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聖女様物語  作者: Elle


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20/44

その20

## ニーナ


私の名前はニーナ。


王都近郊に小さな領地を持つ、騎士爵家の娘だ。


騎士爵というのは、寄親である上位貴族が戦へ赴く際、真っ先に馳せ参じることを求められる騎士の家柄である。


一応、領地もある。


だから身分としては貴族だ。


……とはいえ、実態は少し裕福な農家と大して変わらない。


父は毎日のように畑を耕し、母は掃除や洗濯をしながら料理を作る。使用人などほとんどおらず、私も幼い頃から畑仕事を手伝ってきた。


そんな、ごく普通の家だった。


幸いなことに、プリン王国では長い間、大きな戦争が起きていない。


理由は単純。


この国には、聖女様がおられるからだ。


聖女様が守護する国へ戦争を仕掛けるなど、


『どうぞ我が国を滅ぼしてください』


と言っているようなものらしい。


そんな馬鹿なことをする国はない。


そして、それは国内でも同じだった。


昔は領地を巡って、貴族同士が争うこともあったという。


だが、今ではほとんど起こらない。


その理由になった、有名な事件がある。


ある時、領地の境界を巡って二つの貴族家が争い始めた。


小競り合いは次第に大きくなり、とうとう武力衝突寸前まで発展した。


ところが、その直後。


その二つの家の領地だけ、突然結界が消えた。


何の前触れもなく。


綺麗さっぱり。


すると、それまで結界によって防がれていた魔物が領内へ雪崩れ込んだ。


両家は領地争いどころではなくなった。


魔物への対応に追われ、領地は疲弊し、領民は次々と他領へ逃げていった。


最終的には当主まで逃げ出し、当然ながら爵位は取り潰し。


領地も王家へ没収された。


その一件を見た誰もが思った。


――聖女様が何かした。


ところが、当の聖女様は尋ねられても、


「知らなーい」


と笑っておられたらしい。


そして最後に、ぽつりと一言。


「私、戦争と馬鹿は嫌いなのよね」


……絶対にわざとである。


少なくとも、国中の貴族はそう思った。


それ以来、この国で領地争いから戦争へ発展することはなくなった。


理由は極めて分かりやすい。


争いを始めた方が滅ぶからだ。


その結果、プリン王国では武力が必要になる場面そのものが少ない。


平和なのは良いことだ。


とても良いことなのだが――。


そんな国に生まれた私は、悲しいほど槍の才能に恵まれていた。


自慢ではない。


本当に、妙に強かったのだ。


数領合同で開催された武闘大会では優勝した。


その実績が評価され、今度は王都で開かれる武道大会への出場まで決まった。


ここでも良い結果を残せれば、上位貴族の護衛として雇われる可能性がある。


さらに運が良ければ、王族の女性を守る近衛騎士団へ入れるかもしれない。


それは騎士爵家の娘である私にとって、十分すぎるほど立派な出世だった。


だから私は、気合十分で王都へやって来た。


受付を済ませ、槍を確認し、いざ控室へ向かおうとした――その時だった。


「ニーナ様ですね」


神官様が一人、こちらへ近づいてきた。


「はい」


「聖女様がお呼びです」


「……え?」


一瞬、言われた意味が分からなかった。


「せ……聖女様?」


「はい。お待ちでございます」


頭の中が真っ白になる。


なぜ?


どうして?


私は今から武道大会に出るだけの、田舎騎士爵家の娘なのだが?


しかし、聖女様から呼ばれていると言われて断れるはずもない。


私は訳も分からないまま、神官様についていった。


案内されたのは、武道大会を見渡せる特別観覧席だった。


そして、その中央には――。


「あ、来た来た!」


聖女様がおられた。


しかも、にこにこと笑いながら私へ手を振っている。


「こっち、こっち。ここ座って」


「……はい?」


「一緒に観戦しましょう」


「えっ?」


私は思わず大会会場の方を見る。


「い、いえ! 私、参加者なのですが! このあと控室へ行かなければいけないのですけど!」


ところが聖女様は、笑顔のまま首を横に振った。


「大丈夫よ」


「何がでしょうか?」


「貴女、私の護衛になるから」


「…………え?」


頭が止まった。


今、何と言われた?


「さっき決まったの。これからよろしくね」


「えぇぇぇぇぇ!?」


思わず大声を出してしまった。


私はまだ大会に出ていない。


一試合もしていない。


そもそも聖女様付き護衛の試験など受けた覚えもない。


何も始まってすらいないのに、なぜか就職先だけ決まっていた。


私が混乱している間にも、聖女様は楽しそうに話しかけてくる。


「お名前は?」


「……ニーナです」


「ニーナ。素敵なお名前ね」


「あ、ありがとうございます」


「武器は?」


「槍です」


「わぁ、槍なんだ。格好いいわね」


「は、はぁ……」


「お菓子食べる?」


「……はい?」


聖女様はテーブルの上の皿をこちらへ差し出した。


「このクッキー、美味しいのよ」


「はぁ……いただきます」


私は完全に流されていた。


気がつけば聖女様の隣へ座り、クッキーを食べながら、自分が出場する予定だった武道大会を観戦している。


……何が起きているのだろう。


本当に分からない。


その時、ふと誰かの視線を感じた。


少し離れたところには、二人のご令嬢と元大神官様が座っている。


ヘレナ嬢。


スージー嬢。


そして元大神官様。


三人とも、何とも言えない表情でこちらを見ていた。


いや。


違う。


これは――。


可哀想なものを見る目だ。


(な、何……?)


(私、何かしました?)


ヘレナ嬢が小さくため息をついた。


スージー嬢も困ったように苦笑している。


そして元大神官様に至っては静かに目を閉じ、


「……また始まったか」


と呟いていた。


(また?)


(またって何!?)


何が始まったの?


誰か説明して!


しかし、私の心の叫びなど知るはずもなく、聖女様は上機嫌でクッキーを食べている。


そして今度は、当然のように話しかけてきた。


「ねえ、ニーナ」


「は、はい」


「今度、一緒にお買い物へ行きましょう」


「……お買い物?」


「王都には美味しいケーキ屋さんがいっぱいあるのよ」


護衛の話はどこへ行ったのだろう。


「それから服も見たいわ。ニーナに似合いそうなの探しましょう」


「私の服までですか?」


「もちろん」


聖女様は楽しそうに笑う。


「あと、槍の練習も見せてね」


「……はい」


私はもう、それしか言えなかった。


結局その日、私は武道大会へ出場することなく、聖女様の隣で最後まで大会を観戦することになった。


そして大会が終わる頃には、なぜか聖女様付き護衛になる話が正式に決まっていた。


試験なし。


面接なし。


大会実績なし。


本人への事前確認すらなし。


あるのは、聖女様の一言だけ。


『この子がいい』


それだけで、私の人生はあっさりと決まったのである。


後になって分かったことだが。


ヘレナ嬢も。


スージー嬢も。


似たような形で聖女様に気に入られ、そのまま引っ張り込まれたらしい。


だから、あの時の三人はあんな顔をしていたのだ。


――ああ。


新しい犠牲者が増えた、と。


もっとも。


今になって思えば。


あの日、聖女様に声を掛けられたことを、私は一度だって後悔したことはない。


ただ一つだけ言わせてもらうなら――。


せめて最初に。


本人の返事くらい聞いてほしかった。


本当に。


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