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聖女様物語  作者: Elle


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その22

## ニーナ


私の名前はニーナ。


王都近郊に領地を持つ騎士爵家の娘で、今は聖女様の護衛兼、お話し相手を務めている。


護衛騎士として正式な辞令をいただいたあと、私は一度実家へ戻ることになった。


家へ着き、神殿から渡された辞令を父と母へ見せる。


『聖女直属護衛騎士 ニーナ』


その文字を見た瞬間、二人とも完全に固まった。


「…………」


しばらくして、父がようやく口を開く。


「……聖女様直属護衛?」


「はい」


父は辞令を受け取ると、表を見て、裏返し、また表を見る。


「これ……偽物じゃないよな?」


「本物です。ちゃんと神殿印もあります」


「……本当に?」


「本当です」


もう一度説明すると、今度は母がその場へへたり込んだ。


「聖女様って……あの聖女様よね?」


「ほかにどの聖女様がいるんですか」


そんな騒ぎになったものだから、その日のうちに寄親である子爵様へ報告へ向かうことになった。


子爵様も辞令を見るなり目を丸くされた。


「……詳細を説明してくれ」


「はい」


私は武道大会の日に起きたことを、最初からすべて話した。


大会受付を済ませた直後に神官様から呼び止められたこと。


そのまま聖女様の席へ案内されたこと。


なぜか一緒にお茶を飲み、クッキーまでいただいたこと。


そして最後に、


『今日から私の護衛ね』


と、聖女様が笑顔でおっしゃったことまで。


話を聞き終えた子爵様は、しばらく何も言わなかった。


その表情には、


『そんなことが本当にあるのか?』


と、はっきり書いてあった。


私もそう思う。


だが、話はそこで終わらなかった。


数日後。


今度は子爵様から連絡が来た。


「侯爵様がお呼びだ」


「……侯爵様が?」


寄親である子爵家。


そのさらに寄親にあたり、この地方一帯を束ねる侯爵様にまで、私の話が伝わっていたのである。


父と私は緊張しながら侯爵家へ向かった。


通されたのは、大きな応接室だった。


私は再び、武道大会の日から聖女様の護衛へ任命されるまでの経緯を説明する。


侯爵様は途中で口を挟むこともなく、最後まで静かに聞いておられた。


そして話を聞き終えると、一言だけおっしゃった。


「承知した」


それから、控えていた執事へ視線を向ける。


「騎士爵家へ、今後毎月援助金を送るように」


「かしこまりました」


「えっ?」


父と私は同時に声を上げた。


「こ、侯爵様! そこまでしていただくわけには!」


父が慌てて頭を下げる。


しかし侯爵様は静かに首を横へ振られた。


「ニーナには仕事へ集中してもらわねばならない」


「ですが……」


「決して、聖女様のお心を煩わせてはならない」


その声は穏やかだったが、有無を言わせないものがあった。


「家族の生活を心配し、護衛の務めに集中できないようでは困る。安心して聖女様のお側へ仕えられる環境を整える。それが寄親としての私の役目だ」


「侯爵様……」


私は父と一緒に、何度も頭を下げた。


話も終わり、そろそろ帰ろうとした時だった。


「ニーナ。君は少し残りなさい」


「私、ですか?」


「ああ」


父だけが先に部屋を出る。


扉が閉じられると、侯爵様の表情が少しだけ変わった。


「今から話すことは、決して他言してはならない」


私はすぐに姿勢を正す。


「はい」


侯爵様はさらに奥の私室へ私を招き入れ、扉を閉めた。


そして、一冊の古い記録を机の上へ置く。


「数年前、大神官がわずか一週間ほどで交代したことを覚えているか?」


「はい。当時は病気による交代だったと聞いております」


侯爵様は静かに首を横へ振られた。


「違う」


「……違う?」


「聖女様との相性が悪かった。それが始まりだ」


私は思わず息を呑んだ。


「しかし、それだけで大神官を解任することなどできない。そこで神託の儀が執り行われた」


侯爵様は古い記録を私の前へ滑らせる。


「その時の記録が、これだ」


私は恐る恐る手に取り、書かれている内容へ目を通した。


一行。


また一行。


読み進めるほど、妙な緊張が胸の奥に広がっていく。


そして――。


最後まで読み終えた瞬間。


全身から血の気が引いた。


「…………」


言葉が出ない。


侯爵様は、そんな私を見ながら静かに告げられた。


「神の言葉だ」


私はもう一度、記録へ目を落とす。


「この記録に記されている通り――」


一拍置く。


「聖女様がお幸せでなければ、世界は滅ぶ」


部屋が静まり返った。


私は何も言えなかった。


冗談には聞こえない。


ましてや、侯爵様が私を脅すために偽りを語っているとも思えない。


目の前にあるのは、正式な神託の記録なのだ。


侯爵様は穏やかな声で続けられた。


「だからこそ、ヘレナ嬢がいる」


「……はい」


「スージー嬢がいる」


私は黙って聞く。


「そして、君が選ばれた」


私は顔を上げた。


「私が……?」


「ああ」


侯爵様は真っ直ぐ私を見る。


「君は、単なる護衛として選ばれたのではない」


その言葉に、胸が大きく鳴った。


「聖女様が穏やかに暮らし、笑って毎日を過ごせるように、その日常を支える者の一人として選ばれたのだ」


「…………」


その瞬間。


元大神官様から以前言われた言葉が、頭の中に蘇った。


『一緒に買い物へ行き』


『一緒に街を歩き』


『一緒にケーキを食べ』


『一緒に笑う』


そして――。


『聖女様が心穏やかに、笑って過ごせますように』


あの時の私は、それを元大神官様なりの優しい言い回しだと思っていた。


聖女様は人々のために働き続けているのだから、せめて私生活くらい楽しく過ごしてほしい。


その程度の意味なのだと思っていた。


違った。


大げさでも何でもなかった。


本当に大切なことだったのだ。


聖女様の笑顔。


穏やかな日常。


友人たちと街を歩き、美味しいものを食べ、くだらない話で笑う。


それを守ること自体が、この国にとって――いや、この世界にとって、とてつもなく重要なことだった。


私は思わず額へ手を当てた。


「……私」


「どうした?」


「とんでもない秘密を知ってしまった気がします」


侯爵様は少しだけ笑われた。


「だから他言するなと言ったのだ」


「……はい」


本当に。


とんでもない話である。


聖女様本人は、そんなことなど何も知らない顔で、


『ニーナ、新しいケーキ屋さん見つけたの!』


などと言っているというのに。


あのお方が楽しそうにケーキを食べていることが、世界の存亡にまで関わっている。


私は深く息を吐いた。


どうやら私は、自分で思っていたよりもずっと大変な仕事に就いてしまったらしい。


聖女様の命を守るだけではない。


あの方の日常を守り。


笑顔を守り。


幸せを守る。


それが、私の本当の役目なのだ。


私は侯爵様へ深く頭を下げた。


「承知いたしました。このことは決して口外いたしません」


「ああ。頼んだぞ」


「はい」


部屋を出ながら、私は一つだけ心に決めた。


聖女様が明日も笑っていられるように。


できることは何でもしよう。


……もっとも。


世界を守るために最初にすることが、


『聖女様と一緒にケーキを食べに行く』


になるとは、さすがに思ってもいなかったのだけれど。


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