5話 埋め合わせ 4
左頬に赤い紅葉をつけたアレックスは昇降口で眉間にシワを寄せたまま強情を張っていた。
傘立てのような筒から自分の箒を取り出しながら、横で珍しく謝るクロードをジト目で睨みつけていた。
「悪かったって! 何もなかったのは確認したから!」
「トイレいって確認するようなことか?
お前俺を同性愛者にでも思ってんのか?
大きな誤解だ」
クロードにしてみればそういう話ではないのだが、実際彼女は必死ではあった。
個室で認知変換のピアスと胸を押さえるサラシと声を低くするペンダントを確認し、一応と下の方も確認はした。下着に乱れは見えなかった。
そんな確認をアレックスに言えるわけがなかったのだ。
「あー……いや、それは……、とにかく! 今日は埋め合わせするよ!」
「……きもちわるっ」
殊勝な申し出に、アレックスははっきりと不快感を催す。
「何だよ気持ち悪いって!」
「お前が謝るからさ」
「ひどくない!?」
口で言うほどクロードは傷ついてもいなかった。
自分が女と見られていないことに意味があるのだからその確認にもちょうどよかった。
クロードをおいて昇降口を先に出るアレックス。その後を小走りで追いかけて追いつき、肩を叩くクロード。
「待てって!」
「……取り巻き二人がいなきゃお前なんてそんなもんだ。逃げる俺も止められない」
アレックスはカバンの中からバングルを取り出し、左手にはめ込むと、そこから伸びてる紐の輪に箒の柄を通しながら珍しくクロードを嘲笑った。
「ぐぬ! 言ってくれるじゃないか……!」
歯噛みすると、クロードはアレックスが手にした箒に注目する。
「……箒使って通学してるんだね。いいなぁ」
素直に羨むクロード。彼女の家は馬車こそあれど、使うことがないからとバングルは壊れたまま買い直していない。
街の中心部に住む場所があるということは足によるアクセスに困ることがないということだ。
それはいいことでもあったが、こういった刺激的なものに触れる機会も減らしていった。
アレックスは頷く。
「外周部住まいだからな。やっと使っていい歳になった」
「いいなぁ……、速いのか?」
「馬より速い。燕より高い」
「いいなぁ!」
三度クロードは羨んだ。
空飛ぶ箒は15歳からだ。本体はバングルだ。紐は命綱と回路の接続を兼ねており、これもまた通勤通学のための普及している生活グッズだった。
こちらの世界で言うところのスクーターと言えば話は早い。
しかしだからこそ、クロードはつっこんだ。
「家計厳しいのにバングル買ってもらえるんだな」
「これ? ハハッ。これ爺さんのお下がりさ」
クロードに、左手のバングルを見せるアレックス。それは傷だらけで、凹みまみれ。
「使えるうちは長く使えってのが爺さんの言葉だった。遺言みたいなもんだ。もういないからもらった」
サラッと言うアレックスに、クロードははっとした。
「死んだのか」
「年寄りはいつか死ぬさ」
「悲しくないのか?」
「もう数年前のことだ。忘れたよ」
「……そうか」
しゅんとするクロードに、アレックスは言った。
「お前が凹む必要ないだろ」
「……いや、その、ちょっとしたことを思い出してね」
「……今度は俺がいじめてるみたいじゃないか。そういう顔するなよ。気分悪い」
ガリガリと後頭部を掻くと──
「サーキット始動」
──箒を浮かすアレックス。
宙に浮いた柄によっこいしょ、と、腰掛けると──
「埋め合わせするんだろ? 羨ましいんだろ? 乗ってみろよ後ろ」
「いいのか!?」
わはーっと目を輝かせるクロード。
「俺はお前ほど性格悪くねーの」
「乗る!」
「子どもだなぁ……」
そうしてアレックスの後ろにまたがるクロード。
「……お前その座り方で痛くねーの?」
「何がさ?」
アレックスの肩に手をかけながら、クロードははてなマークを浮かべた。
◆◆◆
「ヒャッホー!」
「うるせぇ!」
夕方の風を感じながら、アレックスの操る箒の後ろでクロードは声を上げた。
眼下には白い石造りの建物が軒を連ね、灰色の傾斜屋根と煙突が整然と並んでいた。
縦長の窓と装飾された外壁が夕日を浴び、大通りの先には時計塔がそびえている。
その町並みも外周部に近づくにつれて疎らになり、土の茶色と草木の緑へと扇状に切り替わっていく。
水平線の向こうに向かう蒸気船を見かけて、クロードはテンションを上げた。
「推進用の外輪が6つだ! あれ貿易用だ! クソデカいんだよ!? すごいぞ!」
「ああそう、見たことないね……」
「社会科見学で行くことになるさ。最悪4つ壊れてもいいからタフなんだ」
この世界ではスクリュー式推進の発想はまだ生まれていなかった。
外輪式船舶が巨大発展した結果貿易船にまでなったのだ。
「お前はなんで知ってるんだよ」
「進水式に呼ばれた」
「なるほど。腐っても貴族か」
「腐ってねーよ!」
「どんなだった?」
「めちゃくちゃ暇。ずっと笑顔崩しちゃいけないしトイレにもいけない。
ハイライトはザバーンって海に進水するとこ。
他魅力なし」
「急に俗っぽくなったな」
「そんなもんだよ。なー! もっと上いこう! 上!」
「バカ、こんな薄着で高度上げすぎたら凍えるばっかりだ」
「できないことはないんだ?」
「話で聞く限りはね」
「挑戦しよう!」
「馬鹿言うな!」
「なんだよコカってんのか!?」
「落とすぞお前!?」
煽るクロードに怒鳴り返すアレックス。
チキン→コカトリスという意味らしい。
そうやってしばらく文字通り馬鹿を言い合いながら、アレックスの操る箒は、クロードを送るように街の中心部に向かう。
白い石造りの大きな建物が増えていき、アレックスは下降。
街路がだんだんと近づいていくところで後ろに座ってるクロードは声を上げた。
「あ、そこそこ!」
パラソルを軒先に立て、白いテーブルが並んでいる。
新店舗オープンの立て看板。どこかのチェーンのカフェらしかった。
店先のテーブルには、紳士服の男や着飾った淑女たちが座っていた。
「そこが何だよ」
石畳の上に降り立ちながら、アレックスは後ろのクロードに尋ねた。
周囲の人間は彼らに目もくれない。魔法の箒に乗って上空から降り立つなんてこの世界では当たり前だからだ。
「隣の領地から来たカフェだよ。かわいい制服らしいんだ。白ニーソにガーターベルト! そこで埋め合わせするから!」
「ああ、そういうこと……。でもおまえも可愛い制服に興味あるんだな?」
「当たり前だろ!」
その意味はクロードの女性としての発言であったが──
「……お前顔に似合わずエロいの好きなんだな?」
「……なんで?」
──全く違う意味で伝わっていた。
つづく。




