4話 クソガキ 4
砂地は雨に濡れ、黒くシミを残す。痛いほどの雨粒が、魔女の帽子とケープを滴り落ちる。
「大! 成! 功!」
「──ッじゃないわボケぇえええええええええええええええ──ッッッ!!」
もう恒例となったげんこつが柔らかいとんがり帽子越しにクロードの脳天に突き刺さった。
続いてびしょ濡れのミザリーがクロードの襟首を掴んでガックンガックン前後に揺する。
「今日の課題は火球だよな? な? 言葉通じるか? 通じるか!? あぁ!?」
「わ、わかってますって……、いててて」
「水の魔法使えとも雨を呼べとも違う魔法陣書けとも言ってないよな!? じゃあなんでこんなことした!? 言え! 言ってみろ! 殴るから!」
「殴るの前提!?」
「いいから言え! 言ってみろ!」
「ああ、それはですね。このへんのマナ使い切ってやろうかなって」
「……は?」
ヘラヘラしながら親指を立て、肩越しにアレックスを指さすクロード。
「次、アレックスで最後でしょ? あいつ幼馴染置いて帰るとか言うもんだからさ」
スタッフの先端のマナ計はレッドライン。
「もうテストできませんね。台無し。今日はおしまい」
「……」
ミザリーは黙ったまま、ごちんと先程より優しくクロードの頭を殴った。
「不器用か」
「へへっ、不器用ですかね?」
魔法の水は長続きしない。しゅうっと即座に乾いていく。
ミザリーはクロードの首根っこを掴んでクラスの前に連れてくると、彼らに状況を語った。
「こいつこの辺のマナ使い切った」
「「は?」」
疑問符を浮かべるクラスメイトたち。
ため息交じりにミザリーは続ける。
「マナ計見てみろ。ここら一体吸い尽くした」
各々針を確認すると、確かにレッドラインを指している。
「授業は中断。テストも中断。アレックス。お前の番は来ない。
あとクロードも迷惑かけたから0点だ。マールといっしょに三人居残り。
放課後、マナが回復していれば追試だ。まだなら場所を変える」
その言葉に、アレックスは呆然とした。
「……なん……なんで俺も?」
「確認できないだろ……。苦情はこのウィルゲンシュタインのバカに言え」
しれっと言うミザリーの言葉に、呆然とするアレックス。
脱力して天を仰ぐアレックスだったが、その時スタッフのマナ計の針が視界に飛び込んできた。
(ああ……ここ、あるじゃないか、マナ。残ったな?)
アレックスの立っていたその一角だけ、クロードの魔法で吸いきれなかったマナが残っていた。
しかし、アレックスは黙っていた。
(ここだな)
──と足元の石を靴で動かし自分の立っている場所を覚える。
撤収作業に入ったクラスメイトやミザリーらを尻目に、アレックスは校庭脇の草むらへとテクテク歩いていく。
天然の雨と勘違いしたカエルが、校庭脇の草むらから飛び出し、ケロケロと鳴いた。
(よし……、居た)
生きたまま、その蛙を手に隠し、アレックスは計画を実行に移す。
アレックス以外の全員が借りたスタッフを立てかけ、とんがり帽子を重ねたあたりで魔法陣を書ききったアレックスは吠えた。
「こっち向けクロード!」
「え?」
ワナワナとアレックスはクロードへの怒りを乗せて言葉を紡いだ。
「……今日だけで二授業潰しやがったよな……?
お前、査定とか考えたことあるか……?
進路とか、内申とか考えたことあるか……?
それがどれだけ俺にとって大事で、邪魔してほしくないことなのかも知ってるか……?」
その剣幕に、クロードも少し引く。
「えっと……」
やりすぎたかなと、クロードが謝ろうとしたとき、アレックスは軽く閉じた手の中から先程捕まえた蛙を突き出し、それを銀青色の目を持つ御曹司へと見せた。
「げこ」
「ひっ!?」
蛙のひと鳴きで顔色を変え、ずざっ! と一気に後ずさるクロードに、今度はアレックスがほくそ笑む番だった。
「ヌルヌルとかヌメヌメが苦手なんだろ? 知ってるぞ! お前の弱点はわかってるんだ! もう一年の付き合いだからな!」
「な、なにを……」
「──サーキット始動!」
次の瞬間、アレックスの魔法陣が白から青く輝き直し、校舎の二階にも達する蛙の姿を映し出した。
青魔法。つまり、その幻影は物凄くリアルだった。
ぞわぞわぞわっとクロードの背筋に悪寒が走り、鳥肌が手から顔に浮かび、顔面から血の気が引く。
次の瞬間、巨大なカエルの幻影は口を開けると、スタッフをクロードに向けたアレックスの号令で──
「これでもくらいやがれぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッッッ!」
──莫大な数のカエルの幻影を吐き出し、それらは本物と見分けがつかないほどの解像度でクロードに飛び掛かった。
「ぴゃぁああああああああああああああああああああッッッ!?」
感触はなくても、蛙が大の苦手なクロードは全身に蛙が這いずり回る地獄のような光景を目にして、そのまま白目をむいて、倒れた。
チーン。
誰もがその光景に足を止めた。悲惨だったこともあるが、一回の授業中に大魔法が二連続で発生すれば唖然とするのも無理からぬことだった。
「お、おい、クロード!?」
倒れたクロードに駆け寄るロバート。やれやれと歩み寄るドロシー。すごいものを見たとパチパチと手を叩くマール。三者三様の中で、ミザリーはその光景に違う意味で固唾をのんだ。
(青魔法陣!? 幻術魔法で!? 一つも教えていないのに!? 独学でか!?)
「あーもう、まったくもう! クロードのクソガキめ! 俺の人生めちゃくちゃにしやがって!」
自分がどれだけのことをしたのかも知らず、怒気を吐き出しながら自分の描いた魔法陣を蹴って消すアレックス。カチンカチンとガラス片が音を鳴らした。
ミザリー本人が言ったことだ。高精度の魔法陣を砂の上で起動すると発熱によりガラス片が発生すると。
それを見たミザリーは、手を伸ばしてでも止めるべきか、一瞬迷った。
(あ、ああ……、なんて、なんてもったいない!
学生が0から組み上げた幻術魔法! そんな研究すべき魔法陣を自分で消してる!
こいつわかってない!!)
しかしもうアレックスの足元の魔法陣は見る影もなく、ミザリーは大きく肩を落とし、天空に向かって息を吐いた。
(……国家魔術師でも難しい。これほど高精度な幻術なら、本物と見分けがつかない。
幻術において出力は解像度になる。それを最上級の青だ?
悪戯なんかに使わなければ、影武者、諜報、撹乱、隠れ蓑、そのあたりのことは一通りできる……。
そんなのが、今の一瞬でロストテクノロジー、か)
諦めきれない一言が、ミザリーの口からついて出た。
「こいつ、賢者家に生まれてたら……、人生違っただろうな……」
ミザリーはアレックスが平民であることを惜しく思った。
平民は平民であるだけで、賢者の仕事から弾かれるからだ。
そんな折、幻影のソースとなった蛙は慌てて草むらに帰った。
つづく。




