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聖女様物語  作者: Elle


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その21

## ニーナ


私の名前はニーナ。


王都近郊に領地を持つ騎士爵家の娘で、そして今日から――聖女様直属の護衛騎士となった。


……いや。


こうして正式な辞令を受け取った今でも、正直なところまだ信じられない。


護衛としての初日。


聖女様は朝の礼拝を終えられると、ヘレナ様とスージー様と一緒に庭園でお茶を楽しんでおられた。


私はその少し後ろに立ち、周囲へ目を配りながら護衛をしていた。


すると突然、聖女様がこちらを振り返った。


「ねぇ、ニーナ」


「はい」


「ちょっとこっち来て」


何かご用だろうか。


私は素直に近寄った。


すると聖女様は、なぜか私のお腹の辺りをじっと見つめ始める。


「……聖女様?」


「見て見て、大神官」


聖女様が嬉しそうに声を上げた。


「ニーナの腹筋、すごいのよ!」


「はい?」


次の瞬間。


ぽんぽん。


ぺたぺた。


「カチカチ!」


「…………」


今、私は聖女様に腹筋を触られている。


「せ、聖女様! おやめください!」


恥ずかしさで、一気に顔が熱くなった。


元大神官様が苦笑しながら助け舟を出してくださる。


「聖女様。ニーナ殿がお困りでございますぞ」


「え?」


聖女様はきょとんとした顔で私を見る。


「そうなの?」


「え、ええ……少々……」


「あら、ごめんなさいね」


そう言うと、聖女様は慌てて手を離された。


「い、いえ! 大丈夫です!」


……大丈夫ではない。


心臓が止まるかと思った。


しかし、ヘレナ様とスージー様は慣れた様子でくすくす笑っている。


どうやら、この程度はいつものことらしい。


これが聖女様の護衛という仕事なのだろうか。


早くも少し不安になった。


武闘大会が終わったその日のうちに、神殿から正式な辞令が届いた。


『聖女直属護衛騎士 ニーナ』


給与も待遇も、騎士爵家の娘だった私には想像できないほど良い。


住居も用意され、装備も神殿持ち。


家族へ仕送りをしたとしても、十分すぎるほど余裕がある。


ありがたい。


とてもありがたいのだが――。


一つ、大きな疑問があった。


私は試験を受けていない。


面接もしていない。


そもそも聖女様直属の護衛を募集していることすら知らなかった。


本当に私でいいのだろうか。


気になった私は、元大神官様へ尋ねることにした。


「大神官様、一つお聞きしてもよろしいでしょうか」


「何でしょう?」


「私は護衛になるための試験も面接も受けておりません。本当に聖女様の護衛になってよろしいのでしょうか」


すると元大神官様は、まったく心配していない様子で笑われた。


「何の問題もございません」


「……え?」


「そもそも、これまで聖女様には専属の護衛がおりませんでした」


「えぇ!?」


思わず声が裏返った。


聖女様ほど重要なお方に護衛がいなかった?


そんなことがあるのだろうか。


元大神官様は苦笑しながら説明を続けた。


「武闘大会の当日、聖女様が突然『私も護衛が欲しいわ』とおっしゃられましてな」


「……はい」


嫌な予感がする。


「そこで受付に置かれていた参加者名簿をご覧になり――」


元大神官様は聖女様の口調を真似るように言った。


「『あ、この人がいいわ』」


「…………」


「その一言で、ニーナ殿に決まりました」


私はしばらく何も言えなかった。


「……それだけ、ですか?」


「それだけでございます」


「私の戦績などは?」


「後から確認いたしました」


「経歴は?」


「それも後から」


「家柄は?」


「聖女様は気にしておられませんでしたな」


「…………」


そんな理由だったのか。


いや、理由と呼んでいいのだろうか。


完全に直感ではないか。


私が呆然としていると、元大神官様は少し楽しそうに笑われた。


「ですが、ご安心ください。ニーナ殿の実力については、我々もきちんと確認しております」


「それなら、少し安心いたしました」


「もっとも――」


元大神官様の表情が少し変わる。


「本来、聖女様に護衛は必要ないのですがな」


「……はい?」


意味が分からなかった。


元大神官様は静かに続ける。


「聖女様には、非常に強力な神の加護がございます」


そして、昔あった出来事を話してくださった。


「以前、愚かにも聖女様へ危害を加えようとした者がおりました」


私は息を呑む。


「聖女様を……?」


「はい。しかし、その者は聖女様へ一定距離まで近づいた瞬間、何かに弾き飛ばされましてな」


「弾き飛ばされた?」


「十メートルほど」


「十メートル!?」


「そのまま気絶いたしました」


「…………」


言葉が出ない。


「つまり、聖女様へ明確な悪意を持つ者は、そもそも一定以上近づくことすら難しいのでございます」


私は恐る恐る尋ねた。


「では……護衛は?」


元大神官様は、にっこり笑った。


「基本的には必要ございません」


「…………」


私の仕事が消えた。


着任初日に。


「ですが、聖女様が『護衛は必要なのー!』と大層強く希望されましてな」


「それで……」


「押し切られました」


「あぁ……」


妙に納得してしまった。


あの聖女様なら、ありそうだ。


元大神官様はそんな私を見て微笑むと、そっと肩へ手を置かれた。


「ですから、ニーナ殿」


「はい」


「貴女のお仕事は、聖女様の命を守ることだけではございません」


「……と、おっしゃいますと?」


元大神官様は、少し離れた場所で楽しそうに話している聖女様たちへ目を向ける。


「ヘレナ嬢、スージー嬢。そしてニーナ殿」


「はい」


「皆で、聖女様と一緒にいて差し上げてください」


私は思わず首を傾げた。


「一緒に……?」


「一緒に買い物へ行き、一緒に王都を歩き、一緒に美味しいものを食べ、時にはくだらないことで笑う」


元大神官様は穏やかに続ける。


「それだけで十分なのでございます」


「ですが、そんなことで……」


「聖女様は、民の笑顔がお好きです」


その声はとても優しかった。


「困っている者がいれば助け、泣いている者がいれば放っておけない。それが聖女様です」


「……はい」


「ですが、聖女様ご自身にも笑っていていただかなければなりません」


私は黙って耳を傾ける。


「聖女様も、一人の少女なのです」


その言葉が胸に残った。


「神殿のためでも、王家のためでもなく。ただ街を歩いて、友人たちとお茶を飲んで、美味しいケーキを食べて笑っていられる」


元大神官様は小さく笑う。


「聖女様にとっては、そういう時間こそが一番幸せなのでしょう」


そこで、ようやく私は理解した。


私が守るべきものは、聖女様の命だけではない。


あのお方が安心して笑える時間。


何の心配もなく王都を歩き、友人とおしゃべりをして、くだらないことで笑える日常。


私が守るのは――。


聖女様の、穏やかな日常なのだ。


私は背筋を伸ばし、元大神官様へ深く一礼した。


「はい。精一杯、お仕えいたします」


「よろしくお願いいたします、ニーナ殿」


その時だった。


遠くから、元気な声が聞こえてくる。


「ニーナー!」


振り向けば、聖女様がこちらへ大きく手を振っていた。


「新しいケーキ屋さん見つけたの! ヘレナとスージーも行くって!」


「今からですか!?」


「今から!」


聖女様は満面の笑みだ。


「早く行きましょう!」


私は思わず笑ってしまった。


「はい!」


槍を持ち直し、聖女様たちのもとへ駆けていく。


護衛騎士という仕事について、私は少し勘違いしていたのかもしれない。


敵を倒すことだけが、誰かを守ることではない。


笑顔を守ることもまた、立派な護衛の仕事なのだ。


――もっとも。


「ニーナ、このケーキ半分こしましょう!」


「聖女様、護衛中です!」


「じゃあ護衛しながら食べればいいじゃない」


「無茶をおっしゃらないでください!」


この仕事。


思っていたより、ずっと大変そうではある。

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