第9話 初めてのエロゲー
「ふぅ、満腹満腹……」
夕食を食べ終え、いつもは感じられない満腹感に、お腹をさすりながら自室に戻る。
今日は夜食用のご飯を買えなかったから嬉しい誤算だ。
自室に戻った俺は、机に置いてあるノートパソコンに向き合った。
桐野さんに借りた(押し付けられた)エロゲーをやるために。
このパソコンは高校に入って両親に買ってもらったものだが、勉強などで役立てるために買ったものであり、決してエロゲーをするために買ったわけじゃない。
なのに気付けば俺は、エロゲーをするためにパソコンを起動しようとしている。
まったくもって面倒だが、桐野さんも厚意で貸してくれたもの。なので多少面倒でも、プレイしないわけにはいかない。
「よし、やるか……」
億劫な気持ちを切り替えるために、息を軽く吐き気合を入れる。
ノートパソコンに付いてあるDVDドライブに手を伸ばすと、つるつるとした触感が。
あれ、おかしいな? 基本、側面にスイッチが付いてるはずなのに。
どれだけ探してもそんなスイッチは見つからず、果てには絶対ないであろうノートパソコンの底面まで探してみる。
そして、ノートパソコンの隅々まで探して、俺は一つの結論に至った。
もしかして、このノートパソコンって……DVDドライブ、非搭載!?
購入してから二年も経って発覚する事実。
確かに、考えてみれば今時DVDなんて誰も使わない。映画やドラマ、ゲームなど様々なコンテンツをダウンロードやサブスクで見る時代だ。
そんな時代にDVDドライブなんて機能を付ける必要がない。
愕然としつつ、それなら仕方ないかと諦めた。
桐野さんには申し訳ないが、ソフトを起動させるための装置がないんだからどうしようもない。
けど、ガッカリするだろうな……。
脳裏によぎるのは、桐野さんが目を輝かせてエロゲーを語る姿。
……うん、とても痛いシーンだ。
けれど、桐野さんはほんとうに嬉しそうに、まるで子どものようにエロゲーの素晴らしさを伝えてくれていた。
そんな彼女に、例え事実だとしても遊べなかったなんて言ったら、落ち込むことが容易に想像できる。
どうにかしてこのエロゲーを遊べる方法はないかな……。
考えを巡らせていると、そういえば、沙希もパソコンを持っていることを思い出した。
たしか沙希のノートパソコンは、恵子おばさんから譲ってもらったもの。
わりと古いパソコンだから、DVDドライブも付いてるはず。
俺はノートパソコンを借りるため部屋を出て、廊下を挟んで向かいにある沙希の部屋をノックする。
ちなみに沙希が俺の部屋を訪れるとき、ノックをほとんどしない。
俺も一瞬、ノックしないでいきなり部屋を開けてやろうか、と邪なこと考えたが、そこはさすがに女性の部屋なのでやめておいた。
「沙希ー? ちょっと借りたいものがあるんだけどー」
扉を挟んでも聞こえるように、俺は少し大きめの声で呼びかけると、カチャリ、とドアが開いて、少し気だるげに沙希が出てきた。
「お兄、どうしたのー?」
「ノートパソコン持ってるだろ? 少し借りたいんだけど」
「いいけど、なにに使うの?」
エロゲーをやるため、なんて素直に言えるわけもなく、思わず押し黙ってしまう。
気まずそうにする俺の表情を目ざとく察し、沙希がさらに追及してきた。
「お兄、変なことに使う気でしょ」
「別に、そんなんじゃないって……ちょっと調べものがあってさ」
「おかしいでしょ。調べものならスマホでも出来るし、お兄だってパソコンあるのにわざわざウチから借りるって」
至極当然のことを言われてしまった。
心の中で舌打ちしつつ、次なる理由を考えるために高速で頭を働かせる。
「その、あれだ……調べものって映画のことでさ、見たいんだけど見れなくて」
「サブスクとかで見ればいいじゃん」
「サブスクやってない映画で、DVDしか見れないんだよ。俺のパソコンだとDVDドライブが付いてなくて」
「ふーん……」
一応は納得してくれたのか、沙希は訝しげにしながらも部屋からノートパソコンを持って来てくれた。
「はい、パソコン。変なことに使わないでね」
「はは……」
変なことに使う予定なので、俺はとりあえず笑って誤魔化しておいた。
自室に戻った俺は、さっそく借りたパソコンにエロゲーをインストールする。
数十分後、インストールを終えてゲームを起動する。
エロゲーのことを詳しく説明すると、豪華なライトノベルに近い。
絵はほとんど動かずに、会話文と地の文だけがひたすら続いていく。
ゲーム性があるものもあるが、大体のエロゲーは選択肢を選ぶ以外プレイヤーは操作することがない。
ライトノベルと違うところは、背景や登場キャラクターが常に映し出されるので、情景描写が少ない。
その分、心理描写はライトノベルと同じくらいあり、キャラクターの掛け合いと心理描写がとても重要になって来る。
また攻略が可能なキャラクターも何人か用意されていて、一人ひとりと恋愛描写を堪能できるのもライトノベルとは違うところ。
桐野さんに借りたエロゲーも、最初はありきたりな恋愛アドベンチャーゲームだと思えた。よくある学園もので、主人公がヒロイン達と知り合っていき、恋愛に発展する。
が、気付けば俺は、時間を忘れてエロゲーをプレイしていた。
それはなぜかというと、登場人物全員に悩みや葛藤があり、けれどそれに負けずに必死に立ち向かう姿に心打たれたからだ。
ヒロインの中には、目を覆いたくなるほどの酷い境遇な子もいたが、普段はそれを隠して明るく振る舞っている。
特に俺が共感したのが主人公だ。
ヒロイン達と同じように、主人公にも悩みがあり、その悩みに俺は共感をした。
人が嫌い、だけど一人は寂しい。
そんな俺と同じような悩みを持った主人公だが、俺と違うところは、そんな悩みに負けないところだった。
人が嫌いで一人でいることを選んだ俺には、画面の向こうで奮起して立ち向かう主人公の姿は眩しくて、羨ましかった。
気付けば俺の頬を涙が伝っていた。
エロゲーで涙を流すなんてそんな馬鹿なこと、と思っていたが、これが本当にあるんだな。
その夜は、寝る間も惜しんでエロゲーに熱中した。




