6話 視野 2
水をチビリと口に含みながらクロードはウェイトレスを目で追っていた。
(……確かに可愛いんだよな……。デザインした人センスあるや……)
アレックスは空気の変化を感じていた。
こころなしか、見られるはずの側のウェイトレスたちの視線が、クロードに集まっていっているようなのだ。
ミザリー先生から預かった本を開きながら、相変わらず眉間にシワを寄せた状態でアレックスはクロードに指摘した。
「お前……、やっぱそうやって女の子に手を出してるわけ?」
「……は?」
アレックスは一方で違う視線を感じ取っていた。
店の中の女性の視線が、クロードに向いていることに気がついたのだ。
見せるための職が、見に来た側に魅了され始めるという逆転現象が起き始めていた。
「視線に気がついてないのか?」
「?」
「ああ、そうか、お前学校でそうだもんな……」
頭痛を覚えながら思い出す。クロードは徹底して女子の視線に興味がなかった。
しかし、周囲が勝手に美化するのだ。その立ち振る舞いを。
(黙ってりゃとんでもない美形。それはさっき確認したけど……、早速二度目の確認を取ることになるとはね)
やけに高かったコーヒーをすするアレックス。
「女の子に手を出してるってどういうことかよくわかんないんだけど……」
「ずっとウェイトレスを目で追ってるだろ?」
「かわいいからね(服が)」
言葉足らずだった。
隠していないように見えたのはアレックスで、少しムッとした。嫉妬もあった。
「いいよな。寄って来られるやつは、引く手あまたで」
「何の話だよ……」
「……女の話だよ」
アレックスは忌々しそうな言葉を吐くが、クロードはそこに食いついた。
「……君でもそういうの気にするんだ!?」
「そこに食いつくのかよ!?」
「いやだって、本の虫じゃんか。マールもかわいいのにそういう素振り見せないし……」
「いや、うん……、一時期マールとは付き合ってたよ」
「マジで!? いつ!?」
「8歳くらいだっけ……」
「ノーカウントだよ!」
「じゃ、じゃあ、お前ドロシーとどんな関係だよ!?」
「親戚だよ!」
「……血縁なの?」
「そう! 又従姉妹だね。何人かいるよ。勇者の家ってのは結局大きな木の葉みたいなもんさ」
「何人いるんだ……?」
「空では言えないくらいいる。家系図は複雑怪奇だよ。
例えば結婚なんてめんどくさいことになりやすい。
付き合った相手が近縁で、反対なんてしょっちゅうだし、その困難を乗り越えて合流してるような人もいるからね。だから結構大変だよ。貴族同士の結婚はね」
「……そうなのか……」
「そうさ。これはそういうときに使われる」
そう言って、サファイアブルーのウィッグを外すクロード。その根元には654と番号が割り振られていた。
「国由来の識別コードさ。普段見せることはないんだぞ? 僕の気まぐれに感謝しろよ?」
「3桁も……?」
「勇者の出現は1000年前だよ? それくらいいるさ。まだ僕は根に近い血統だ。4桁もいるとは聞く。見たことないからなんとも言えないけど」
「血統……か……」
「もう血統主義も古いけどね。貴族主義なんて、ブレーキになるだけさ。
おじさんは破門食らって勇者の家を辞めた」
その言葉を聞いて、アレックスは頭をぶたれたかのようだった。
クロードは自分の認識にとても近かったのだ。
しかし、次の言葉で反対にいる人間だとも認識できた。
「ま、僕はやめる気はないよ」
言いながらウィッグを手慣れた手つきで前髪に編み込んでいくクロード。
アレックスは尋ね続けた。
「……貴族をやめる気はないのか? 平民の方が稼げるだろ」
「必要性を感じないってとこかな。役目が違うから」
「金か? 政治がしたいってことか?」
「いや、もっとシンプル。
今、末代の僕がいなくなったらウィルゲンシュタイン家の領土はどうなるかわからないからね。
この街のことだよ。
誰の縄張り? ってなるだろ?」
「……子供にもずっとそれを?」
痛いところを突いたな、と、水をチビリと飲むクロード。
「今日はやけに聞くじゃないか」
「今日ぐらいしかこんなに落ち着いて話したことがなかったんだよ」
「それは同感。言われてみればこんなにじっくりお前と話すのは、初めてだね。珈琲は飲み終えた?」
「いや……」
ちらりと壁に掛かった鳩時計を見て、クロードは立ち上がった。
「じゃ、興味を持ってるうちに、君に僕のことをもう少し教えよう。急いで飲み干してくれ。連れて行ってもらうところがある」
◆◆◆
夕焼けがそろそろ夕闇に変わる時刻、アレックスの箒の後ろに座ったクロードは感想を聞いた。
「1.5ルクスの珈琲の味はどうだった?」
「そこそこ美味かったよ。三分の一なら出そうか迷うレベルだ」
「それはよかった。僕のなけなしの小遣いだ」
「なけなしなのか?」
「いずれ僕の小遣い形態の話もしてやるよ。余裕なんて大してないんだ。降りてくれ」
言われたとおりに降りるアレックス。すると、そこは大きな病院だった。
エントランスに向けて先にズンズン向かうクロード。その後をアレックスは追いかける。
「どこ行くんだ!?」
「入院病棟だよ」
受付でサラサラっとサインするクロード。そこには654の文字も書かれていた。
連れ添い1。
「ついてきなよ」
「今ナンバー書いたな?」
「そう。貴族は公共的に何をしたかを書く努力義務がある。人間性の足跡だね。
努力義務だから書かない人もいるけど、そんなこと繰り返してたらアイツは責任感がないって言われるのさ。
ずっと僕らの行動は見られてる」
「病院訪問は私的なんじゃないか?」
「馬鹿言うな。公務だけじゃない。公共施設への出入りもそうさ。
僕ら貴族が書くのは『私は粗相しません』って宣言みたいなもんだよ。
何か事件があったとき、目撃証言の中に番号を書いてない貴族がいれば、司法から逆説的に真っ先に聞かれるんだ。『なんで書かなかった?』とね。
ちゃんと書くのはアリバイだよ。
義務じゃないのに、守らないと真っ先に社会的立場の自覚を疑われるってわけ。僕らは圧をかけられてるのさ」
なるほど、とアレックスは理解し、二人は螺旋階段を上がり始めた。
暗くて長い廊下を歩き、すれ違う看護師に頭を下げて挨拶すると、クロードはその看護師が出てきた病室に行き着いた。
まだ部屋に明かりはついている。
「母さん、起きてる?」
「あら、来たのね、クロード」
女性の返事を聞きながら、クロードは木造りのベッドへ歩み寄る。
後を追うアレックス。彼の視界に、クロードの母の姿が入ってきた。
やけに見目美しい女性だった。しかし、アレックスは内心──
(……さっき、見た顔だ……!)
──と医務室で横たわっていたクロードの寝顔を思い出していた。




