その26
## ルナ
私の名前はルナ。
旅芸人一座の団長をしている父とともに、各地を巡りながら暮らしている。
あの日、広場で不思議な少女を見かけたあと、近くにいたおばさんが教えてくれた。
「あのお方が聖女様よ」
「えっ!?」
私は思わず振り返った。
少し離れたところを、友人たちと楽しそうに歩いていく少女。
あの、未来ではなく眩しい光しか見えなかった人が――聖女様。
「なるほど……」
思わず納得してしまった。
「見えないのも仕方ないか。聖女様だもんね」
聖女様というのは、きっと普通の人間とは何かが違うのだろう。
神様に選ばれた人なのだから、私の占いが通じないことだってあるのかもしれない。
私はそう考えることにした。
深く考えても答えなど出ない。
それよりも、今日の仕事だ。
私はいつものように広場の一角へ天幕を張り、中に椅子を二脚並べた。テーブルの中央には水晶玉を置き、入口には大きな看板を立てる。
『未来占い 一回 銀貨一枚』
「さて、今日も頑張ろう」
準備を終え、私は椅子へ腰掛けて最初のお客様を待った。
王都は人通りも多い。
評判が広まれば、今日もそれなりに稼げるだろう。
そんなことを考えていると、さっそく天幕の布が開いた。
「こんにちはー。占いお願いします」
聞き覚えのある声だった。
「はい、いらっしゃ――」
笑顔で顔を上げる。
そして。
私は固まった。
「…………」
相手もにこにこしている。
「…………」
私はもう一度見る。
見間違いではない。
「……なぜ?」
思わず声が漏れた。
今日最初のお客様。
それは――。
聖女様だった。
しかも一人ではない。
その後ろにはヘレナ様、スージー様、ニーナ様。
さらに元大神官様まで立っている。
(なんで!?)
(なんで聖女様が私の占いに!?)
しかも護衛どころか元大神官様までついてきている。
私は勢いよく立ち上がった。
「せ、聖女様! こ、このような場所までお越しいただき、ありがとうございます!」
ところが聖女様は不思議そうに首を傾げた。
「え?」
「え?」
「私、占いを受けに来ただけよ?」
「……はい?」
「ちゃんとお客さんとして来たんだから、順番も守るわよ」
いや。
そういう問題ではない。
恐る恐る外を見る。
案の定、広場中の人間がこちらを見ていた。
八百屋のおじさんも。
買い物途中のおばさんも。
遊んでいた子供たちまで。
全員が、
『聖女様が占いをしている』
という珍しい光景を見逃すまいと、こちらへ視線を向けている。
(無理無理無理!)
(こんなの緊張して占えるわけない!)
そんな私の気持ちなど知らず、聖女様は椅子へちょこんと腰掛けた。
「私ね、占いって初めてなの」
目をきらきらさせている。
「楽しみ!」
「そ、そうですか……」
どうしよう。
ものすごく期待されている。
私は覚悟を決め、向かい側の椅子へ座った。
「そ、それでは……何を占いましょうか?」
聖女様は腕を組み、少しだけ考える。
そして、ぱっと笑った。
「今日のお昼!」
「……はい?」
「何を食べたら幸せになれるか占って!」
「…………」
今度は私の方が首を傾げた。
「ケーキがいいかな? それともパフェ? パンケーキも捨てがたいのよね」
聖女様は本気で悩んでいる。
私は堪えきれず、思わず笑ってしまった。
「そ、それは……占いで決めることではない気がします」
「そうなの?」
「たぶん……その日の気分で決めればよろしいかと」
「なるほど」
聖女様は素直に頷いた。
少し後ろでは、ヘレナ様とスージー様が笑っている。
元大神官様も、何とも言えない表情でこちらを見ていた。
聖女様はもう一度考えると、今度は先ほどより少しだけ真面目な顔になった。
「じゃあね」
「はい」
「私、これからもみんなと仲良く、笑って暮らせる?」
その瞬間。
私は自然と、聖女様の瞳を見つめていた。
そして――。
また、あの光が見えた。
優しく。
暖かく。
どこまでも続いていく、眩しい光。
前に見た時と同じ。
未来を覆い隠してしまうほどの光だった。
けれど。
今回は、少し違った。
光の中に、何かがある。
私は目を凝らす。
次第に、その輪郭がはっきりとしていった。
人影。
一人。
二人。
三人。
そして――。
六人。
その中心には、聖女様がいた。
楽しそうに笑っている。
その隣にはヘレナ様。
スージー様。
ニーナ様。
そして。
「……え?」
私は息を呑んだ。
そこに――私もいた。
五人で同じテーブルを囲み、お茶を飲んでいる。
色とりどりのケーキが並び、聖女様が何かを話すたび、皆が楽しそうに笑っている。
場面が変わる。
五人で王都を歩いている。
買い物をして。
服を選んで。
美味しいものを食べて。
時には誰かが怒り。
誰かが泣き。
それでも最後には、また一緒に笑っている。
時間が流れる。
少女だった私たちは少しずつ大人になり。
さらに年月が過ぎても。
変わらず、一緒にいた。
皺が増えても。
髪の色が変わっても。
五人は同じように笑っていた。
(私……)
胸の奥が熱くなる。
(この人たちと、ずっと一緒にいるの……?)
けれど。
もう一人いる。
五人の少し後ろに、一人の男性が立っていた。
私はその人を知らない。
初めて見る顔だった。
それなのに――。
(……何、この感じ)
胸の奥が、ふっと温かくなる。
懐かしい。
そんなはずはないのに。
ずっと昔から知っていたような。
長い旅のあと、ようやく帰る場所へ戻ってきたような。
そんな不思議な安心感があった。
男性は何も言わない。
ただ、五人を見守るように優しく微笑んでいる。
そして聖女様も。
ヘレナ様も。
スージー様も。
ニーナ様も。
私も。
その男性がいることを、とても自然なこととして受け入れていた。
誰なのだろう。
恋人?
家族?
友人?
それとも――。
もっと別の何かなのだろうか。
分からない。
そもそも、これが本当に未来なのかさえ分からない。
願いなのか。
可能性なのか。
それとも私の能力では理解できない、もっと大きな何かなのか。
ただ。
一つだけ分かった。
そこにいる六人は――。
とても幸せそうだった。
私はゆっくりと瞳を閉じ、現実へ意識を戻した。
「……見えました」
その一言で、聖女様がぱっと身を乗り出した。
「本当?」
「はい」
私は少し考えてから、正直に伝えることにした。
「ただ……未来そのものがはっきり見えたわけではありません」
「そうなの?」
「はい。でも、一つだけ光景が見えました」
聖女様は黙って続きを待っている。
「そこには、聖女様がおられました」
「うん」
「その隣には、ヘレナ様とスージー様、それからニーナ様」
三人が驚いたように顔を見合わせる。
私は少しだけ躊躇してから続けた。
「それから……私もいました」
「ルナも?」
「はい」
なぜか、それを聞いた聖女様は嬉しそうに笑った。
「そっか」
私はさらに続ける。
「五人でお茶を飲んだり、町を歩いたり、ケーキを食べたりしていました。それだけではありません。ずっと先……皆さんが年を重ねたあとも、一緒に笑っておられました」
ヘレナ様が柔らかく微笑む。
スージー様も嬉しそうだった。
ニーナ様は少し驚いた顔をしている。
そして聖女様は、ただ静かに私の話を聞いていた。
「それから、もう一人」
「もう一人?」
「はい。五人の少し後ろに、一人の男性がおられました」
今度は元大神官様まで、わずかに眉を動かした。
「男性?」
「はい。私は、その方を存じません」
「どんな人だったの?」
私は記憶を辿る。
「優しそうな方でした。ただ……不思議なんです」
「何が?」
「初めて見る方なのに、なぜかとても懐かしい気持ちになりました」
私は自分の胸へそっと手を当てた。
「昔から知っているような。ずっと会いたかった人に、ようやく会えたような……そんな気持ちです」
聖女様は少しだけ目を見開いた。
「……そう」
「誰なのかは分かりません」
私は正直に首を横に振る。
「未来なのか、願いなのか。それとも、まったく別の何かなのかも分かりません。でも――」
「でも?」
私は微笑んだ。
「六人とも、とても幸せそうでした」
「…………」
聖女様はしばらく何も言わなかった。
驚いたようにも見えたし、何かを考えているようにも見えた。
けれど、やがて。
ふんわりと優しい笑顔を浮かべた。
「そっか」
そして、満足そうに頷く。
「それなら、きっと大丈夫ね」
「はい」
私は自然とそう答えていた。
なぜかは分からない。
けれど。
あの光景だけは、きっと間違っていない。
そんな気がした。
そして、この時の私はまだ知らなかった。
あの光の中で笑っていた自分の姿が。
これから始まる私の新しい人生を――。
静かに教えてくれていたことを。




