1話 つまらない奴 1
彼女はふわふわとした感覚に包まれていた。痛みは消え去り、まるで重力から切り離されたかのようだった。
下を見れば、自分の体がベッドの上に横たわっていて、そのベッドの手すりにもたれかかった両親は彼女の手を握りしめたまま、号泣しており、白衣の医者がその様子を沈痛な面持ちで見ていた。
ああ──、そっか……。死んじゃったのか、と彼女は自身の身に起きたことを理解した。
残念だな。まだまだ、知りたいことが山ほどあったのに。
そう思っていた彼女の耳に、聞き慣れない声が響いた。
「ふぐぅ……ずびっ……うぁあぁぁ……、どうして……、どうして……! ぐすっ……! ひっく!」
その方向に目を向けると、白いローブを身にまとい、神々しいほどまでの後光を背負った何者かが、膝を折ってドン引きするほど号泣していた。
「びゃべ、びゃべごぎゅなごごぢ……ひどうぃ……ずびっ!」
もはや何を言ってるのかもわからない嗚咽のあとに鼻をすする彼に、彼女は小さな手でとんとんとその者の背を叩き、ナデナデとさすった。
「ねぇ、あなた誰? なにか悲しいことがあったの?」
その言葉に、肩を落としたその者は、やっと顔を向ける。
顔ははっきり見ようとすればするほどボヤけたが、優しそうな人だということは彼女にもわかった。
「痛い所ある? 大丈夫?」
「おお、幼子よ……、お前は死んだというのに……、お前を憐れむ私すら、お前は慈しむのか……」
その者の言葉には、彼女の状態をはっきりと示す一語があった。
“死”。
だが、彼女にとってそれは織り込み済みだった。
「だって私が死ぬのはわかってたことだもの」
その言葉に光る者は彼女の前に跪くと、彼女の肩に手を置き、尋ねた。
「お前は世界を恨まないのか? 神を恨もうとは思わないのか?」
すると彼女は自分の知ってることを喋った。
「私は8歳のときに病気になったの。10歳を迎えられたんだから多分、頑張ったほうかなって。
最初は友達もお見舞いに来てくれたけど、そのうち来なくなっちゃったし、学校に戻っても多分一人。
神様のせいじゃないよ多分。運が悪かっただけだよ」
「おお……」
光る者は絶句する。しかし、次の言葉が彼の涙腺を破壊した。
「でも、もっと色々知りたかったな……」
「──ッごめんよおおおおおおおおお──っっっ!!」
そうしてがばっと彼女に抱きつく光る者はおいおいとまたしばらく泣くと、やっと収まったのか彼女から離れ、咳払いすると言葉を紡いだ。
「えー……ゴホンッ、私は、この世の創造主だ」
「そーぞーしゅ?」
「簡単に言うと神と呼ばれるものだ。
あいにくと、色んなところの教えが言うような全知全能ではない。
確かに、叶える能力はあるが、起きることを全部知ってるわけではないんだ。
未来のことは知らないし、今ここで何が起きてるのかも完全に把握することはできない。
創造してしまったからね。世界は私とは違い、独立したシステムで回っている。
で──」
よくわからなさそうに首を傾げる幼い少女に、ごめんごめんと光る者は頭を撫でた。
「難しかったよね。ごめんね。
私はね、君のようにね、まだ何もできず死んだ魂の望みを聞いて回ってるんだ。
君のような子は世界中に無数にいるんだ。そして私は現実に干渉できない。いや、しないと決めているんだ。
でも、死後の魂にだけ触れる機会を設けている。悔いのある魂なんて、悲しいからね。
君は運悪く、癌を発症して、それからずっと病院ぐらしだ。
運命は定まっていた。だとしても、個人的に埋め合わせをしたいんだよ。
何か願うなら、少しは私の力で叶えてあげられる」
しばらく考えてから、少女はこう告げた。
「じゃあ、お父さんとお母さんの間に子どもを作ってあげて。
私いなくなったら、きっと別れちゃう」
「君は……」
「廊下で喧嘩してたの聞こえてた。
不安だった。
私がきっかけで別れちゃうんじゃないかなって」
「なんて……、健気な……。わかった。約束しよう」
「それと……」
「それと……?」
モジモジとする少女は、本心を吐露した。
「もうちょっと、他の人みたいに、生きてみたかったなって……」
その言葉は神の背を押した。
「──君はもう一度生まれ直すべきだッッッ!!!!」
そうして、幼き魂は天を昇り、成層圏を抜けて宇宙に飛び出し、カイパーベルトを突き抜けて、オールトの雲を超え、やがて──、もう一つの天体へとたどり着いた。




