その05
大神官
大神殿には毎日、大勢の参拝者が訪れる。
目的は一つ。
「一目でも聖女様を拝見したい。」
それだけだ。
聖女様は毎朝、大神殿で祈りを捧げられる。
その礼拝だけは一般公開されている。
もちろん、全員が入れるわけではない。
神殿の座席には限りがあるため、参加者は抽選だ。
平民も。
商人も。
騎士も。
貴族も。
身分に関係なく抽選で決まる。
唯一の条件は一つ。
『礼拝中は私語を慎み、他者への迷惑となる行為を一切しないこと。』
その誓約書へ署名した者だけが入場を許される。
……にもかかわらず。
毎回。
必ず馬鹿が現れる。
この日もそうだった。
聖女様が静かに祈りを捧げておられる最中。
前列から声が上がった。
「臭い。」
「平民を私の近くへ座らせるとはどういうことだ。」
さらに別の男が立ち上がる。
「無礼だぞ!」
「私は伯爵家嫡男だ!」
「本来なら最前列へ案内されるべき身分だ!」
周囲の参拝者が慌てて止めようとする。
「静かにしてください。」
「礼拝中ですよ。」
しかし。
二人は聞かない。
「身分をわきまえろ!」
「平民は後ろへ行け!」
その瞬間だった。
聖女様は静かに祈りを止めた。
ゆっくり振り返る。
にっこりと笑う。
そして。
たった一言。
「苦しんで、気絶しろ。」
「……。」
「……。」
次の瞬間。
「がっ……!」
伯爵家嫡男が胸を押さえた。
「ぐっ……!」
もう一人も同じように胸を掴む。
二人は床を転げ回り。
苦しそうにもがき。
数十秒後。
そのまま意識を失った。
礼拝堂は静まり返る。
誰も悲鳴を上げない。
誰も驚かない。
「あぁ。」
「またか。」
そんな空気すら漂っていた。
聖女様は何事もなかったかのように微笑む。
「皆様。」
「お祈りを続けましょう。」
その一言で。
全員が再び頭を垂れた。
祈りが再開される。
まるで。
最初から何事も起きなかったかのように。
礼拝が終わると。
神殿騎士が気絶した二人を運び出した。
私は横にいた枢機卿へ小さく尋ねる。
「例の手続きを。」
「はい。」
枢機卿は慣れた様子で頷く。
「誓約書違反。」
「礼拝妨害。」
「他の参拝者への侮辱。」
「以上の理由により。」
「大神殿への永久出入り禁止。」
「各地の神殿にも通達します。」
私はため息をつく。
「……毎回思うが。」
「なぜ誓約書を読まないのだろう。」
枢機卿も苦笑した。
「読んでおります。」
「ですが。」
「自分だけは大丈夫だと思っているのでしょう。」
私は礼拝堂を見渡した。
平民も。
貴族も。
同じ椅子に座り。
同じ方向へ祈りを捧げている。
聖女様にとって。
身分など関係ない。
魂だけを見ている。
それを理解できない者は。
貴族であろうと。
平民であろうと。
神殿へ入る資格はない。
それだけの話なのである。




