その06
大神官
聖女様があまりにも派手に貴族家を取り潰してしまうので。
ある日。王宮から一通の嘆願書が届いた。
内容は実に簡潔だった。
『聖女様へ。』
『できれば、もう少し穏便にお願いできれば幸いです。』
『本当に、できればで構いません。』
『何卒よろしくお願いいたします。』
……切実だった。
私は思わずため息をつく。
決して王家が神殿を敵視しているわけではない。
むしろ逆だ。
王家は。
神殿を警戒していない。
いや。正確には。
警戒しても意味がないことを知っている。
もし。聖女様が。
「王家なんて要らないわ。」
そう一言おっしゃれば。
王家は、その日で終わる。
誰にも止められない。
だから王家は、聖女様へ逆らわない。
では。
なぜ聖女様は王家を残しておられるのか。
答えは簡単だ。
民のため。
「為政者は必要よ。」
以前、聖女様はそうおっしゃった。
「国を運営する人間は必要。」
「法律を作る人。」
「税を管理する人。」
「軍を動かす人。」
「そういう人がいないと。」
「結局困るのは民だから。」
私は尋ねた。
「では。」
「聖女様ご自身が国を治められては?」
聖女様は即答した。
「嫌。」
「面倒だもの。」
……。
それも理由の一つだろう。
だが。
本当の理由も教えてくださった。
「私は。」
「政治をする人間じゃない。」
「私は。」
「悪い子を叱る係。」
「それだけ。」
だから。
聖女様は政治へ介入されない。
自ら法を作ることも。
税率を決めることもない。
ただ。
向こうから絡んできた愚か者を。
断罪しているだけ。
……結果として。
貴族家が減っていく。
王家は最近。
別の意味で困っているらしい。
領地が増えすぎるのだ。
取り潰された貴族領は。
一時的に王領となる。
当然。
管理する代官が必要になる。
だが。
代官にも当たり外れがある。
ある日。
王領となった土地で。
代官が税を誤魔化している。
そんな報告が神殿へ届いた。
さらに。
「領民から余分に税を取り立てています。」
「孤児院への支援金を横領しています。」
「逆らう者を投獄しています。」
という追加報告まで来た。
私は嫌な予感しかしなかった。
案の定。
その日の午後。
聖女様へ耳打ちする影の姿があった。
「聖女様。」
「王領にて不正を確認しました。」
聖女様はお茶を飲む手を止めた。
「そう。」
一言だけ。
翌朝。
王宮には大量の資料が届いた。
証拠。
証言。
帳簿。
横領した金貨の流れ。
関係者一覧。
完璧だった。
代官は即日逮捕。
関係者も全員処分。
王は頭を抱えたという。
「またか……。」
数日後。
王が神殿を訪れた。
「大神官。」
「お願いがあります。」
「はい。」
「聖女様へ。」
「できれば。」
「本当にできればで構いません。」
「もう少し。」
「もう少しだけ穏便に……。」
私は苦笑するしかなかった。
「陛下。」
「お気持ちは分かります。」
「ですが。」
「私にも止められません。」
「ですよね……。」
王は遠い目をした。
その時。
廊下の向こうから。
エレナ嬢とスージー嬢の笑い声が聞こえてくる。
その後ろを。
楽しそうに歩く聖女様。
「今日はどこへ行く?」
「新しいケーキ屋さんです!」
「楽しみね!」
三人は笑いながら神殿を出ていった。
その姿を見送りながら。
王はぽつりと呟いた。
「……。」
「今日も平和だな。」
私は心の中で答えた。
(ええ。)
(あのお三方が笑っている限り。)
(今日も世界は平和です。)
(もし聖女様が不機嫌になれば。)
(その時は、一つや二つ国がなくなっても不思議ではありませんが……。)
その言葉だけは。
胸の中へしまっておくことにした。




