その04
大神官
近隣諸国による首脳会議が、ここプリン王国で開催されることになった。
文官たちは資料を抱えて走り回り。
武官たちは昼夜を問わず警備計画を練っている。
国を挙げての一大行事だ。
そんな折。
王宮から神殿へ、一通の要請が届いた。
『聖女様にも会議へご出席いただきたい。』
私は、その場で断った。
理由は簡単だ。
この国の貴族は。
聖女様がどのようなお方か、よく理解している。
就任以来。
数多くの貴族家が取り潰され。
爵位を降格され。
没落してきた。
だからこそ。
今では高位貴族ほど、聖女様への敬意を忘れない。
聖女様は。
誰にでも優しい方ではない。
努力する者には限りない慈悲を。
悪意ある者には、それ以上の悪意を返す。
その性格を理解できなかった貴族は。
例外なく滅んだ。
王家は領地が増えて喜んでいるかもしれない。
だが。外国の貴族は違う。
聖女様のお人柄など知らない。
下手をすれば。
相手の国が地図から消える。
私はそう書いて王宮へ返事を送った。
しかし。
返ってきた返書には。
『どうしてもご出席いただきたい。』
『万一問題が起きた場合は、王家が全面的に責任を負い、解決する。』
とまで書かれていた。
……責任?
どうやって?
神を怒らせておいて?
私は頭を抱えた。
それでも。
断り続けるわけにもいかない。
恐る恐る。
聖女様へお願いに向かった。
「聖女様。」
「王宮より……。」
話を最後まで聞く前に。
聖女様は私の頭を、じーーっと見つめた。
「……。」
「……。」
「大神官。」
「最近、大変そうね。」
「え?」
「白髪増えた?」
私は思わず頭を押さえた。
「……少々。」
「髪も薄くなった?」
「…………。」
「ふふ。」
聖女様は笑った。
「仕方ない。」
「大神官も頑張ってるし。」
「今回は出てあげるわ。」
私はその場へ跪いた。
「ありがとうございます。」
その日の日記には。
『最近、白髪が増えた。抜け毛も増えた。』
と記しておく。
ちなみに。
最近。
白髪が増えた。
抜け毛も増えた。
原因は考えるまでもない。
会議当日。
帝国。
共和国。
王国。
公国。
様々な国の要人が集まる。
会議の内容そのものは平和だった。
「これからも仲良くしましょう。」
「交易を活発にしましょう。」
「通行税はこのくらいで。」
細かな取り決めは文官同士が進めていく。
聖女様は。
終始にこにこしていた。
ほとんど発言もされない。
だが。
私は知っている。
これは。
限界まで我慢している顔だ。
会議が終わったら。
早くエレナ嬢とスージー嬢へ連絡しなければ。
二人と遊びに行けば、機嫌も戻るだろう。
そう考えていた。
問題は。
帝国の皇太子だった。
最近、帝国は技術革命に成功した。
新技術。
新兵器。
新産業。
国全体が勢いづいている。
そのせいか。
皇太子も随分と尊大だった。
「聖女というなら。」
「奇跡くらい起こせるのだろう?」
「早く見せてくれ。」
「見世物ではございません。」
王が間に入る。
「奇跡とは、神の御業です。」
だが。
皇太子は止まらない。
「できないのか?」
「口だけの聖女か?」
三日間。
何度も。
何度も。
煽り続けた。
そして。
三日目の夕方。
聖女様が小さく呟いた。
「私。頑張ったわ~。」
「すごくすごく頑張ったわ~。」
「もう。」
「我慢しなくていいわよね~?」
私は。観念した。
「……。」
「聖女様の。お心のままに。」
翌日。
何も知らない皇太子は。
また同じように笑う。
「おい。」
「聖女。」
「早く奇跡を見せろ。」
「それとも。」
「奇跡も起こせない偽物か?」
周囲が青ざめる。
皇太子は続けた。
「そんな聖女なら。」
「必要ない。」
「俺が妾にしてやろう。」
会場が凍り付いた。
聖女様は。
ニコニコと微笑んで。
そして。
一言だけ告げた。
「禿げて、イ〇ポになれ。」
その瞬間。
パサッ。
パサパサパサッ。
皇太子の髪が。
一本残らず床へ落ちた。
「……。」
沈黙。
誰も息をしない。
皇太子は震えながら頭を触る。
つるつるだった。
聖女様は優雅に紅茶を飲み。
穏やかに微笑む。
「王太子様が。」
「奇跡を見たいと仰ったので。」
「実演いたしました。」
そして。
周囲を見回す。
「皆様。」
「何か問題がありますでしょうか?」
誰も動けない。
王。
王妃。
皇帝。
各国の要人。
全員が。
王が震える声で答える。
「……問題ありません。」
帝国の宰相も立ち上がる。
「問題ございません。」
共和国代表。
「まったくございません。」
会場全員。
「問題ありません。」
その瞬間。
世界は一つになった。
そう答えるしかなかった。
今。
何か言えば。
自分も禿げる。
その恐怖が。
会場全体を支配していた。
数日後。
帝国から正式な謝罪文が届いた。
そこには。
『皇太子を廃嫡した。』
とだけ書かれていた。
当然だろう。
皇太子は。
後継者である以前に。
皇族だ。
子を残せないのであれば。
皇位継承権は失われる。
それ以外の結論はあり得ない。
その頃。
聖女様は。
エレナ嬢とスージー嬢と一緒に、王都で買い物を楽しまれていた。
笑いながら。
新しいお菓子を選び。
可愛い髪飾りを見て。
幸せそうに歩いている。
私は、その光景を見ながら思う。
この国を支えているのは。
聖女様だけではない。
エレナ嬢とスージー嬢。
あの二人こそが。
この国を下から支える、誰にも代えがたい存在なのだ。




