その10
枢機卿
新しい聖女を名乗る娘が大神殿へやって来た。
神託を受けた。そう自称して。
聖女交代の儀は、形式上つつがなく執り行われた。
民衆は歓声を上げる。下位貴族も喜ぶ。
「新しい時代だ!」
「新聖女様、万歳!」
そんな声が大神殿の外まで響いていた。
だが。
王族は笑っていなかった。
高位貴族も笑っていなかった。
私たち枢機卿も笑えなかった。
喜んでいるのは。
下位貴族と。
あの敵対派閥だった枢機卿だけだ。
なぜなら。
私たちは知っている。
元聖女様がどれほどの存在だったのかを。
帝国皇太子は。
たった一言で髪を失った。
伯爵家は。
一つの言葉で滅んだ。
神託では。
神が世界ごと動くとまで言った。
そんな存在を。
自ら手放したのである。
誰が笑えるものか。
当然。
新しい大神官には。
敵対派閥の枢機卿が就任した。
「おめでとうございます。」
皆が祝福した。
心の中では。
(頑張れ。)
(私は絶対にやらん。)
そう思いながら。
誰も。
その椅子へ座りたくはなかった。
最初の一週間。
新聖女は真面目だった。
朝の礼拝へ出席し。
民へ微笑み。
祈りも捧げる。
「案外、大丈夫かもしれない。」
そう思った。
……一週間だけ。
二週間目。
朝の礼拝を休む日が出始めた。
「今日は体調が優れません。」
そんな報告が届く。
三週間目。
一切。
姿を見せなくなった。
代わりに聞こえてくる話は。
ろくなものではない。
「商人を呼びなさい!」
「これも買うわ!」
「あれも持って来なさい!」
宝石。
高級ドレス。
装飾品。
毎日のように購入している。
さらには。
王宮の高級後宮レストランへ。
予約もなく押しかけ。
「私は聖女なのよ!」
「席を用意しなさい!」
と騒ぎ。
料理長を困らせた。
神殿騎士から報告が上がる。
「本日も。」
「『私は聖女なのよ!』」
を七回確認しました。」
「昨日は?」
「十二回です。」
私は頭を抱えた。
違う。
そうじゃない。
聖女とは。
自分で名乗るものではない。
民が。
勝手にそう呼ぶものだ。
私は神殿の廊下を歩きながら思う。
このままでは。
神殿の信用が終わる。
信仰が終わる。
民が離れていく。
私は窓から街を見下ろした。
昔なら。
朝の礼拝を終えた元聖女様が。
エレナ嬢やスージー嬢と笑いながら街を歩き。
パン屋のおばちゃんと話し。
子供たちへ手を振り。
市場を歩くだけで。
街中が明るくなっていた。
今は。
その姿はない。
私は空を見上げ。
思わず呟いた。
「元大神官……。」
「早く。」
「早く聖女様を連れ戻してくれ。」
「もう。」
「私たちだけでは。」
「どうにもならん……。」
その願いだけが。
誰にも届かないまま。
虚しく大神殿へ響いていた。




