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第10話 最高だったよ!

 次の日、学校での昼休み。

 七月の夏の陽射しが降り注ぐ体育館裏。ただジッと座っているだけで、汗でシャツが濡れ肌に張り付いて気持ち悪い。


 運動部を思わせる早食いで弁当を平らげて、セミが大合唱してるのを鬱陶しく聞きながら桐野さんが来るのを待った。

 特に約束もしていないが、彼女は来るだろう。


 なぜなら桐野さんはエロゲーが大好きだからだ。俺がちゃんとプレイしたか確認に来るはず。


 傍らに置いた鞄の中に、借りたエロゲーが底にしまわれているのを確認していると、桐野さんが制服の胸元を忙しくなくパタパタと扇ぎながらやってきた。


「あっつ~い……」


 気怠そうにしながら俺の隣に座り、その距離感に少しドキリッとした。ふわりと鼻をかすめたのは、男性の汗臭い匂いなどとは程遠い、どこか色香を放った甘い匂い。


「あんた、なんでいっつもこんな暑いところでご飯食べてるのよ……」


 俺のことを異性だと意識していないのか、桐野さんは胸元だけでなく、スカートまでパタパタと扇いでいる。


「こんなところにずっといると溶けちゃいそうだわ」


「…………」


「ちょっと、あんた聞いてるの?」


 桐野さんが批難する声を上げているが、俺はそれよりも早く自分の気持ちを伝えたくて聞き流した。

 そして、胸の中で抑えきれない感情が溢れ出て、思わず桐野さんの手を取る。


「え、ちょ……っ!」


 唐突な俺の行動に、桐野さんが驚いたようでビクリと肩が震えた。

 そんな反応もお構いなしに、早く気持ちを伝えたい俺は、前のめりになってしまう。


「ち、ちか……っ!」


「最高だったよ!」


「……は?」


 俺の称賛の声に、ポカンと口を半開きにしてあ然とする桐野さん。


 せっかく褒めてるのになぜそんな反応するのかわからないが、とりあえず俺は言葉を続ける。


「貸してもらったエロゲー、最高だったよ! あんなに感動できるとは思わなかった!」


「あ、え……そ、それならよかった……」


「桐野さんがエロゲーをあんなに熱く語るのもわかったよ! あんなに面白いの、周りに広めたくなる!」


「え、と……うん……」


 俺が熱くなればなるほど、桐野さんがどんどん引いていく。

 なぜだ、昨日はあんなに一人で盛り上がっていたのに、今日は俺だけが盛り上がっている。


 桐野さんは顔を真っ赤に染めながら、俺の視線から逃れようと目を逸らす。


「あ、の……顔が、近い……」


「……あ」


 その一言で、自分がどれだけ桐野さんに迫っていたかわかった。

 いまやその距離は、キスしてもおかしくないほどの近さ。


 俺は慌てて掴んでいた桐野さんの手を離し、バッタのように飛んで距離を取った。


「ご、ごめん……っ!」


「う、うん……」


 それっきり二人の間には気まずい沈黙が訪れる。

 蝉時雨が嫌に耳に纏わりついて、無言になった俺たちをさらに気まずくさせる。


 そんな嫌な空気を払うように、桐野さんが少し大きめの声を出した。


「それで、エロゲーやったの?」


「あ、そうそう。桐野さんが言ってたとおりだよ、こんな素晴らしいのをやっていなかったなんて、人生無駄にしてた!」


「そうでしょそうでしょ」


 胸を張って腕を組んだ桐野さんが誇らしげに言った。

 本人はただ俺に貸しただけで、なにも誇らしいことはしていないが、それは黙っておく。


「それで、どこまで進めたの? ネタバレになっちゃうから、早くクリアしなさいよ」


「え、もう全ルートやったけど?」


「は?」


「いや、自分で驚いたよ。こんなに夢中になってゲームをするなんて子どものとき以来だから、おかげで寝不足で……ふぁ~」


 俺が大口を開けてあくびをしている横で、桐野さんは信じられないようすでいまだに呆然としている。


 彼女は正気に戻ったかと思いきや、しまいには手を高速で振り「いやいや、ありえない」と否定してきた。


「一日中プレイしても三日はかかるのよ。ううん、三日でも充分早い! それをたった一日とか……ちゃんとやったの?」


「やったよ。面白すぎてマウスのクリックする手が止まらなかった」


「じゃあ、ツグミちゃんルートが最後どうなるか言ってみなさいよ」


「ツグミちゃんルートね、あれは涙を禁じ得なかった……。なんせまさか最後に家が全焼して亡くなるなんて」


「……ちゃんとやってる」


 だからそう言ってるのに。


 それからも俺が本当にちゃんとプレイしたのかを疑われ、詳しく一人ひとりのルートを説明すると、桐野さんはようやく納得してくれたのか、感心したように頷いた。


「あんた凄いわね。速読でもやってた?」


「特にしてないけど、熱中したら誰でもこんな感じじゃない?」


「そんなわけないでしょ……」


 桐野さんにしきりに驚かれる。


 そのとき、急に背中に重みを感じたかと思いきや、耳に生温かい感触が襲ってきた。


「ひゃぁぁぁああああ!!」


 急に叫び声を上げる俺に、目の前にいた桐野さんが目を剥いた。


「な、なによ急に!? て、あれ……麻衣じゃない」


 慌てて振り返ると、俺の背中におぶさり体重を預ける人は、少し前に昼休みを一緒に過ごしいきなり笑い始めたりと奇怪な行動を繰り返す早瀬さんだった。

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