5話 埋め合わせ 1
気絶したクロードは保健室に運ばれた。
級友を気絶させ、ベッド送りにしたアレックスは教務室でその点をミザリーにチクチクと責められていた。
「──本当にお前らときたら……」
椅子に座り、腕も足も組んでため息交じりにミザリーは呆れる。
しかしその言葉も先生の前で直立しているアレックスには響かなかった。
「今回については“ら”は聞き捨てなりません、先生」
「正当な報復行動だったか? マナが残ってたと一言言えば私も試験ができて、こんな放課後まで残ることにならなかったんだが、それは思いつかなかったか?」
「思いついてました」
「正直だな。それでも幻術による心理的攻撃を選んだ。私が問うているのはそれを正当化できるものはあるのかってことだよ」
「俺はあると思ってます。時間を奪われた」
「いま時間を奪ってる私にも、同じく恨みを持ってそうだな」
深い溜息の後、ガリガリとミザリーは頭を掻いた。
「話を変えるか……。どこまで学んでる?」
急に話を切り替えられて、言い淀むアレックス。
「どこまでって……」
「聞き方が悪かったな。教科書はもう意味がないか?」
「……そんなことは」
「本質的なことを聞こう。お前はなぜ授業に出る?」
「……成功するためです」
「じゃあ授業に出てる意味が変わってくるな? そこを少し語ってほしい。お前は何を求めてる? 考えて話してみろ。それも自分探しだ」
しばらく頭を巡らすと、アレックスは言葉を紡いだ。
「……1つは、自主勉強の確認です。俺は独学が多い。裏付けというか……、保証が欲しいんですよ。
だからその保証を邪魔されると不安になる」
「2があるんだな?」
「ええ。2つ目は外周部の牧羊一家ってことですよ。第一次産業の売上知ってます?
うち、マールのとこと違ってロディとノーティ──、弟と妹がいるんです」
「ふむ……」
「双子が生まれるなんて思ってなかった。しかも男女。
それだけで、今後の制服代、趣味、服、全部倍を見積もらなきゃいけない。
双子だから同時期に必要になる。
これ、誰のせいでもない。
それに、弟妹は可愛くて……、恨めるような存在でもなくて……、可愛いんですよ……、ほんとに」
「……なるほどな」
「あいつらを支える両親を見てます。年の離れた兄貴の俺が稼ぎ頭の三人目になるべきだ。
そして、弟と妹が“貧乏人”なんて言われる未来を食い止めなきゃいけない」
「なるほどな。それで終わりか?」
「3つ目。内申点です。俺は、大学に行きたい。大学に行って、金を稼げる手段を学びたい。でも大学に行ける金はない。なら特待生狙いしかない。
短大なら、卒業時に20歳前後、そこから就職すれば、アイツラまだ十四歳だ。
その時に苦労させたくない。
……黙らせなきゃいけないんですよ……。“貴族ども”を」
「……ふむ……、一つ聞くぞ? その突然出てきた“貴族ども”とは、誰だ? 私か?」
「……貴族どもですよ……、平民を侮り、税を巻き上げ、俺のようなやつを貧乏人と笑う」
「私か? と聞いているんだ」
「……違います……」
「クロードか? 何時、お前を貧乏人と笑ったんだ?」
「……何時はずるいですよ、先生……。あいつがそれを言ったかどうかは覚えていません」
「……まぁそうだな。いまのは意地悪だった。
だがな、年長者から言わせてもらえば、その十把一絡げな物の考え方はやめとけ。
例外を認められなくなる。私はそんな下劣なことは誓って言った覚えはない。だから私は例外だ。
……貴族、平民は大きすぎる主語だ。
そうじゃなくて、言ったやつの名前を覚えろ。メモ取ってもいいから」
組んだ手足を解き、ミザリーは前のめりに姿勢を変えた。
「真面目に聞くぞ。将来の夢とかあるか?」
「牧羊業者の大企業に就職してエリート街道を行くことです。
平民は医者にも神官にも教師にも教授にもなれない」
「流石に……、わかってるか」
「常識でしょ? それにそんなもの最初から目指してない。
だってそれらって給料固定らしいじゃないですか。
平民のほうが稼げる」
そう、この世界では医者も神官も公務員扱いだった。
つまり資本主義的な競争が解放されているのは逆に平民にしかなかったのだ。
「俺が嫌いなのはそういう貴族どもの“ありもしない特権意識”だ。
貴族に会社が動かせますか? イノベーションは起こせますか?
鉄を作り、紙を作り、タイプライターを作り、印刷を作り、ボイラーを作り、鉄道を作ったのは歴史上、全部平民だ。全部だ。
なぜなら、賢者の家は教えることと支えることしかできない。
勇者の家は金ばっかり持っていく。何が政治だ。
どちらも平民からおこぼれをもらってるだけだ。
だから平民のほうが金銭的に豊かになる。
だってのに貴族連中は俺たちを笑う。
だからへし折りたいんですよ。“血統しか後ろ盾のないプライド”を。
──お前らは時代遅れだとね」
彼は歴史を持ち出した。そのとおりだった。貴族は仕事の範疇が決まっている。故に、何もかもが貴族の手で生み出されたわけではなかった。
「容赦ないね……。【賢者の家は教えることと支えることしかできない】。
名言だよ。心当たりありありだ。耳が痛いな」
「先生のことじゃないですよ?」
「ああ、知ってる。で、その勇者の家の話はクロードのことだろ?」
「そうです。あいつは一位の俺が疎ましいんだ」
「そう言ってたか?」
「そうに決まってるでしょ。俺の足を引っ張るのに他にどんな理由が?」
「……若いね」
何かあったんだなと察すには十分だった。
これ以上はだめだと判断したミザリーは自分の机の引き出しから使い古した本を取り出した。
「話を戻そうか。お前どこまで教科書を理解してる?
正直に言え。高等部の三年まで理解してるか?」
「二年の半分くらい。心配なものは単語カードを作って確認しています」
「どこで学んだ?」
「古本屋で働いてますから。
時々流れてくる使い古された教科書を読んでます。
メモが書いてあったりして有用だ」
「なら、これをやる。お前なら理解できるだろう」
「これは?」
それは高度な魔法技術に関する教育用の参考資料だった。
「教員になるために使ってた資料だ。
大学レベルのことは書いてるし、独学の保証にもなる。
持ってけ。エリート街道突き進むんだろ?」
「い、いいんですか?」
「いい。あと勘違いするなよ? 貴族やりたいやつばかりじゃないんだ。私みたいにね」
「先生は賢者の家ですよね?」
「わかっててボロクソに言ってるんだから大した肝だよ、お前は」
一度鼻でアレックスを笑うと──
「……跡取りがいなくてね、……呼び戻されたのさ」
──珍しく顔を背けるミザリー先生に、アレックスは踏み込みすぎたと感じた。
「……あっ……」
「私のことは今はいい。そんな話はしてない。お前にその本を渡す交換条件がある」
怪訝な顔を浮かべるアレックス。
「なんです?」
「保健室で気絶してるクロードの世話をしろ。
もう放課後だし、私も疲れた。テストは明日にする。
ドロシー、ロバート、マールも帰らせろ。アイツラは無関係だ。
これはお前の責任だ」
「……俺にあいつの看病しろって!?」
「責・任・だ。しないなら返してもらう。二者択一」
アレックスはその参考資料の本を裏返す。値段を確認して、顔をしかめた。
想像していたよりも桁が多い。それだけ重要文献なのだ。
そして転売不可と書かれた文字と、鉄のプレートとシリアル番号。
厳重な管理だった。
「それは古本にも流れない。国が売って、貴族が買う。
その後は売り買いできないんだ。法律上ね。
お前の言う“貴族の特権意識の産物”さ。
処分方法は焼却か、血縁者に譲渡だ」
「……俺は血縁者じゃないじゃないですか……。
そんなものくれるんですか?
大丈夫なんですか? リスクあるんじゃ……」
「拳を振るう私がいつ正しい教育者だと?」
「……ですよねー……」
「で、交渉は成立か? クロードを診ながらでもそれは読めるぞ。
私がそのリスクを飲み込んで、お前に渡した理由を考えろ」
受け取った参考資料を見て、ゴクリと固唾をのむアレックス。
これは彼にとって“貴族の特権性への隠蔽されたアクセス権”なのだ。
千載一遇の機会を捨てることは、彼にはできなかった。
「成立で」
「よし。それはそれとして授業態度はなるべく改めとけよ。教師の心証も進学には影響するぞ」
「はい」
「わかったならいい。行け。
【時間を奪った】な」
アレックスは目を大きくすると、うつむく。
その言葉は、いざ人に言われると、結構きついと思えたのだ。
貴族の特権の一片を、自分に与えてくれた人だ。なのに、その人から「時間を奪った」と言われただけで、先ほどまでの親身なやり取りが、ただの事務仕事に変わったように感じた。
(……俺、ひどいこと言ったな)
「すみませんでした」
「何を謝る」
「時間、奪ってません」
「そうかい」
そっけなく返すミザリー。わざとなのはアレックスも感じ取っていた。
アレックスは踵を返し、教務室から出ていこうとした。
その時、ミザリーはふと思い出したように尋ねた。
「あ、そうそう、アレックス! お前蛙を拡大化したあの幻術の魔法陣の術式まだ覚えてるか!?」
「いえ、即興だったんで、あんな落書きもう覚えてませんよ」
言ってアレックスは引き戸をピシャリと閉めた。
「落書き……」
見送ったミザリーもまた天井を見上げて、ピシャリと自分の額を叩いた。
「……なんてことだ。ロストテクノロジー確定か……」




