4話 クソガキ 3
校庭での授業は続いた。
「──サーキット始動! 征け! 炎よッ!!」
スタッフの石突で砂に書いた魔法陣の中心で男子生徒が声を上げると、書かれた魔法陣が橙色に輝く。
するとスタッフの先端から火球が的の鉄板に向けて放たれた。
ふむ、とミザリーは鉄板ではなく煙を上げる魔法陣の方に注目した。
「良し、合格だ。
だが表記が雑だな、命令実行の発動が遅い。
魔法陣から力が漏れてる。サーキットは起動するとそれ自体が抵抗により熱を持つ。
精度が上がれば赤、橙、白、青の順で発光スペクトルが変化する。
魔法陣の発光色は、通るエネルギー密度の高さや効率を示すわけだ。
損失が減るほど有効に使えるエネルギーが増え、命令の実行も高速化する。さらに精度の高いサーキットでは、特定の箇所に高密度のエネルギーが集中するため、局所的に高温が生じ、砂が溶融する。
砂地では使用した魔法陣上にガラス玉が残るんだ。今回それはないな」
砂場での試験は精度のチェックのためだった。
脇に抱えたバインダーを手に取り、胸ポケットから取り出したペンを走らせながらミザリー先生は評価を口にした。
「サーキットの精度が高いほどエネルギーの流れはよくなる。
だがルーン文字には物理的制約があり、細い部分もある。
そこに大量のエネルギーが流れ込めば、導線が焼き切れるように局所的な高熱が発生する。
お前の橙色と遅さはフォントがまだ正確でない証拠だ。最適化不足だな。
だが赤色以上ではある。
ちゃんと書道、製図に励めよ。10点中8点。
余談だが、あえてエネルギーの流れを抑え、発熱しにくく設計する赤サーキットもある。代表的なのは空飛ぶ箒のためのバングルだな。
赤は物理的損失が低いから何度も使えるわけだ。
精度が高く、青い魔法陣でも、ルーン文字に焦げ目などがつけば動作を妨げられるから、基本的に使い捨てだ。
何でも高出力にすればいいってものじゃない。
だから色が白や青くなくても気を揉む必要はないぞ」
「よかったー……」
ほっと胸をなでおろす男子生徒に、次のテストのために砂地をトンボ状の器具でならすミザリーはポツリと告げた。
「あとその、『いけ、炎よ』はいらんよ。何を出力するかの情報は魔法陣に書き込まれてるだろ。【中等二年病】というやつか……。気持ちはわからんでもないが感染力の高い病だな?」
「わかってます! やめてください急に恥ずかしくなる!」
顔を真っ赤にする生徒。
続いてのテスト対象はドロシーだった。
彼女はスタッフに提げたマナ計を確認しながら、場所を決めると、魔法陣を書き終え、その中心で宣言した。
「サーキット始動」
スタッフを掲げる彼女の魔法陣は早速白く輝いた。
先程より巨大な火球が鉄の的へと宙を走る。
おお、と、クラスの人間は拍手する。
ミザリーも太鼓判を押した。
「よし、授業レベルでは10点中10点だ。マナ計もしっかり確認していたな。彼女を見習うように」
イメージ通りの活躍を果たしたドロシーはクロードたちの脇にしずしずと戻る。
続いて呼ばれたのはロバート。
ドロシーと同じくマナ計を参照しつつ、場所を決めるとガリガリとスタッフの石突が削れるほどに力強く書き込み──
「サーキット始動!」
──彼の体に見合う力強い宣言をすると魔法陣は赤く輝き、生み出された炎はほんの少しの距離を進んで消失した。
「4点!」
「ぐぬ!」
ミザリーの言葉にロバートは歯噛みする。が、ミザリーはその採点理由を腕を組んで説明した。
「自分が書いた魔法陣を見ろ、サイズはまばら。
フォントの問題でもないが……、力入れすぎで歪になってる。
ペンじゃないんだ。そんな使い方してたらスタッフが折れるぞ……。
魔術符はあるわけだから将来的に困ることはないかもしれないが……、それすらないとき、発動できないはまた話が変わってくる。
火事を見つけたとき魔術符を持ってないならお前は消火活動ができなくなるだろ?」
クスクスと笑われ、ロバートは肩を落とし、クラスの隊列に戻った。
彼は真面目ではあったが不器用だったのだ。
「魔法の授業は苦手だ……」
その言葉は本心からのものだった。
続いてはマールの番。
小さい体で三つ編みを揺らしながら、マナ計を確認し、右へ左へとてとてと。
「えーと……、あ、あった」
マナ計の針がレッドラインを抜けたところで書き始めようとするが、スタッフの石突を砂地に突き立てた瞬間、マールは固まった。
「ん?」
ミザリーは疑問符を浮かべる。なにか問題があったのかと。
しかし次に聞こえてきたマールの声は──
「せんせー! なんて書くんだっけ!?」
──根本的なところで、誰もがその瞬間ガクッとくずおれた。
「0点! 放課後追試!」
「えー! めんどくさいー!」
「めんどくさいじゃないんだよ! 言ってたじゃないか小テストするって! 丸覚えでいいんだから覚えてこんかいッ!」
「魔術符でいいじゃんー!」
「趣旨を理解しろ趣旨を!!」
マールもまた別の意味で不真面目であった。
「ハハッ、マールらしいね」
微笑ましいと笑うクロードの隣で顔を覆うのはアレックスだった。
「あのバカ……」
クロードは確認を取る。
「付き合って残るんだろ?」
「そんな関係じゃないよ。今日はそうでなくても遅れてるんだ。急いで帰って復習だよ」
「ふーん……てことは、おまえ幼馴染置いて帰るの?」
「お互い子どもじゃないんだ。付き合ってられるか……」
「……あっそ、冷たい奴だな」
その時、クロードにひらめきが降りてきた。
「……えーと、じゃあ、あれとあれとこれ使ったら?」
腕を組み、頭の中でカチカチとパズルはハマっていく感覚に身を任せるクロード。
教科書を丸暗記しているだけはあり習ってもいない術式を脳内で組み立てていく。
「……これ、いけるんじゃない?」
そう、クロードの中で演算が終わったとき──
「うええええ、めんどくさいー、めんどくさいよー……」
──マールが肩を落としてトボトボ戻ってくる。
ナイスタイミング、とクロードは声をかけた。
「マール。右手を上げて」
クロードはそうマールに指示すると彼女ははてなマークを浮かべながら右手を掲げる。
その手に、クロードは思い切り手を打ち付けた。
「仇は取ってやるよ!」
パァンとハイタッチし、ミザリーの前に向かうクロード。
右手とクロードを交互に見るマールは首を傾げ疑問を口にした。
「仇って?」
ミザリーは次のテストの番のクロードに釘を刺す。
「やることはわかってるな?」
「もちろん」
不敵に笑うと、クロードはマナ計を確認。
針はレッドラインを指してはいなかったが、確認を口実にミザリーから距離を取る。
誰もその仕込みに気が付かなかった。
程よいところに立ち、ステージの上のマジシャンのようにスタッフをバトンのようにくるくる回すと、長い栗毛が輪のように流れ、クラスメイトたちから感嘆の声が上がった。
クロードが家で習っている槍術の応用だった。
「かくし芸はわかったから! 早くやれ!」
腕を組むミザリーの大声を聞いて、スタッフを空中にパッと放り投げるクロード。
これ以上ない悪い顔で笑うクロードは──
「──さて、行こうか。ぶっつけ本番大魔法!!」
──落ちてきたスタッフを掴むと、サラサラサラっと砂に魔法陣を書き込んでいく。
「……大……」
「魔法……?」
クラスの誰もが顔を見合わす。
ごろごろと遠雷が聞こえる。
嫌な予感がしたのはミザリーで、組んだ腕を解いて、遠くのクロードが書いた魔法陣を確認に走った。
そこに書かれていた表記は課題と全く違うものだった。
(明らかに高度な水式が書き込まれている! そうだこいつ教科書を先まで覚えて──!)
踊るようにそれを書き切ったクロードはスタッフを掲げ、魔法陣の中央で──
「サーキット──!」
「やめ……!」
「──始動ッッ!」
──ミザリーの静止も聞かず、石突で大地を叩き、魔法陣を起動した。
白い輝きが、ひらめいた直後──
どざぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッ!!!!!
──校庭をクロードの呼んだ大粒の雨が襲った。




