プロローグ 剣も魔法もあるけれど
「知性が高く、物覚えもよく、成績優秀で将来有望。
アレックスにクロード。
お前ら二人ともよくやってるよ」
校長室の中で椅子に座ることもなく、直立のまま、黒髪に黒い服の女性教師は、目の前に並んだ二人の男子生徒に笑いかけた。
「──で、なんでそれがこうなる?」
ただし、その笑顔は引きつっていた。浮かぶ青筋。
今は説教の最中だった。
「だってミザリー先生! ジャッカロープですよ! ジャッカロープ! 追いかけて触れると幸運が訪れるあの角付うさぎ!」
ミザリーの鉄拳がクロードと呼ばれた栗毛でポニーテールの男子生徒の頭に落ちた。
「ぎゃふん!」
「だからってお前、授業抜け出して校長室まで追っかけていくのか!? なぁクロード、それは優先順位が逆だよな!?」
「だって幸運ですもん! 今しかチャンスないじゃないですか!」
二発目がクロードの脳天に突き刺さる。
「ぎゃふん!」
同じ悲鳴を上げるクロードは、頭を押さえてその場にしゃがみ込んだ。
「それでだ、お前もだアレックス!」
褐色肌、金の瞳、黒髪のもう一人は、眉間にシワを寄せて不機嫌そうであった。
ミザリーと呼ばれた女教師は顔を片手で覆い、ため息を付く。
「なんでお前まで……」
「こいつ、捕獲に俺の通学カバン使おうとしたからです。机からひったくって持っていった」
「で、お前は怒って追跡した。それはいい。当然の権利だ。だがな──」
ゴスッ!
──と、げんこつがアレックスの頭にも突き刺さった。
「ぐおお……」
「周り見ろバカタレ!」
ミザリーが指し示したのは、彼らを取り巻く惨状だった。
彼らがいるのは書類も品物もぐちゃぐちゃになった校長室で、誇らしげな剣のトロフィーは台座から落ちて真っ二つに折れていた。
「見ろ! あの折れたトロフィー! 勇者の使ってた聖剣をかたどったものだ!
本・校・の・由・緒・と・格・式・を!! 示すものなんだよ!!」
「いてて……、あー……、それは知りませんでした」
どうでもいいという反応をするアレックス。弁償の意思もなさそうだった。
立ち上がるクロードは小さく挙手する。
「……痛ったぁ、先生、順序を説明しても?」
「言え!」
するとクロードはぺちゃくちゃと喋りだした。
「僕は確かに廊下に迷い込んできたジャッカロープを追いかけた。で、校長室に追い詰めた。でも、捕獲用に持ってきたカバンが重いし、中身が詰まってるのでですね、後で回収すればいいやと──」
「だから廊下にぶちまけたのか!?」
校長室前の廊下には、アレックスの教科書やノートが点々と散乱していた。
どうやらクロードは、鞄を逆さにして中身を放り捨て、そのまま校長室へ駆け込んだらしい。
「無くなるものじゃないので」
いけしゃあしゃあと告げるクロードに、隣のアレックスは口を開いた。
「無くなるかもしれないだろ!?」
「へーきだって。授業中で人もいないだろ。校長も今日は出張。だから物が動くことはない」
「そういう問題じゃないだろ!? お前俺のカバンに何が入ってるのか把握してんのか!?」
そのツッコミは至極尤もであったが、クロードにも考えはあった。
「……全回収すれば良くない? それにこのグチャグチャな校長室は君がブチ切れて突風の魔法をぶっ放したからだろ? その証拠に君の指先は魔法使ったから黒いんだし?」
「これだな。使用済みの魔術符の識別タグ」
ミザリーは床から、番号が刻まれた小さな鉄片を拾い上げた。
「使い捨ての護身用の魔術符を、校長室で使ったわけか。
子どもの小遣いでも買えるが、誤用を防ぐために術式の一部が抜いてある。
使うには自分で書き足さなきゃならん」
金属製の識別タグは、製造時にカードの内部へ埋め込まれている。魔術符は発動時の熱で燃え尽きるが、この鉄片だけは残り、使用されたカードを識別できる仕組みだった。
「学校で習う知識がなければ、そもそもこいつは動かない」
ミザリーはアレックスの指先に目をやった。クロードの言う通り、彼の指先は黒かった。
「まったく……、そこはまだ授業で教えてないはずだ。
お前、これを独学で完成させたわけだな? そして、一回こっきりの使い捨てカードは土壇場でちゃんと動いた。
つまり、お前には、この魔術符が動く確信はあった」
「それが何か?」
「その頭があるなら使いどころも考えろと言っているんだ! それに、お前んちからすればこの出費も痛いだろうが!」
アレックスは不機嫌そうにクロードを指さすと怒鳴った。
「言わせてもらいますがね! 俺は被害者だ!
使うには適切なタイミングでしたよ! ええ!
授業中にカバン盗まれて教室飛び出したこいつに俺は怒った!
教科書とまとめたノートが入ってるから追いかけた!
追いかけてたらジャッカロープが校長室に入った途端、こいつ鞄の中身をぶちまけやがった!
追いかけてたんだ! 全部後ろから見てたんだ!
そりゃキレるでしょ!?」
「だからあとから拾うつもりだったってば!」
クロードの抗議にアレックスは再び怒鳴り返した。
「行為を問題にしろっつってんだ!」
するとクロードは彼を嘲笑った。
「ハン! 校長室の中で突風起こしてぐちゃぐちゃにしたのはどっちかな!? お前の風魔法のせいでジャッカロープは窓から飛んでそのまま逃げちゃったんだぞ!? 収穫なしだ! なんにもならなかった!」
「お前の収穫なんか知るか! いい加減にしろよこのクソ貴族!」
いがみ合うアレックスとクロード。
「お前らはどうして……、その優秀な頭脳をこんなしょうもないことに使うんだ……!」
怒りと呆れの感情が交じるミザリーに、クロードは、べっと舌を出した。
「すみませんね。性格悪くて」
自分の引き起こしたトラブルを棚上げするアレックス。
「悪いのはこいつだけだ!」
「お前ら……」
ワナワナとミザリーは震えると、絶叫した。
「──反省はどうしたああああああああああああああッッッ!!」
◆◆◆
剣も魔法もあるけれど、それだけってわけでもない。
つづく




