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第6話 夕食

「もう、二人はまた喧嘩でもしたの?」


 そう言って向かいに座っている恵子おばさんがクスクスと笑った。


 あれから沙希の機嫌を宥めようとしたが、一向に機嫌は直らず、恵子おばさんが仕事から帰ってきて三人で夕食を囲んでいる今も、隣に座る彼女は頬を膨らませていた。


「お兄のせいだから」


「ごめんって、さすがにやりすぎた」


 俺が何度も謝ってると、沙希の表情が少し緩んだ。


「もう、しょうがないな。許してあげる」


「ふ、ちょろいな……」


「ああん?」


 やべ、ボソッと呟いたつもりだったのに、沙希の地獄耳には届いてたみたいだ。

 女の子がしてはいけない表情で凄まれた。


 そんな俺たちのやり取りを見ていた恵子おばさんが上品に笑う。


「二人は本当に仲が良いわね」


 テーブルを挟んで向かいに座り、温和な表情を浮かべるこの人は、俺の叔母、恵子おばさんだ。


 おじさんとおばさんは共働きらしく、恵子おばさんは仕事が終わって疲れているだろうに、夕食を作ってくれる。


 おじさんは仕事で忙しいらしく、基本的にはこうやってリビングで三人で夕食を食べることが多い。


 恵子おばさんが作るご飯は本当に美味しい。

 毎朝俺の分の弁当も作ってくれて、それが学校での唯一の楽しみであるくらいに。


 だけど、そんな美味しいご飯のはずなのに、今の俺にとっては苦痛でしかない。


 作業的に味気ないご飯を食べていく。


 本当に申し訳ないのだが、どうしても家族や沙希以外の人が同じ空間にいるとご飯が美味しくない。


 咀嚼の回数もいつもより多くなり、無理矢理喉に流し込むように飲み込んだ。


 このことは俺だけの秘密にしている。

 なぜなら、というか当然というべきか。どこの世界にお世話になっている人に対して、あなたがいると俺は食事が喉を通らない、などと言えるだろうか。


「行孝君、今日のご飯は大丈夫?」


 恵子おばさんが温和な表情を崩さず、まるで子どもに語りかけるように話しかけてきた。


「もちろん、大丈夫ですよ」


「よかった。それはどうかな?」


 俺が食卓に用意された焼き魚を食べてると、恵子おばさんにそんなことを訊ねられた。


「はい、焼き魚ですね!」


「そ、そう……」


 俺の答えがどうやら期待したものではなかったようで、恵子おばさんの表情が困ったような笑みに変わる。


 隣に座る沙希が、小さく「バカ」とこぼした。


「お兄、ママが聞きたかったのは、美味しいかどうかってこと」


「あ」


 そ、そりゃそうだよな! 俺はなんてバカな回答をしてるんだ! 今、なにを食べているかを聞かれていると思った……!


「もちろん美味しいですよ!」


「それならよかったわ……」


 恵子おばさんが安心したようにホッとしているが、本当は美味しくない。


 昼間に感じたゴムを食べているような感覚に襲われ、飲み込むのも一苦労。

 そんな状態では、どんな高級料理だって美味しく感じることは無理だろう。


 申し訳なさが胸の中を渦巻く、恵子おばさんは仕事で疲れてるはずなのに、毎朝、そして夕食も作ってくれてるのに。


 みんなのようすを窺いながら、どのタイミングでご飯を食べるのか、どのタイミングで水を飲むのか、探り探り食事を進める。


 こちらに会話が向いたときは俺はご飯の手を止める。そして、沙希と恵子おばさんが会話を始めたらご飯を食べる。


 頭で意識しないと、いつご飯を食べていいかわからない。


 これでは美味しく食事を取ることなど不可能なので、満腹かどうかもよくわからずに夕食を食べ終える。

 食欲が満たされない毎日。


 夕食が食べ終わり、俺は二階にある、用意してもらった自室でみんなが寝静まるのを静かに待った。

 家の中に音が無くなったのを確認すると、俺はゆっくりと一階に降りる。


 キッチンに向かい、ケトルに水道水を入れ沸騰したお湯を準備し、買っておいたカップラーメンに注いでいく。


 このことは飯田家にバレてはいけない。

 罪悪感に苛まれながら、俺は足音を殺して二階の自室に戻った。


 俺のためにわざわざ買ってくれた勉強机にカップラーメンを置き、出来上がるまでソワソワと落ち着かなく座って待つ。


 三分待ってカップラーメンの蓋を開けると、食欲をそそる匂いが鼻腔をくすぐる。

 夕食のときには感じられなかった匂いが戻ってきた。


 俺は勢いよくラーメンを啜ると、味覚が元に戻ったかのように旨味が舌を覆う。

 スープが絡んだ細麺が一気に喉を駆け下り、満たされなかった食欲が歓喜に躍る。


 うーん、美味い……!


 やっぱり食事はこうでないと! 一人で食べるのに限るな!


「あ、お兄。またカップラーメン食べてる」


 無心になって麺を啜っていたために、自室に入ってきた人に気付かなかった。


 背後から聞こえてきた声にビクッとし、恐る恐る振り返ると、そこには沙希が立っていた。


「なんだ、沙希かよ」


「お兄、またそうやってこそこそカップラーメン食べてる」


「いいだろ、別に」


「良くないよ。お兄は誰にもバレてないと思ってるようだけど、みんな知ってるから」


「カップラーメン食べてるだけなのに、良くないことはないだろ」


「ママ、心配してたよ。ご飯美味しくないのかなって、ウチには男の子がいなかったからご飯の量が足りてないのかなって」


 知られたくなかった秘密が周知の事実だったことも驚きだが、それ以上に、バレたときの懸念が現実のものになっていたことが俺には辛かった。


 そりゃ、そうだよな。毎日毎日夕食の後にカップラーメンを食べていたら、恵子おばさんがそんな心配をするのは当然。


 だからこそ、俺は隠れて食べていたのに。


「夜になると小腹が空くんだ。だから美味しくないわけじゃないし、ご飯の量も足りてるよ」


 俺は言い繕うように沙希に誤魔化した。


 こう言うしかない。心配をされて夕食の量を増やされても辛いし、食欲を唯一満たしてくれる楽しみなカップラーメンが食べられなくなるも厳しい。


「それならいいんだけど」


 どこか納得していない表情だが、それでも一応理解はしてくれたのか、それ以上沙希は追及してこなかった。


 理解はしてくれたんだから部屋から出て行ってくれると思いきや、なぜか沙希は俺のベッドに寝転がる。


「うーん、くっさーい」


 そして俺の布団を抱きしめながら、とんでもないことを言いだす。


「臭いなら寝転がるなよ。自分の部屋に帰れって」


「クサい、クサーい」


 俺の声が聞こえていないのか、なぜか恍惚な表情をしながら、沙希はぎゅっと布団を抱きしめ続ける。


 これはあれなのか、嫌がらせにでも来たのか? それとも臭いけど、どこか癖になる匂いとか?


「お兄、ウチの貸してたの読んだー?」


 匂いを十分に堪能し、沙希がそう問いかけてきた。


 借りたというより、押し付けられたに近い形で俺が沙希から受け取ったのは漫画だ。


「ああ、あれね。ちゃんと読んだよ」


 押し付けられた時に、絶対に読んで、と念押しされたからな。


「ど、どうだった……?」


 布団で顔を少し隠しながら、なぜか緊張した面持ちで沙希が確認してくる。


「面白かったよ」


 沙希から借りた漫画は、主人公が叔母の家に居候することになり、そこの娘と恋愛に発展する漫画。


「そ、それだけ……? もっとこう、なんていうか、共感とかしなかった……?」


「共感? 特別、共感することはなかったかな」


 確かに少しは俺と境遇が似てる。けど……。


「従妹と恋愛なんて、そんなの漫画だけだよな。似たような展開で妹に恋するみたいな感じがあるけど、妹がいない人が憧れるてるのかな、従妹とか妹がいる人からしたら、ないないって感じちゃうよね」


「…………」


 俺が至極当然の意見を述べると、なぜか沙希が肩を震わせて押し黙ってしまう。


 かと思いきや、沙希は急にベッドから離れて、俺の耳たぶを引っ張り上げてこう叫んだ。


「お兄のバカー!」


 頭の芯が直接揺さぶるような絶叫。

 俺の鼓膜を虐めるだけ虐めて、沙希は肩を怒らせて部屋から出て行った。


 な、なにを怒ってるんだ……?


 沙希が何に対して怒っているのかわかない。


 そういえば、恋愛と言えば、エロゲーだ。


 期せずして、俺は桐野さんを秘密を知ってしまった。

 もし秘密をバラしたら容赦しない、などと脅されたっけな。


 これから桐野さんにどんな嫌がらせを受けるかと思えば、明日からの学校生活を考えると憂鬱でしかなかった。

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