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聖女様物語  作者: Elle


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34/44

その34

## 大神官


聖女様が会場へお入りになった。


その瞬間だった。


第四王子殿下と第五王子殿下のお姿をご覧になった聖女様が、ぴたりと足を止められた。


「……」


「……?」


私は思わず首を傾げる。


「聖女様?」


反応がない。


「聖女様?」


それでも動かれない。


さすがに心配になり、もう一度呼びかけた。


「聖女様」


三度目にして、ようやく我に返られた。


「はっ!」


そして――。


何故か、私の後ろへすっと隠れられた。


「…………」


私はしばらく何も言えなかった。


(初めて見ましたぞ……)


これまで聖女様は、国王陛下を前にしても平然としておられた。


神の使いが現れても。


冥界の女王がお見えになっても。


それどころか、普通の人間なら腰を抜かしかねない相手を前にしてさえ、堂々としておられた。


そんな聖女様が。


今。


王子殿下方を見た途端、私の後ろへ隠れておられる。


これは、ただ事ではない。


私はできるだけ平静を装って尋ねた。


「いかがなさいました?」


聖女様はしばらく黙ったまま、両手を胸元でもじもじさせていた。


そして、小さく私を手招きする。


「……大神官」


「はい?」


「耳貸して」


「……承知いたしました」


私は片膝をつき、聖女様の方へ耳を近づけた。


すると聖女様は、周囲に聞こえないよう本当に小さな声で囁かれた。


「……王子様」


「はい」


「素敵ね」


「…………」


さらに小さな声で続ける。


「かっこいいわ」


「…………」


「お話してみたい」


私は一瞬だけ固まった。


(……なるほど)


そして次の瞬間。


すべてを理解した。


(第四王子殿下ですな)


私の中では、ほぼ確定していた。


当然である。


あの黄金の髪。


澄んだ碧い瞳。


長身で均整の取れた体格。


爽やかな笑顔。


会場中の令嬢たちが見惚れている。


聖女様とて年頃の女性なのだ。


今までそういう話に興味を示されなかっただけで、いざ理想的な王子を目の前にすれば意識することもあるのだろう。


(まさか……一目惚れというやつですかな)


その可能性に思い至った瞬間、私の中で様々な計算が始まった。


聖女様と第四王子殿下。


身分としては申し分ない。


王家にとっても、これ以上ない縁談だろう。


第四王子殿下は王位継承順位も低く、将来的に王家から独立した家を興す可能性もある。


聖女様との婚姻となれば、新たな公爵家を立てるという選択肢もあり得る。


だが――。


(困りましたな)


本当に聖女様が第四王子殿下を気に入られたとなれば、神殿としては非常に困る。


いや。


聖女様のお幸せを考えれば、喜ぶべきなのだろう。


だが。


本音を言えば。


(まだ嫁がないでいただきたい)


せめて十年。


いや五年。


三年でもいい。


つい先日、ようやく戻ってきてくださったばかりなのである。


それが王子殿下を見た瞬間に恋をされ、そのまま王家へ嫁がれるなど――。


神殿側の心の準備がまったくできていない。


しかし、当然そんなことは顔に出せない。


私はすぐに表情を整えた。


「承知いたしました。少々お待ちください」


「う、うん」


私は王家の方へ向かった。


歩きながら、第四王子殿下へちらりと視線を向ける。


相変わらず令嬢たちに囲まれている。


(さすがですな)


あれだけ華やかな王子であれば、聖女様が目を奪われるのも仕方がない。


むしろ、これまで恋愛らしい恋愛へまったく興味を示されなかった聖女様が、ようやく年相応の反応をされたことを喜ぶべきかもしれない。


(いやしかし)


結婚。


王家。


神殿。


住居。


聖女としての公務。


子が生まれれば、その扱いも問題になる。


聖女の血を引く王族。


……考えるだけで、とてつもなく大きな政治案件である。


(まだ会話すらしておられませんがな)


自分で自分へそう突っ込みながらも、思考は止まらない。


その間に聖女様は何事もなかったような顔で、ヘレナ嬢、スージー嬢、ニーナ嬢、ルナ嬢の待つ席へ向かわれた。


そして、席へ着いた途端。


すぐに五人で楽しそうなお喋りが始まる。


「王子様、かっこいいわね」


「そうですね」


「背も高いし」


「笑顔も素敵でしたね」


「私も、ああいう人がいいなぁ」


「聖女様、結構好みがはっきりしてるんですね」


「だって格好いいんだもの」


その会話が聞こえた瞬間。


私は小さく頷いた。


(やはり第四王子殿下ですな)


もはや疑う余地はなかった。


背が高い。


笑顔が素敵。


格好いい。


どれを取っても第四王子殿下そのものである。


第五王子殿下ではない。


失礼ながら。


絶対に違う。


私は心の中で妙に確信していた。


(聖女様にも、やはり乙女心というものがあったのですなぁ)


少しだけ感慨深い。


長くお仕えしてきたが、こういう姿を見るのは初めてである。


一方。


その第五王子殿下はというと――。


誰にも囲まれることなく、実に自然な足取りでビュッフェへ向かわれていた。


「あ。このお肉、美味しそうですね」


皿へ少しだけ取る。


「こちらのお魚も良さそうです」


また少し。


「デザートも食べたいですね」


さらに少し。


料理を一種類ずつ、実に綺麗に皿へ盛り付けていく。


どうやら全種類制覇を目指しておられるらしい。


とはいえ、決してがつがつ食べているわけではない。


一口ずつ。


ゆっくり。


丁寧に味わっておられる。


「このソース、美味しいですね」


「ありがとうございます、殿下」


「香草の香りもよく合っています」


料理人たちは、第五王子殿下に褒められるたび嬉しそうに顔を綻ばせていた。


私は少しだけ苦笑する。


(第五王子殿下は、相変わらずですな)


良いお方である。


実に良いお方である。


だが。


今日のような婚約者探しの席では、どうしても華やかな第四王子殿下に人気が集中してしまう。


そして。


聖女様もまた――。


(第四王子殿下なのでしょうな)


私は完全にそう思い込んでいた。


その頃。


第四王子殿下の周囲は、大変なことになっていた。


「殿下!」


「趣味は何でございますか?」


「お好きなお花は?」


「馬には乗られますか?」


「私は刺繍が得意です!」


「私は楽器を少々!」


質問。


自己紹介。


自己アピール。


それが途切れることなく次々と飛んでくる。


第四王子殿下は、それら一つ一つへ嫌な顔ひとつせず、爽やかな笑顔で応えておられた。


「ありがとうございます」


「馬にはよく乗ります」


「花は白薔薇が好きですね」


「皆様とこうしてお話しできて、嬉しく思います」


そのたびに令嬢たちの目が輝く。


私は思わず感心した。


(なるほど)


(あれなら聖女様が惹かれるのも無理はありませんな)


むしろ。


あれほど分かりやすく王子らしい王子なのだ。


物語好きの聖女様には、かなり好みに合っているのかもしれない。


私は早くも、


(第四王子殿下は誠実なお方でしょうか)


(聖女様を泣かせるようなことがあれば、神殿としては――)


などと、まだ一言も会話していない二人の将来を心配し始めていた。


ふと。


聖女様の席へ視線を戻す。


聖女様は。


第四王子殿下をちらり。


第五王子殿下をちらり。


また第四王子殿下をちらり。


その様子を見て、私はさらに納得した。


(なるほど)


(第五王子殿下も一応確認しておられるのですな)


双子の王子なのだから、二人を見比べているのだろう。


しかし、最後に視線が戻るのは第四王子殿下。


(やはり)


私は勝手に結論を出した。


(第四王子殿下がお気に召したのでしょう)


その時。


聖女様の視線の動きに気づいたヘレナ嬢が、くすりと笑った。


そして聖女様の耳元へ顔を寄せ、何かを囁く。


何を言ったのかまでは聞こえなかった。


だが。


その直後。


聖女様のお顔が――。


みるみる赤くなった。


「ヘ、ヘレナ!」


「ふふっ」


「もう!」


スージー嬢も笑い出し、ルナ嬢まで楽しそうに口元を押さえている。


ニーナ嬢だけは少し困ったような表情をしていたが、それでも微笑んでいた。


私はその光景を見て。


確信した。


(これはもう間違いありませんな)


完全に恋の話をしている。


そして相手は――第四王子殿下。


(まさか本当に)


(今日、この場で聖女様のお相手が決まってしまうのでしょうか)


少し胃が痛くなった。


王家へ嫁がれる。


神殿を離れられる。


聖女様のお部屋はどうする。


礼拝は。


結界は問題ないとしても、日々の公務は。


そもそも第四王子殿下は聖女様のお茶とケーキ巡りについて来られる性格なのか。


ヘレナ嬢たちとの付き合いを邪魔するようなことはないか。


私は一人で勝手に心配し始めていた。


しかし。


同時に。


聖女様があれほど楽しそうに、そして恥ずかしそうに笑っておられる。


それならば。


(まあ……)


私は小さく息を吐いた。


(聖女様がお幸せなら、それが一番ですな)


神殿としては寂しい。


非常に寂しい。


だが、聖女様の人生を神殿の都合で縛るわけにはいかない。


私は少しだけ第四王子殿下を見る目を厳しくした。


(殿下)


まだ何も始まっていないというのに。


心の中で語りかける。


(もし聖女様を泣かせるようなことがございましたら)


神殿は許しませんぞ。


いや。


神殿より先に、ヘレナ嬢たちが許さないだろう。


さらにその上。


神々まで出てくる可能性がある。


特にヘル様。


(……第四王子殿下)


私は少しだけ同情した。


(頑張ってくだされ)


まだ話すらしていない相手へ、心の中で激励してしまった。


そして。


私は天井へ視線を向ける。


今日は少々予想外の展開になったものの。


聖女様が王子殿下へ憧れ。


令嬢たちが恋の話に花を咲かせ。


第五王子殿下は美味しそうに料理を食べている。


なんとも平和ではないか。


(……今日は)


私はようやく肩の力を抜いた。


(平和なお茶会になりそうですな)


神の降臨もない。


禁書もない。


召喚魔法もない。


あるのは、年頃の少女が格好いい王子様へ憧れるという、実に普通の光景だけ。


私は心から安心した。


そしてこの時の私は。


聖女様が見ていた相手について――。


根本から勘違いしていることに、まったく気づいていなかったのである。


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