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7話 絶対気に入るから

 翌日、俺の予想に反して、桐野さんのようすはいつもと変わらなかった。


 いつものようにギリギリに登校した俺に、チラリッと一瞥したくらいで、楽しく早瀬さんと談笑を続けていた。


 そのことに内心ホッとし、昨日とは違い、誰に話しかけられることもなく俺は学校を過ごした。


 桐野さんが脅すようなことをしてしまったのは、突然の出来事に驚き感情的になってしまっただけ。


 だから、昨日の悪夢のような出来事は財布を落としたくらいの、運が悪かったなくらいのイベント。


 俺はそんな風に納得し、桐野さんとの関わりなんて今後無いだろうな、と考えた。


 そう思ったが、どうやら違ったようだ。


「どうして世間の人はエロゲーの良さをわかろうとしないと思う?」


 昼休みになり、今日は中庭に人がいたため、俺は諦めて体育館裏で弁当を食べようと足を運びご飯を食べていると、桐野さんがやってきた。


 そして、隣に座るなり唐突に語りだす。


 俺はげんなりとした表情をあからさまに浮かべるも、桐野さんは気にもしないようすでエロゲー談義を続ける。


「エロゲーって高尚な作品なのよ。笑いあり、涙あり、抜きあり。こんな立派なコンテンツなんてエロゲー以外にないのに」


 桐野さんはその理解されない不遇なエロゲーの状況にため息を吐いて憂いた。


 エロゲーが世間に理解されないことを憂うよりも、俺の今の状況を憂いてくれ。


 俺は人が同じ空間にいるとご飯が食べられなくなるんだ。というか、俺じゃなくても隣で下の話をされれば、誰でも飯がまずくなると思う。


「あんた、グ〇ーング〇ーン以外にエロゲーしたことある?」


 まだエロゲーの話を続けるんかい。


 俺は露骨に嘆息し、食べかけの弁当をしまった。

 夕食のときは仕方ないとしても、それ以外の場面で、同じ空間に人がいる状況で食べなければいけないとなったら、俺は一食を抜いたほうがマシだと思っている。


 それほどまでに、他人がそばにいると俺は食事ができない。


 どうして唯一の楽しみである昼食を、こんな形で中断しなければいけないのか。


 隣に座る桐野さんの双眸が俺を捉える。


 淡いブルーの瞳。人形のように整った顔立ち。

 そんな人物からかけ離れた話題に、俺はどんな感情でいればいいのか。


「あんまりしたことないかな。そもそも俺がやってたのはエロゲーじゃなくて、コンシューマー版だから」


「はっ」


 桐野さんに鼻で笑われてしまった。


「あんたもわかってないのね。エロゲーには素晴らしい作品が一杯あるのに。そんなあなたにこれを貸してあげるわ」


 桐野さんがそばに置いてあった自分の鞄から、なにやら大きな箱が取り出す。


 美少女の絵が、これでもかと描かれたパッケージ。そう、所謂エロゲーだ。


「い、いや、大丈夫かな……!」


「遠慮なんてしなくていいわよ。あたしはこれ、何十回もプレイしたから」


 遠慮とかじゃなくて、それを持ち歩きたくない!


「なんでそんなに貸したいんだよ。俺じゃなくて他の人に勧めればいいじゃん」


「あのね、昨日も言ったけど、あたしがエロゲーやってるのは秘密だって言ったでしょ。品行方正、成績優秀なあたしのイメージを損なうわけにいかないでしょ」


 桐野さんはそこで嘆息し、自分の世間のイメージとの葛藤を口にする。


「けどね、あたしはエロゲー話がしたいの!」


 桐野さんは強く拳を握り、高らかにそう語る。容姿が容姿だけに、壮大な悩みかと思わせるシーンだが、内容がとても下らなかった。


 かといって気持ちはわからなくもない。

 マニアックな趣味をしていて、それを語りたいのに誰とも語り合えない。しかし、それを語り合えるかもしれない人が見つかったとあれば、正直嬉しい気持ちにもなるだろう。


「あんたはあたしの秘密を知ったんだから、あんたにはエロゲーをやる義務があるのよ!」


「どんな義務だよ! 別に桐野さんの秘密は誰にも言わないって!」


 とんでもない理不尽な要求に、人が苦手な俺からは考えられない口調になってしまう。


「エロゲーが嫌いってわけじゃないんでしょ? 貸してあげるって言ってるんだから素直に受け取りなさいよ」


「確かにエロゲーには興味あるけど、それを剥き出しで持ち歩くことに抵抗があるの!」


「ああ、そんなことね」


 なぜ俺が断っていたのかわかっていなかった桐野さんは、得心がいったように頷いてくれた。


「はい、これ」


 鞄からビニール袋を取り出し、それにエロゲーを入れて渡してくる桐野さん。


 桐野さんがくれたビニール袋は半透明の素材で出来ており、目を凝らして見るとパッケージの絵が薄っすらとわかる。


 それでも無いよりはまし。これ以上の押し問答をしたくなかった俺は、それを黙って受け取る。


「あんたも絶対これ気に入るから。なんたってあたしの人生を変えてくれた作品なの」


「へー、そんなに面白い作品なんだ」


 そこまで絶賛されると興味が湧いてくる。


 しかし何度も言うが、俺が懸念していることは、これを持ち歩きたくないこと。


 こんないかがわしいのを持っていることを沙希にバレると、どんなことを言われるかわかったもんじゃない。


 桐野さんは俺の不安要素をちゃんとわかっていないようで、借してくれたエロゲーについて語ってくれる。


「あたしってこんな見た目だから、他人は勝手に優等生像を思い描くの。それですごく悩んだ時期もあった」


 本人も言ったとおり、確かに俺も桐野さんにはそんなイメージを持っていた。


 桐野さんはそんな勝手なイメージを持たれることに思い悩んでいたのか。


「そんなに勉強もできないし優等生でもないあたしは、勝手に落胆されることに落ち込んだわ。でも、このエロゲーをやって変わったわ。そんなイメージを持たれるなら、努力してその通りに振る舞おうって」


「凄いね」


 素直に桐野さんの努力を褒め称えた。

 なぜなら、俺にはそんなことができなかったから。


 俺は自分が傷付くのが怖くて、人と関わることをやめるほどに臆病な人間。


 けど、桐野さんは逃げなかった。傷付くことも言われただろうに、それでも逃げずに戦い続けた。


 だからこそ、俺はそんな彼女の努力に対して素直に称賛の言葉を送った。


「まあね。あたしはそれだけの努力をしたっていう自負があるから」


 特に謙遜もすることなく、俺の言葉に、桐野さんは胸を張った。


 そこまでの人生観が変わるほどのエロゲー。俄然、俺はこのエロゲーに興味が湧いた。

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