その08
大神官
神殿は、一枚岩ではない。
よく言われる。
「人間は三人集まれば派閥ができる。」
それは神殿でも同じだった。
もちろん。
聖女様は絶対的な存在である。
そのことに異論を唱える者は、ほとんどいない。
……ほとんど。
そう。
ごく僅かだが。
敵対派閥は存在する。
神殿全体の一割にも満たないほどだが。
枢機卿は八名。
そのうち七名は。
聖女様がどれほど規格外のお方か、骨身に染みて理解している。
残る一名だけが。
敵対派閥だった。
ある日の枢機卿会議。
その一人が意見具申を行った。
「大神官。」
「神託が下りました。」
「ほう。」
「私の親戚の娘が。」
「新たな聖女であるとの神託です。」
私は思わず固まった。
(……そんな馬鹿な。)
今の聖女様は。
神託ですら。
『聖女がこの国を嫌うなら滅ぼそう。』
『この世界が嫌なら世界を創り直そう。』
神が。
そこまで言い切った存在である。
その聖女様と並ぶ聖女?
あり得ない。
だが。
問題はそこではなかった。
敵対派閥は。
「貴族会議にて正式に審議していただきたい。」
と続けた。
私は眉をひそめる。
貴族会議へ持ち込む。
つまり。
勝算がある。
そう判断したということだ。
本来なら。
枢機卿会議だけで却下できる案件だった。
八対一。
否決。
終わりである。
しかし。
相手は。
「神託」
を理由にしてきた。
形式だけでも。
聖女様へ報告しなければならない。
私は重い足取りで聖域へ向かった。
聖女様は。
エレナ嬢とスージー嬢と一緒に。
クッキーを焼いておられた。
「聖女様。」
「なぁに?」
事情を説明する。
静かに聞いておられた聖女様は。
少しだけ目を伏せ。
ぽつりと呟いた。
「……そう。」
「とうとう。」
「その時が来てしまったのね……。」
どこか。
悲しそうな表情。
エレナ嬢も。
スージー嬢も。
心配そうに見つめている。
「聖女様……。」
私は神妙な面持ちで頭を下げた。
しかし。
長年お仕えしてきた私には分かる。
(違う。)
(その顔ではない。)
今の聖女様は。
悲しんでいるのではない。
頭の中では。
「これ、長引くわよね?」
「ということは長期休暇よね?」
「エレナとスージーを連れて旅行に行けるわ!」
「こんな機会を逃す馬鹿はいないわ!」
そのくらいのことは。
間違いなく考えておられる。
私は確信していた。
案の定。
数秒後。
聖女様が顔を上げる。
「大神官。」
「はい。」
「審議って。」
「長くなりそう?」
「……おそらく。」
「一か月くらい?」
「場合によっては。」
「それ以上かと。」
「そう。」
聖女様は。
にっこり笑った。
「じゃあ。」
「その間。」
「旅行に行ってくるわ。」
(やっぱり。)
私は心の中だけで呟く。
「エレナ。」
「スージー。」
「みんなで温泉でも行きましょう。」
「温泉!」
「行きたいです!」
「私も!」
二人は目を輝かせた。
私は頭を抱えた。
「聖女様。」
「何か。」
「問題でも?」
「いえ……。」
「ございません。」
もう止めない。
止めても無駄だからだ。
むしろ。
聖女様がご機嫌なうちに旅行へ行ってくださった方が。
神殿も。
王宮も。
貴族たちも。
精神的に平和である。
私は心の中で。
まだ何も知らない敵対派閥の枢機卿へ。
そっと手を合わせた。
(……ご愁傷様です。)
(あなたは。)
(喧嘩を売る相手を。)
(根本的に間違えました。)




