その33
## 大神官
神殿は、少々困った事態に直面していた。
原因は、王宮から届いた一通の招待状である。
『第四王子・第五王子殿下のお披露目茶会へのご招待』
表向きは、まだ社交界へ本格的に顔を出していない二人の王子を貴族たちへ紹介するための茶会。
だが、その本当の目的を知らぬ者はいない。
――婚約者探しである。
そして当然のように、その招待状は聖女様宛てにも届いていた。
私は執務机の上に置かれた招待状を眺めながら、深いため息をつく。
(……困りましたな)
聖女様も年頃である。
王族との婚姻候補として名前が挙がること自体は、何も不思議ではない。
むしろ身分や影響力だけを考えれば、王家が聖女様との縁を望むのは当然だろう。
だが――。
もし聖女様が王子のどなたかへ嫁がれることになれば、当然ながらこれまでのように神殿で暮らしていただくわけにはいかなくなる。
つい先日まで、偽聖女を巡る一連の騒動で神殿も国も大混乱に陥っていた。
ようやく聖女様がお戻りになり、結界も安定し、民も落ち着きを取り戻し始めたばかりである。
本音を言えば。
あと十年ほどは、何事もなく神殿にいていただきたい。
できれば二十年でもよい。
……もちろん、そんなことは口が裂けても言えない。
聖女様には聖女様の人生がある。
神殿の都合だけで縛りつけるなど、できるはずもない。
私は覚悟を決め、招待状を手に聖女様のもとへ向かった。
「聖女様」
「なぁに?」
聖女様はいつものように、お茶を飲みながらクッキーを食べておられた。
「王宮より、お茶会へご出席いただけないかとのお話が来ております」
「王宮のお茶会ねぇ」
聖女様はクッキーを一口かじりながら、少し考える。
「王子様の顔見せだっけ?」
「そのようでございます。第四王子殿下と第五王子殿下のお披露目を兼ねた茶会とのことです」
「ふーん」
聖女様はそれほど興味がある様子でもなかったが、しばらくするとあっさり頷かれた。
「まぁ、顔くらいは出した方がいいかしらね」
「では、ご出席ということで?」
「うん。お返事しておいて」
「承知いたしました」
私は静かに頭を下げた。
(……断られなくてよかった)
何だかんだで、王家との関係も大切である。
少なくとも、茶会に顔すら出さないとなれば余計な憶測を呼びかねない。
問題は――。
出席されたあと、何が起きるかだ。
そこだけは考えないことにした。
そして迎えた、お茶会当日。
王城の大広間には、国内の有力貴族が勢揃いしていた。
華やかな衣装に身を包んだ令嬢たちも多く、そのほとんどが今日の主役である二人の王子を意識している。
第一王子殿下と第二王子殿下には、すでに婚約者がいる。
第三王子殿下も、ほぼ相手が内定している。
そのため今回、婚姻相手を探すことになるのが第四王子殿下と第五王子殿下というわけだ。
まず、第四王子殿下。
こちらは実に分かりやすい。
黄金色の髪。
澄んだ碧い瞳。
すらりとした体格。
そして、誰に向けても自然に浮かべる爽やかな笑顔。
まるで物語の挿絵から、そのまま抜け出してきたような王子だった。
「まあ……」
「素敵……」
「本当に物語の王子様みたい……」
まだ幼い令嬢たちから、そんな声が次々と聞こえてくる。
母親たちも満更ではないらしく、娘へ何か小声で話しかけている。
第四王子殿下の周囲だけ、明らかに華やいでいた。
そして、その隣に立つ第五王子殿下。
黒髪。
黒い瞳。
体格は少し丸みがあり、第四王子殿下ほど背も高くない。
決して不細工というわけではない。
むしろ、よく見れば穏やかな顔立ちをしている。
だが。
隣にいるのが、あまりにも王子らしい第四王子殿下なのだ。
どうしても地味に見えてしまう。
私は第五王子殿下を眺めながら、以前、国王陛下から相談を受けた時のことを思い出していた。
『大神官』
あれは、第五王子殿下がまだ幼かった頃だった。
陛下は本気で困った顔をしておられた。
『あれは……本当に私の子なのだろうか』
王家には珍しい黒髪と黒い瞳。
王妃殿下にも似ていない。
兄弟と並べれば、なおさら似ていない。
あまりにも不安になった陛下は、とうとう神殿へ相談に来られた。
結果として、親子関係を確認する神術まで執り行うことになった。
そして。
間違いなく――。
国王陛下と王妃殿下の実子である。
それが神術によって証明された。
あの時、立ち会っていた神官たちが全員、
『では、なぜこうなった?』
という顔をしていたことを、私は今でもよく覚えている。
もちろん、第五王子殿下本人には何の問題もない。
むしろ、とても良い王子である。
勉強熱心。
礼儀正しい。
使用人にも分け隔てなく接し、誰かが失敗しても必要以上に責めることはない。
性格だけを見れば、王子として何ら問題はない。
ただ。
あまりにも華やかな兄弟たちと比較され続けてきた。
それだけだった。
そのためか、王宮側も第五王子殿下をどのように扱えばよいのか、少々持て余しているところがある。
私は本人へ視線を向けた。
第五王子殿下は、周囲の令嬢たちが第四王子殿下へ集まっていることなど気にした様子もなく、テーブルに並んだ菓子を楽しそうに眺めていた。
そして一つのケーキを口へ運ぶ。
「……美味しい」
近くに控えていた料理人が、思わず顔を綻ばせた。
「ありがとうございます、殿下」
「これ、何というケーキですか?」
「木苺を使ったものでございます」
「そうなんですね。酸味がちょうどいいです」
料理人が嬉しそうに頭を下げる。
私は思わず苦笑した。
(……本当に良いお方なのですがな)
王子として華やかかどうかと、人として好ましいかどうかは、まったく別の話である。
その時だった。
会場の入口付近が、急にざわめき始める。
やがて侍従の声が響いた。
「聖女様がお見えになりました」
その一言で、会場の空気が一変した。
談笑していた貴族たちが次々と立ち上がる。
第四王子殿下もすぐに姿勢を正した。
第五王子殿下は――。
「んぐっ」
まだ口の中に入っていた菓子を、慌てて飲み込んだ。
私は見なかったことにした。
大広間へ入ってこられた聖女様は、いつもと変わらない。
ヘレナ嬢。
スージー嬢。
ニーナ嬢。
ルナ嬢。
いつもの面々を連れ、まるで町へ買い物に来た時と同じような自然な表情で歩いてこられる。
ただし。
周囲の反応は、いつもの町歩きとはまったく違っていた。
令嬢たち。
その母親たち。
高位貴族。
王族。
全員の視線が、一斉に聖女様へ集まる。
今日ここに集められた令嬢たちにとっても、聖女様は無視できない存在だ。
何しろ。
もし聖女様が第四王子か第五王子を選ばれれば、その瞬間に話がほぼ終わってしまう可能性すらある。
私はそっと国王陛下へ視線を向けた。
陛下は笑顔を保っている。
だが。
長年のお付き合いがある私には分かる。
あれは、完全に緊張しておられる顔だ。
おそらく心の中では――。
(頼む……何事もなく終わってくれ……)
そう祈っておられることだろう。
そして。
大神官である私も、まったく同じ気持ちだった。
聖女様は楽しそうに会場を見渡している。
その視線が第四王子殿下へ向かう。
次に第五王子殿下へ。
私は思わず息を止めた。
(聖女様……)
お願いでございます。
(今日はどうか――)
普通に挨拶をして。
普通にお茶を飲み。
普通にケーキを食べ。
そして普通に帰ってください。
(何卒、普通のお茶会でお願いいたします……)
しかし。
これまで聖女様と長く接してきた経験上。
私には一つだけ、確信していることがあった。
――こういう時ほど。
だいたい、普通には終わらないのである。




