた。
「どう? アレックス。その眼鏡よく見える?」
「ああ、まぁ……」
下を向いてずり落ちた分を中指で押さえて位置を戻す。
「おお、メガネクイってした」
「別に格好つけてるわけじゃないぞ、自然な反応だ」
「ううん! その仕草も似合ってるよ!」
「やめろよそういう恥ずかしいこと言うの……」
遠巻きにドロシーとロバートはそんなクロードとアレックスの距離感を察していた。
二人とも机に肘を立て、顎を乗せている。
「どう思う?」
「どうって……、変だろ?」
側近二人はその様子を異様だと思っていた。
ぱったり、あの日から1年続いた迷惑行為が止んだのだ。
「ドロシー、お前、話とか聞いてないか?」
ロバートの言葉に、ドロシーは眉間にシワを寄せる。
「なんで私が……」
「女同士だろ」
「バカッ!」
ドロシーはロバートの眉間にデコピンをクリーンヒットさせると耳に口を寄せてひそひそ話した。
「あなたそういうところ不用意なのよ! 口開けば重要なこと漏らすじゃない! 女性なのは秘密! わかってる!?」
「お、おう……。すまん」
ロバートが寡黙なのは、口が軽いからでもあった。
そして事件は起きた。
「あれー? アレックス眼鏡買ったんだ? 外周部生まれでも買えるんだねー?」
クロードを囲むとある女子の一人は、気が大きくなったのか、からかいついでに爆弾発言をぶち込んだ。
彼女は編み込んだ青い付け髪をしていて遠縁の勇者家の一人であることは明らかだった。
その言葉に、マールとアレックス、クロードの三人の空気がピキッと固まった。
「……ッ!」
顔を赤くしたアレックスは眼鏡を取り外し、ケースに入れる。
その様子を一旦確認して、マールはその女子に一歩、笑顔のまま踏み出した。
「どういう意味かなー?」
その笑顔には圧があった。
そのまま、マールは3歩目でその女子の足の甲を踏みつけた。
「ちょっと! 踏んでるわ!」
「どういう意味かなーって、聞いてるんだけど。逃げないでよね?」
ずいと、笑顔を近づけるマール。
「外周部だから何? どういう事が言いたいの?」
「それは……、その……」
言い淀んだその女子生徒を守るかのように、アレックスは本を閉じて──
「やめろ! マール! 言われたのは俺だ!」
──アレックスは席を立ち、参考書を抱えて教室を出ていった。
それを見たあと、マールはにこにこ顔のまま、ボソリと件の女子の耳元で囁いた。
「命拾いしたね。舐めてんじゃないよ? 喧嘩売るならいつでも買うよ?」
「……ッ」
ゾッとする女子をおいて、マールは「アレックス待ってよー!」と彼を追った。
「な、何よ……、色気づいちゃって……! 外周部の幼馴染がそんなに大事!?」
反省のない化粧の効いた彼女の言葉を横目で見て、はぁ、とため息一つ。
クロードは指先を向けると──
びしゃあッ
──とアレックスを笑おうとした女子の顔に水魔法をぶっかけた。
クロードの指先が黒く染まる。
「──な、なんで!?」
顔の化粧が溶け出し、理解できていない女子に、クロードはにっこりと笑い、彼女を言葉で刺した。
「君だって厚化粧だろ。眼鏡一つで人を笑うなよ。程度が知れるよ?」
すぐさま魔法で生み出した水は乾いたが、代わりに教室の空気が凍った。
◆◆◆
廊下に出たアレックスの後を追うマール。
彼は廊下の曲がり角、柱の陰で、しゃがみ込んでいた。
体育座りで、顔を上げていない。
「アレックス……」
「……見るなよ」
「うん……」
マールは悲しそうにはにかみ、その通り、アレックスに背を向けた。
幼馴染の経験が、そうさせた。
背を向けたまま、マールはアレックスに尋ねた。
「クロードと、何かあった?」
「わかんね……、いろいろありすぎた」
「そか……。つながり、切れちゃった?」
「……わかんねぇよ」
怒りか、寂しさか、悔しさかわからないものが吹き出した。
すする鼻。涙が、アレックスの頬を伝う。
「ハンカチは?」
「いらない。それより、あとで目が赤くなってないかだけ見てくれ」
「わかった」
二つ返事。マールはそのまま休めの姿勢でアレックスのそばを離れなかった。
「外周部がなにしたってんだ……」
「知らないよ」
「そんなに、必死じゃカッコ悪いのか?」
「知らない。私はカッコ悪いとは思わないしわかんない」
「なぁ……、じゃあ、俺は、いつまで、笑われなきゃいけない?」
肩をすくめるマールは、冷たく割り切った。
「知らないよ。他人の考えることだもの。だーれも私たちのことなんて見てないよ」




