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5話 埋め合わせ 2

「で、帰れと」


 クロードの寝ているベッドの脇で、水の張った洗面桶に手ぬぐいを浸し、絞っている最中のドロシーはジト目で立っているアレックスを睨み、責めるようだった。


「……看護は俺がしろって言われた」


「言われたからするんですか。私たちも帰るの遅れてるんですよ?」


「きついな」


「きつく言ってるんですよ。あなた正義のためなら人を殺しても後悔しないタイプでしょ?」


「ドロシー!」


 さすがの言葉に傍のロバートは声を上げた。


「……口が滑りました。でも、それくらい言いたいくらいには腹が立ってます。“自分の意志じゃないんだな”って」


「……悪いと思ってる」


 そのやり取りを、近くの椅子に座ってるマールも聞いていたが──


「まぁでも、クロードも悪いよ? 仇打つとか言われたけど、私何のことかわかんないし」


 ──さらっとニュートラルに戻した。


 気まずい空気が流れるが、再びマールが口を開くと、本質をぶっ込んだ。


「みんな言葉足らずだよ。全員悪いよ。それでいいんじゃない?」


 複雑な顔をする一同の中で、マールは立ち上がるとニコッと笑った。


「はいおしまい。言ったこともやったことも過去は変わらない! 切り替えていこう! 押忍!」


 拳を胸の前でクロスし、腰だめに開くマール。

 ムッとしたのはドロシーで──


「その責任は誰が取るんですか? ……昔から言ってるけどその押忍って何よ……」


 ──マールに反論するが──


「ケジメ取りに来たじゃんね? アレックス?」


 ──そう言ってアレックスに笑いかける。押忍については答えなかった。

 代わりに、マールも言葉のナイフを抜いた。


「罪悪感で人をくくりつけるのって良くないよ? 歪んじゃう。

 人が前に進もうってときに、邪魔する人嫌いなんだ。私」


 その思わぬ反撃に、ドロシーも目を伏せて──。


「そうね、言い過ぎたわ。今度は本気で謝ります。誠に申し訳ありませんでした。

 ……正義って言葉を武器にしてた」


 ──と誠心誠意謝ったつもりだったが──


「はいはい、不毛不毛。しつこいしつこい。無意味無意味。

 実はムカついてるのに申し訳なさそうなフリすればいいってもんじゃないよ。

 そんなの嘘だよ。

 帰るよ、ドロシー、ロバート。ここからはアレックスの責任」


 きっかけになった0点を取った子は持ち込んでいたカバンを、無理やりロバートとドロシーにポイポイと笑顔で投げ渡した。


「じゃあ……」


 立ち上がるドロシーと──


「帰るか……」


 ──ロバート。


 アレックスの方を振り向くこともなく、そんな二人の背をニコニコしながらぐいぐい押すマール。


「早く帰ろ帰ろ」


 しかしドロシーは気がかりなことがあったため、その押す力に抵抗して、アレックスに首だけ向けて、釘を刺した。


「無防備だからっていたずらしちゃだめですよ」


「野郎相手にするか!」


 吠えるアレックスに──


「そう願います」


 ──とだけ残してドロシーは大人しくマールに押されて保健室を出た。

 そしてその瞬間、ドロシーは胸の中にあった違和感をやっと理解したようでもあった。


 マールはアレックスの肩も持たず、自分たちの側にも立っていない。

 大体クロードのやったことの優しさを察していない。仇はなんのことかも受け取っていない。

 そんなはずがあるのだろうか? とドロシーは考えた結果、答えはこういうものだった。


「マール、あなた、喧嘩売ってますよね?」


「売ってるよ? 買う?」


 さらっと認めるマール。


「私が不在のところで勝手にやってるじゃん? なんで付き合わなきゃいけないの? 早く帰って寝て忘れたいんだよ?」


 マールは一連のやり取りに、笑顔で怒っていたのだ。


 正しいも正しくないもない。評価軸はそこではない。

 きっかけになった人間が、そもそもここまでややこしくなる事を望んでいないなら、クロードもアレックスもその肩を持つ者も、等しく気に入らないとなるのは無理のないことだった。


 ドロシーはたじろいだ。まさかマールがこんな事を言い始めるとは思っていなかったからだ。


 彼女はマールを見誤っていた。一方、隣のロバートは何か解っていたらしく、またしても諦めたように無言を貫いていた。


「えっと……あの……」


「一緒に帰ろうって言ったのも、私のいないところで好きに口論されるの癪に触るからだよ? それとも何?」


 ニコニコとしたマールのその目に光はなく──


「ぶっ飛ばしてもいいんだよ? 裏庭行く?」


 マールが笑顔で口走った躊躇のないその言葉に、ドロシーはロバートを見る。すると彼はドロシーと顔を見合わせて、首を横に振った。

 筋骨隆々な彼がなにかを諦めている。それを察すドロシーは顔を青くした。


 この女、怖い。と。


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