その13
## 新大神官
さらに、神殿の正門前には日に日に人が集まるようになっていた。
最初は数十人程度だった。
それが数百人となり、やがて千人を超え、今では大神殿前の広場だけでは収まりきらないほどになっている。
ある日、神殿騎士が血相を変えて執務室へ駆け込んできた。
「大神官様! 今度は民衆です!」
「何事だ?」
「神殿の前で大勢の民が、聖女様に助けを求めております!」
私は立ち上がり、窓を開けた。
途端に、広場から無数の声が押し寄せてくる。
「新聖女なんだろ! 何とかしてくれ!」
「結界を張ってくれ!」
「元聖女様なら守ってくださった!」
「魔物が村に入ってきたんだ!」
「家族がまだ向こうにいるんだ!」
「子供が帰ってこない!」
「お願いだ! 助けてくれ!」
「聖女なんだろ! 奇跡を起こしてくれ!」
怒号にも聞こえる。
だが、よく聞けば違う。
これは怒りではない。
悲鳴だ。
助けてほしいと願う、追い詰められた者たちの声だった。
私は静かに窓を閉める。
誰も彼らを責めることはできない。
元聖女様がおられた頃、結界は当たり前のように国土を守っていた。
魔物が増えれば元聖女様が動いた。
病が広がれば祈りを捧げた。
災害が起これば助けに向かった。
民にとって、それが「聖女」だったのだ。
だから、新しい聖女にも同じことができると信じている。
いや――。
聖女を名乗る以上、それができて当然だと思っている。
そんな中、新聖女様の部屋からは楽しそうな声が聞こえてきた。
「この宝石、もっと大きいのはないの?」
私は思わず額を押さえる。
「……終わった」
誰にも聞こえないほど小さな声で、そう呟いた。
だが、それで終わりではなかった。
日を追うごとに民衆は増え続けた。
地方から逃げてきた避難民。
魔物に家を焼かれた者。
家族を失った者。
怪我人を抱えてきた者。
とうとう神殿騎士だけでは正門前を整理することすら難しくなっていた。
そんな状況を知った新聖女様は、なぜか自信満々におっしゃった。
「まったく、仕方のない民ね」
私は嫌な予感を覚えた。
「新聖女様?」
「私が説法をしてあげるわ」
「お待ちください!」
止める間もなかった。
新聖女様はそのまま大神殿のバルコニーへ姿を現した。
広場を埋め尽くしていた民衆が、一斉に静かになる。
「聖女様だ!」
「聖女様が出てきたぞ!」
「助けてくださる!」
一瞬で空気が変わった。
絶望していた人々の顔に、わずかな希望が戻る。
皆、新聖女様を見上げていた。
きっと、これから結界を張ってくれる。
魔物を退けてくれる。
何か奇跡を起こしてくれる。
そう信じて。
新聖女様は満足そうに民衆を見渡した。
「皆さん、神を信じなさい」
私は目を閉じたくなった。
「信仰心が足りないから、そのような災いが起こるのです」
広場は静まり返っていた。
新聖女様は、それを自分の言葉に皆が聞き入っているのだと思ったのだろう。
さらに続ける。
「苦しい時こそ祈りなさい。神は必ず皆さんを見守ってくださいます」
その時だった。
群衆の中から、一人の老人が声を上げた。
「祈りました!」
新聖女様の言葉が止まる。
老人は震える声で続けた。
「毎日祈りました! 朝も夜も祈りました! それでも息子が魔物に襲われたんです!」
新聖女様は眉をひそめる。
「それは、あなたの信仰が足りないのでしょう」
その瞬間。
広場の空気が変わった。
今まで希望を込めて新聖女様を見上げていた者たちの表情から、何かが消えた。
一人の母親が、涙を流しながら叫ぶ。
「娘が死んだのよ!」
声が震えている。
「毎日お祈りしてた! 娘だって神様を信じてた! それでも死んだの!」
そして、新聖女様を見上げる。
「それでも私たちの信仰が足りないっていうの!?」
「神を疑うからです」
新聖女様は当然のように答えた。
それが決定的だった。
民衆の中に残っていた最後の希望が、音を立てて崩れたように感じた。
「……元聖女様は」
誰かが呟いた。
やがて、その声が大きくなる。
「元聖女様は、そんなこと一度も言わなかった!」
一人の男が叫ぶ。
「俺たちが困っていたら、まず助けてくださった!」
別の者も声を上げる。
「怪我人を治してくださった!」
「結界を張ってくださった!」
「食べ物がない時は助けてくださった!」
「そのあとで『一緒に祈りましょう』って言ってくださったんだ!」
「そうだ!」
次々と声が重なる。
「元聖女様を返せ!」
「お前じゃない!」
「結界を張れ!」
「聖女なら奇跡を見せろ!」
「俺たちは説教を聞きに来たんじゃない!」
「家族を助けてほしいんだ!」
「できないなら聖女を名乗るな!」
怒号が一気に膨れ上がった。
神殿騎士たちが慌ててバルコニーの前へ並び、新聖女様を守る。
「静まりなさい!」
新聖女様は顔を真っ赤にして叫んだ。
「無礼者! 私は聖女なのよ!」
だが、その言葉にひれ伏す者は一人もいなかった。
もはや「聖女」という肩書きだけでは、誰の心も動かせない。
民が求めていたのは肩書きではなかった。
豪華な衣装でもなければ、美しい宝石でもない。
ましてや説法でもない。
自分たちを守ってくれる者。
怪我人を助けてくれる者。
魔物から家族を守ってくれる者。
ただ、それだけだった。
そして民は、知っている。
かつて、それを当たり前のようにしてくれた人がいたことを。
私は荒れ狂う広場を見つめながら、小さく呟いた。
「……比べられてしまったか」
いや。
違う。
比べられたのではない。
これまで見えなかった差が、誰の目にも見える形で現れてしまっただけなのだ。
あまりにも大きく。
あまりにも圧倒的に。
新聖女と――。
元聖女様との違いが。




