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聖女様物語  作者: Elle


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17/44

その17

## 新大神官


「お久しぶりでございます……聖女様」

紅茶を飲んでいた私は、その声に顔を上げた。

「あら、新大神官」

少しだけ笑ってから、すぐに訂正する。

「でも、私はもう聖女じゃないわよ。ただの市井の女の子」

新大神官は苦笑しながら、深々と頭を下げた。

「そうでございました。失礼いたしました」

その姿を見て、私は少し驚いた。

一か月ほど前に見た時より、十歳は老けたように見える。頬はこけ、目の下には濃い隈ができていた。

よほど大変だったのだろう。

「それで?」

私が続きを促すと、新大神官は一度息を整え、静かに報告を始めた。

「この度、新聖女は朝の務めを放棄し、国土結界を維持することもできませんでした。さらに、神殿に伝わる国土結界の神器を用いましたが、起動にも失敗しております」

「……そう」

「加えて、聖女に求められるほどの癒やしの奇跡も確認できておりません」

私は紅茶を一口飲んだ。

「まぁ。それは大変ね」

そして、首を傾げる。

「それで?」

新大神官は一瞬言葉に詰まったあと、震える声で続けた。

「……民のためにも、どうか――」

「違うでしょう?」

私は即座に遮った。

「……」

「民のためだけじゃないでしょう?」

新大神官は黙り込む。

私はティーカップを置いた。

「あなたたちが困ってるから、私に戻ってきてほしいんでしょう?」

重い沈黙が落ちた。

しばらくして、新大神官は静かにその場へ膝をついた。

「……おっしゃる通りでございます」

そして、そのまま深く頭を下げる。

「私たちは、愚かな選択をいたしました」

声が震えていた。

「自分たちの判断が正しいと思い込み、元聖女様のお言葉にも耳を貸さず、結果として民を苦しめることになりました」

さらに頭を下げる。

「どうか、お許しください」

私は何も言わず、その姿を見つめていた。

「何かご希望がございましたら、すべて受け入れます。可能な限り、全力で実現いたします」

「ですから……何卒」

一度、声が途切れる。

「何卒、我々をお助けください」

しばらく沈黙が続いた。

私は新大神官を眺め、それから小さく息を吐いた。

「まぁ……旅行もできたし、このくらいで許してあげるわ」

新大神官が驚いたように顔を上げる。

「よろしいのですか?」

「民まで苦しませたいわけじゃないもの」

私は窓の外へ目を向けた。

「怒ってる民って、あんまり好きじゃないのよね。やっぱり、笑ってる民の方が好き」

そう言って、ティーカップを置く。

「だから、条件を言うわ」

新大神官の表情が引き締まり、真っ直ぐ姿勢を正した。

「何なりと」

「まず、神前契約へ署名したすべての貴族家について」

私は指を一本立てる。

「現在の当主は引退。今後、私の前には二度と顔を出さないこと」

部屋が静まり返った。

「……全家でございますか?」

「全家よ」

私は淡々と続ける。

「神紋については……たぶん出るでしょうね。でも今回は、あまり目立たないものにしてあげる。さすがに十分反省したでしょうし」

少しだけ考えてから、もう一つ付け加えた。

「その代わり、跡継ぎにはちゃんと教育しなさい」

「教育……でございますか?」

「そう」

私は新大神官を見る。

「民は守るもの。貴族は民がいるから貴族でいられる。民は貴族のために存在しているんじゃない」

少しだけ声を強める。

「それを忘れないように、きちんと教えること」

「必ず徹底させます」

新大神官は迷わず頷いた。

私はさらに続ける。

「それと、次に同じようなくだらないことをしたら――」

一瞬だけ笑みを消す。

「今度は本当に許さないわよ」

「……承知いたしました」

新大神官の顔がわずかに引きつった。

「次。新聖女について」

私は少し考えたあと、ため息をついた。

「もう駄目ね」

「……」

「神殿のお金で豪遊して、民を怒らせて、傷つけて、泣かせた。それでも、自分が悪かったと思っている様子がないのでしょう?」

「……はい」

「魂の色も、かなり危ないことになってるわ」

私はしばらく黙り、それから静かに告げた。

「公開の場で裁きなさい」

新大神官が顔を上げる。

「罪状をすべて明らかにして、民の前で正式に裁くの。神殿が都合の悪いことを隠したと思われないように」

そして、短く付け加えた。

「その裁きの結果、極刑となるのであれば、それも受け入れなさい」

新大神官は深く頭を下げた。

「承知いたしました」

「それから、この騒動で家族を失った人、怪我をした人、住む場所を失った人たちを、きちんと調べなさい」

私は指を二本目に変える。

「亡くなった人たちのために、合同慰霊祭を開きます」

「はい」

「神殿が責任を持って、心を込めて送りなさい。形式だけの儀式にはしないこと」

「必ず」

新大神官は目元を押さえながら、それでも必死に言葉を書き留めている。

私は最後に、もう一本指を立てた。

「あと――これが一番大事」

新大神官だけでなく、同席していた者たちも一斉にこちらを見た。

「領民に、領地を自由に離れる権利を認めます」

室内がざわついた。

「……領地を、自由に?」

「そうよ」

私はゆっくりと言葉を続ける。

「住む場所も、働く場所も、どこの領主のもとで暮らすのかも、自分で選べるようにする」

「しかし、それでは領主の税収が――」

「だから何?」

ざわめきが止まった。

「嫌なら、民が出ていかない領地を作ればいいでしょう?」

誰も何も言えない。

「ちゃんと守ってくれる領主。無茶な税を取らない領主。困った時に助けてくれる領主」

私は微笑む。

「そういう領主のところには、自然と人が集まるでしょう?」

「……なるほど」

「逆に、民を苦しめる領主の土地からは、人がいなくなる」

私は静かに告げた。

「それでいいのよ」

「民は領主の所有物じゃない」

一言一言、はっきりと伝える。

「人は、自分がどこで生きるのかを選んでいい」

「住む場所も、働く場所も、自分の人生も」

「人として生きる権利があるの」

しばらく誰も声を発しなかった。

やがて私は、いつもの調子に戻って微笑んだ。

「以上よ」

新大神官は、しばらく立ち上がることすらできなかった。

やがて両手を床につき、深く、深く頭を下げる。

「……ありがとうございます」

声が震えていた。

「聖女様」

私は少し困ったように笑った。

「だから」

「……はい?」

「私はもう聖女じゃないって」

紅茶へ手を伸ばしながら、肩をすくめる。

「今はただの、市井の女の子よ」

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