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4話 クソガキ 2

 同日、次の授業は校庭での魔法の実践授業だった。


 教師はミザリー。


 黒髪のショートボブに賢者の家の証である紅のラインを編み込み、その上から裏地が薄紫の魔女の帽子を被っている。

 大きな胸、くびれた腰の迫力のあるボディに長いタイトスカート、ハイヒール。

 切れ長の目、小さな鼻、黙っていればクールな顔立ちで、多くの男子生徒に密かなファンがいた。


 クロードたちのクラスはそろってミザリー先生とおそろいの魔女のトンガリ帽子をかぶり、これまたおそろいの先端がうずまきを巻いた錫杖──スタッフを掴んでいた。


 これが彼らの魔法を使うときの正装であった。スタッフの先端には懐中時計のようなものがぶら下がっていた。


 校庭に置かれた野ざらしの木製黒板にカツカツとチョークを走らせるミザリー。


「もう知ってるだろうが決まりなんで一応基礎からだ。

 この世界にはマナが満ちている。

 ドロシー。答えろ」


 指名されたドロシーはその概要を答えた。


「はい。【どういう振る舞いをするのか未確定な存在】です。

 固体でもなく、気体でもなく、液体でもない」


 ミザリーは補足した。


「そうだ。本当にどこにでもある。一方で、使ったときに一時的に消費はするが修復される。

 マナとは【可能性の要素】だからだ。一説には神がこの世界を作ったときの残滓とも言われてる。無から有を作ったわけだからな。

 もう一度満たされるのは不定期で、この世界は穴開きチーズの気泡のようにマナが虫食い状態で存在する。

 二つの位相が、同じ場所に重なって存在していると思え。だが、我々はマナの存在する位相に直接触れられない。

 しかも、向こう側の状態変化が、こちらの世界の時間と同期している保証もない。

 だからこいつがある」


 ミザリーはスタッフの先端の懐中時計を指さした。


「マナ計だ。マナの湿度計みたいなものだと思えば話は早い。

 マナは物質じゃない。空間そのものに備わった、魔法が成立する可能性のようなものだ。

 だから容器に詰めたり、壁でせき止めたりはできない。術者が移動するか、待つかだ」


「何度も聞いたって」


 ボソリと、クロードが言うと、傍に居た大男のロバートが肘で彼女を小突いた。


「決まりって言ってただろ……」


「それとつまらないのは比例しないとは限らない」


 反省のないクロードにロバートは眉間にシワを寄せた。


「時と場合を考えてくれよ」


「そうだぞ、ロバートの言う通りだ」


 反応したのはアレックスだ。ロバートとアレックスもまた、敵対している様子はなかった。アレックスはロバートがクロードに強く言えないことは知っていた。

 さらにそこでマールが声をかけた。


「ミザリー先生にまた怒られたの?」


「ああ。クロードのせいで辞書で殴られた。流石にたんこぶになりそうだ」


 げんなりしながらアレックスはつぶやき、珍しく頷いたのはクロードだった。


「縦はヤバいって」


「誰のせいだと思ってるんだ」


 もはや内緒話どころか普通に雑談で──


「おいこらそこ! 話を聞け! 今度は全員とも脳天に辞書落とされたいか!?」


 ──当然ミザリーにスタッフを向けられ怒られる一同。

 嫌そうな顔を浮かべる4人に対し、ケロッとしているのはクロードだけだった。

 額を押さえて頭を振るミザリー。


「反省してないな……。クロード! じゃあお前が説明しろ!」


「へーい……。えーと?」


 クロードは気のない返事をすると、目をつむり、つらつらと語り始めた。


「魔法は工学である。

 はるか昔、魔術師には才能が必要だという信仰があったようだがマナ計の発明によってその信仰は崩壊した。

 全てではないが多くの生物は魔法を使える仕組みを持つ。それが言葉とサーキット、即ちかつて魔法陣と呼ばれたものである。

 しかしこれでは説明できない出来事が発生した。言葉を持たないが魔法を扱う生物は存在したからだ。

 かつての偉人たちはサラマンダーをはじめとする表皮の模様に秘密があるのではないかと考えた。

 そして使える文様を一つ一つ研究した。それこそが、魔術師が秘匿していたルーン文字の正体であることが判明し、一気に技術は拡散することとなる。

 ルーン文字とは命令言語である。連続して書くことで意味をつなげ、新たな作用をもたらす。これが循環する形として魔法陣の多くが円である理由である。

 ルーン文字は入出力魔法を強化したり、新たな作用をもたらす一方で、表記の大きさには制限がある。大きくても小さくても機能しない。

 故にフォントとその再現に書道が存在し──」


「待て待て待て! それじゃない! 入出力魔法の四元素だけでいい!」


「じゃあそう言ってくださいよ……。

 火、雷、水、風。

 人間が意思だけで起動できる魔法だ。サーキット起動に用いられるものでもある。

 使うと指が黒くなる。あとサーキットを介さないため、コストが安い分、強力なものにならない。

 特に雷は微弱で発見が遅れた力で、扱いも難しいから資格技能も存在する」


 不機嫌そうなミザリーを前にして、まだ足りない? と微笑んだクロードは続けた。


「多くの場合最初に覚えるのは水の魔法です。

 それはなぜかというと魔法で生み出した水は一番被害が少ないから。

 ところがマナが霧散すると水としての存在を維持できなくなるので世界の水の総量は変化しない。だから魔法の水は飲んでも水分補給にはならない。

 まぁ自然界の水は結局、創造神の特権なわけですよ。

 火を消し止めるのにも使えるし、魔法の水は純水で、ある程度は人が出す雷を止めることもできる。微弱なのでね。

 もちろん自然界の水じゃだめですよ? 感電しちゃう。ここに性質の違いがある」


 ベラベラと長い講釈は明らかに授業の時間を削っていった。

 ミザリーの口を挟む隙も与えない。


「火は制限されていないが、その分武器にもなり得るため、使用責任を一番追及される。使用目的によっては投獄も普通にありえるのでぶん殴ってでも教育するのが一般的。

 で、最後が面白い。

 風とは古い定義で、今では指向性のことを指す。実際に風が吹くわけじゃない。距離は短いけど火種を投げたりできるわけです。

 生活の中では火入れとかに使ってますよね。

 カンテラ、釜、街灯、まぁいろいろなことに使えますよね」


 青筋を浮かべ、こめかみに人差し指を当ててイライラし始めたミザリーを見て、そろそろいいか、とクロードは口を挟ませる隙をあえて作った。


「なおこれら基礎にあたる魔法もちゃんとマナが減るのでマナ計を見なさい、ですよね?」


「よろしい……。まったく……。どうしてお前はその知性をそういうことに使う……」


 怒気をはらんだため息を彼女が吐いたのを確認して、クロードはまた口を挟んだ。

 クロードにしてみればただの緩急でしかなかったわけだ。


「何ならもうちょっと話つなぎましょうか? まだまだ行けますよ?

 魔法陣は法律で15歳からと決まってるとか、魔法陣を扱う年齢だから責任の発生として成人扱いになるとか、魔術符《サーキット・カード》はそんな魔法陣を持ち歩けるようにしたグッズだとか、魔法は万能じゃないとか──」


「もういい! もういいから!

 お前と関わると血管が切れそうだ! どこまで喋る気だ!? だいたいさっきの『魔法は工学である』のところ、教科書に書いてある文言じゃないか! お前丸覚えしたのか!?」


「ええ、そうなんですよー。こちとらウィルゲンシュタイン家の嫡男でしてー、スピーチとかで長文覚えるの慣れたものなんですよねー」


 人差し指で自らのこめかみをトントン叩き、笑いながら話すクロードに、クラスの面々は拍手と感嘆の声を上げた。

 しかし、唯一アレックスだけはその言葉の意味を正確に理解していた。


(……だからテストの点数取るのは簡単ってことか……、こいつ、どこまで理解してるんだ……?)


 彼女は理解半分であっても文章を丸覚えするのは得意であった。


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