4話 クソガキ 1
「──またお前は俺の邪魔ばかりしやがってぇえええええええッッッ!!」
休憩時間、クラスの外まで響くアレックスの声。
教室の中を覗いてみれば、トラブルメーカーのクロードがアレックスから単語カードをひったくり、右手の人差し指に単語カードを束ねた紐を引っ掛け、くるくる回しながら逃げ回っていた。
それも床の上ならまだ可愛げがあったが、彼、いや、彼女は教室の机の上に上がってトントンと軽やかにはねて回っていた。
クロードのステップは軽やかで、アレックスの追撃の手を跳ね回って避けていた。
相変わらず認知を歪ませるピアスはつけていて、ペンダントで声も低くし、制服は男子のもの。
「予習ばっかしてると新しいもの見たとき感動が薄れるよ?」
いけしゃあしゃあとはこのことで、クロード本人が始めた事件である。
ドロシーは文庫本を読みながらも、止める気はなかった。
なぜなら出しゃばると──
「見てあの華麗なステップ」
「ええ、クロード様は逃げ回る姿も優雅だわ」
「それにつけてもどんくさいわねアレックス」
クロード推しの女子たちから調子に乗ってると言われそうだからだ。
(好き勝手言っちゃってまぁ……)
頭を抱えるのは席に座っていたロバートだった。
その脇にてこてこと歩み寄ると、マールはロバートの大きな肩をポンポンと叩いた。
「ねー。あれ、止めなくていいの?」
ロバートがマールに目を向けると──
「私が止めようか?」
彼女はさらっと言ってのけた。
「……」
(彼女に任せるわけにもいかないか……)
ロバートは覚悟を決め、大きく息を吸った。
「スゥ~……、あぁ、そうだよなぁ……」
動くか、と屈強なロバートが気が乗らなそうに立ち上がったとき、授業開始の鐘が鳴る。──と同時に教師が教室に入ってきた。
鐘が鳴ったことに気がついていない二人を見た彼はため息一つ残して教室を後にし、引き戸のドアを閉め、しばらくあとにカンカンに怒ったミザリーを連れてきた。
「ミザリー先生お願いします」
「クロードおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉ──ッッッ!!」
彼女の怒声もまた廊下に響き渡った。
◆◆◆
廊下に連れ出されたアレックスとクロードはペシン! ペシン!と丸めた教科書でミザリーに何度も交互に叩かれていた。
「おまえとっ! いうヤツはっ! 転んでっ! 頭からっ! 落ちることもっ! 思いつかないのかっ!?」
「いてっ! いてっ! で、でも先生、僕ワルツ習ってるしっ!」
「──理由になるかぁあああああッッッ!」
青筋を浮かべてスパコーンと強打を叩き込むミザリー。フルスイングのそれに流石にクロードはしゃがみ込んだ。
「お前もだアレックス!」
ペコポコとアレックスもまた頭を叩かれる。
「痛い! 痛い! 俺は被害者です先生! 理不尽だ!」
「他のことができただろっ! なんで追ったっ!?」
「だってこいつ単語カード盗んで!」
「だから違うことできただろっ!? コイツの行動パターン知ってるだろ!?
お前が物理的に足を引っ張ったら、このバカ倅が落ちて大変なことになってたぞ!?
責任取れるのか!? 優先順位ってわかるか!?
お前らもうどれくらいの付き合いだっ!?」
ざっくり、1年目である。
この世界の学校は中等部から高等部までエスカレーターがほとんどだったため、六年の付き合いになるのは一般的だった。
学校の統廃合は去年のことだ。中等部最終学年時に二人は顔を合わせたわけだ。
頭を押さえるクロードとアレックスの前で、はー……はー……と、肩を上下させるミザリーは吐き捨てるようにして二人に命令すると──
「廊下に立ってろクソガキども! あーもう次の授業の準備が滞ってるというのに……!」
──そのまま教務室へハイヒールブーツを鳴らして帰ろうとした。
その背中にクロードは声をかけた。
「何時までですかーっ?」
「この時間中だァッ!」
振り返り、ガウッと吠えるミザリー。
彼女が廊下の角に消えたあたりで、黙っていたクロードはアレックスにハハハハッと笑った。
「あーあ、勉強遅れたなー。予習してたせいでなー、どうしてかなー」
意地悪な笑みで八重歯を見せながら、ニヤニヤとするクロードに、アレックスはワナワナと震えた。
「おまえのせいだろうが……!」
歯軋りするアレックスに向けて、クロードはズボンのポケットからひったくった単語カードの束を取り出し、ポイと投げた。
「はい、返すよ単語カード。よく使ってるね。それ」
使い古した単語カードをキャッチし、睨む目を細め、不機嫌なまま尋ね返すアレックス。
「……ボロって言いたいのか?」
「いいや、擦り切れるくらい勉強してんだなーってね。そりゃ一位にもなるよ」
「嫌味か?」
肩をすくめるクロードは休めの姿勢でポケットに手を突っ込んだ。
「別に? 廊下でもそれで勉強できるぞってだけ。どうせ、受講内容じゃお前の進行度に追いつけっこない」
「なんでわかる?」
「それ来年習う単語だろ。ウチも家庭教師がそのへんまで僕に齧らせてる。
それを一人でやってるんだろ? 褒めてるんだよ。すごいよお前」
視線をそらし、忌々しそうに舌打ちするアレックス。
「やっぱり嫌味じゃねーか……!」
そう聞こえたか、とクロードは続けた。
「……多分、お前にとっちゃ学校の授業なんて面白くないんだろうな」
「……そんなことは……」
すると、クラスの内部から笑い声が廊下まで響いた。
肩越しに教室を見るクロード。
「先生のオヤジギャグが炸裂したらしい。聞きたかったな」
「そうかい……」
手にした単語カードに目を落とすアレックス。
その反応に、クロードはちらりとアレックスを見ると、少し待ってから、声をかけた。
「なー」
「なんだよもう!?」
「暇だし散歩しない?」
「反省しろよ!?」
「なんだよー、デートの誘いだぞ?」
「野郎とデートしたって面白くねーよ!」
むっとしたクロードは「あっそ」とだけ残して歩を踏み出した。
「そういうところ性格悪いって言ってるんだよ」
その【性格悪い】という言葉が、アレックスには引っかかった。
クロードはよくこの言葉を使う。自分を棚上げして。
「どこに行くんだ!?」
怒鳴るアレックスに、ハハハと軽く笑うと、廊下の窓の外を一瞥し、クロードは口を開く。
「そうだねぇ、どこ行こうか?」
「……勝手にしろ!」
アレックスが吐き捨てると、クロードもまた廊下の角に消えた。
一人立たされ、クラスの中のざわめきを聞きながら、立っているアレックスはじきにこう考えるようになった。
一人きり、廊下。立ったまま単語カードを眺めている。不思議と気分が落ち込んでくる。
(何やってるんだろう、俺)
馬鹿を見ているようだ。クロードが仕掛けた。なのに巻き込まれて、今は一人。
視線を落とした単語カードに目新しい単語はない。それはそうだ。自分で作った確認用だったからだ。
(予習ばっかしてると新しいもの見たとき感動が薄れるよ? か。畜生……)
冷たい息を吸い、単語カードをポケットに突っ込むと、彼はクロードを追いかけることにした。
そうしてクロードの消えた角を折れ曲がったところで、腕を組み、ニヤニヤとしたクロードと鉢合わせた。
肝が冷えたのはアレックスだった。
(──全部お見通しだこいつ!)
「よう、同志アレックス。来ると思ったよ。クソガキ界にようこそ」
笑って八重歯を見せながら挑発するクロードに、アレックスも青筋を浮かべた。
「こ、この……! どっちが性格悪いんだよ!」
「アハハハッ! 僕は性格悪いよ! 知ってるだろ!? 一度だって否定したことはないね!」
言うが早いか、クロードはアレックスを置き去りに、笑いながら校舎の廊下を走り回った。
縦横無尽とはこういう事をいうのだろう。階段を駆け上がり、授業中の廊下を走り、別の学年、中等部の棟にまで。
反省してないとまたミザリー先生に怒られるのは、火を見るよりも明らかだ。しかし、アレックスはおちょくられたことが我慢できなかった。
(いつもだ、いつも、俺の嫌がることを躊躇なく選択する。何なんだよ、お前は……!)
さらに、クロードが涼しい顔で前を走っていたのが火に油を注いだ。
「鬼さんこちらー!」
「うるせぇ! 一発殴らせろ!」
学年一位であるはずの彼の動力は二位に対しての怒りだった。
行く先々の教室の窓から二人は目撃され、そしてその目撃者の誰もが、うっすら思っていた。
(どこのクソガキだ?)
──と。




