その11
枢機卿
一か月後。
元聖女様は長いバカンスを終えられた。
現在は。
ヘレナ嬢の屋敷で暮らしておられる。
私は元大神官から報告を受ける。
「聖女様は何と?」
元大神官は苦笑しながら答えた。
「『超楽しかった。』」
「『やっぱり長期休暇は必要よね。』」
「だそうです。」
……実にあの方らしい。
その後。
聖女様は何かを思い出したように一通の封筒を差し出された。
「枢機卿。」
「はい。」
「この手紙。」
「高位貴族のみんなへ渡しておいて。」
私は嫌な予感しかしなかった。
「……。」
「ご内容を伺っても?」
「ん~。」
聖女様は首を傾げる。
「何だか。」
「そろそろ結界が緩くなるところがある気がするのよね。」
「……。」
「知らないけど。」
(絶対知っている。)
私は心の中だけで突っ込む。
聖女様は続ける。
「その時。」
「民が困ると可哀想でしょう?」
「だから。」
「対応をお願いしたいの。」
私は静かに一礼した。
「承知いたしました。」
「ちなみに。」
「結界が緩くなるのは。」
「いつ頃でしょうか?」
聖女様はお茶を飲みながら答える。
「一週間後みたい。知らないけど。」
(知っている。)
絶対に知っている。
私はその日のうちに。
手紙を各高位貴族へ届けた。
内容は簡潔だった。
『一週間以内に領内の備えを整えてください。』
『神殿から避難勧告が出た場合は、速やかに従ってください。』
そして最後に。
『結界が失われた領地から避難してくる民の受け入れと、救出活動をお願いいたします。』
『必要となる費用は、すべて私が負担します。』
理由は書かれていない。
だが。
高位貴族は誰一人として質問しなかった。
「承知しました。」
その一言だけである。
聖女様の言葉だから。
それだけで十分だった。
彼らは知っている。
聖女様は。
悪人には容赦しない。
だが。
罪のない民だけは、決して見捨てないことを。
だからこそ。
各領では直ちに兵が動き。
馬車が集められ。
食料や毛布が備蓄され。
神殿と連携した避難計画が秘密裏に進められていった。
そして。
ちょうど一週間後。
異変が起きた。
国境を覆っていた巨大な結界。
その一部が。
音もなく消えた。
私は息を呑む。
「始まったか……。」
しかし。
結界が消えた場所を確認した私は。
背筋が凍った。
消えたのは。
神前契約へ署名した敵対派閥の貴族たちの領地だけ。
逆に。
聖女様を信じ続けた貴族たちの領地は。
以前と変わらぬ強固な結界に守られていた。
さらに奇妙なことに。
結界が消えた領地であっても。
神殿だけは結界が残っていた。
街は守られない。
畑も。
村も。
街道も。
魔物に晒される。
だが。
神殿へ逃げ込めば助かる。
そして。
高位貴族たちは、事前の手紙どおり直ちに救援隊を派遣した。
領境には避難民を迎える馬車が並び。
騎士団が護衛につき。
炊き出しの準備も整えられていた。
費用はすべて。
元聖女様が負担すると伝えられていた。
民を守るためなら。
元聖女様は一枚の金貨も惜しまない。
だが。
敵対した貴族たちだけは。
自らの責任で、この惨状を味わうことになった。




