第40話 やっぱり
聖地巡礼も終わり、最後に俺たちはコラボカフェに足を運んだ。
店先にはコラボメニューが乗った看板と、いつまで開催されているかが記載されてあるエロゲーの登場人物が描かれたポスターが飾られてあった。
俺には不安なことがあった。
それは人前ではご飯を食べられないこと。
まあコラボメニューにはドリンクもあったし、それを飲んでれば大丈夫かな。
「いや、たっか!」
思わずそう叫んでしまった俺を、隣にいる桐野さんが睨んでくる。
店先でとんでもないことを大声で言ってしまい、俺は慌てて手で口元を抑える。
改めてコラボメニューを見直す。うん、やっぱり高い!
ドリンクメニューが三種類くらいしかなく、そのどれもが千円以上もするのだ。
コラボ商品なんてそんなもんだろう、と言われるかもしれないが、俺はこういった店は初めてなのでこの強気の値段設定は腰が引ける。
「ユキユキはなに食べる?」
同じくコラボメニューを眺めていた桐野さんが切り出してきた。
「俺は飲み物だけでいいかな」
「なに言ってんの? ユキユキもご飯を食べなさいよ」
「え、食べなきゃいけないの?」
「当たり前でしょ。なんのためにユキユキを連れて来たと思ってるのよ」
お返しのためだろ。
俺が心の中で突っ込んでいると、桐野さんがコラボメニューの下に書かれてある文を指差した。
「フードメニューを頼むと、一品につきランチョンマットを一枚貰えるのよ。だからユキユキも頼みなさい」
げ、まじかよ……。
貰えるランチョンマットには、エロゲーの登場人物が一枚につき一人描かれている。
俺と桐野さんが二人注文すると二枚も貰えるのだから、エロゲーマニアの彼女からしたら是が非でも多く欲しいんだろうな。
「大丈夫。ここの代金はあたしが出すから、ユキユキは遠慮せずに好きなもの注文しなさい。あ、もちろんランチョンマットは二枚とも貰うから」
ドリンクと同じくフードメニューも強気の値段で、どれもが二千円を越えていた。
奢ってくれるのはありがたいけど、これはしんどいな……。
「決まった? ほら、行くわよ」
俺が不安を胸中に渦巻きながら、それでも覚悟を決めて桐野さんに引っ張られる形で入店する。
このときの俺は知らなかった。
懸念していたことは杞憂に終わることを。
店内の壁面には、エロゲーのヒロインたちが描かれた大きめのポスターが展示され、天井から吊り下げられたモニターにはエロゲーで使われたMVやらOPがずっと流れている。
桐野さんが貸してくれたエロゲーは、後に調べてわかったのだがネットでも評価が高く、少し古めの作品にもかかわらず根強いファンがいることで知られている。
それを裏付けるように、店の中は満席に近い状態だった。
案内された席に向かい合って座るも、桐野さんはなぜかソワソワとしていた。
「桐野さん、どうしたの?」
目の前で落ち着かなくソワソワされると気になって仕方ないので、俺は訊ねてみた。
「……店の中を写真に撮ったりしちゃだめかな?」
「……店員に確認したら?」
桐野さんが店員に確認すると、他のお客さんが入らなければ大丈夫と許可を貰ったので、意気揚々と席から立ちあがり写真に撮りに行ってしまった。
俺はそのようすを窺いながら、横目で店内を見渡すと女性の客も多いことに気付いた。
エロゲーとのコラボだし、男性しかいないと予想していた俺にとってそれは意外な光景。
ほとんどの客が男性で桐野さんだけが女性一人だと、俺も彼女も針の筵だっただろうから、そこは一安心だな。
撮り終えたのか、ホクホク顔の桐野さんが席に戻ってきた。
とりあえず俺は固形物がなるべく少ないカレーを、桐野さんはオムライスを注文。
しばらく待っていると注文した物が運ばれてきた。
俺は軽く嘆息し、辛い食事の時間をなんとか早めに済ませるため心の中で気合を入れていると、向かいから視線を感じて顔を上げる。
なぜか桐野さんが頬杖をついてニコニコと笑みを浮かべながら俺のことを見つめてきていた。
「……桐野さん、食べないの?」
そんな風にジッと見られていると気になって仕方がない。
「あとでね。ユキユキが食べてるところを見てたいから」
「見られていると食べづらいんだけど」
「まあまあ、気にしないで」
無茶なことを言われてしまい、俺は眉間に皺を寄せてしかめっ面をしてしまう。
それでも桐野さんは俺のことを見つめ続け、慈愛に満ちた笑みを浮かべている。
「あたしね、ユキユキが食べている姿が好き。美味しそうに食べるから見てて幸せになれるのよね」
……ああ、俺はやっぱり桐野さんのことが好きだ。
桐野さんは知らないだろうけど、俺は周りに人がいたら食べられないんだ。
だけど、不思議だな。今は百人だろうが千人だろうが、どれだけの人がいたとしても平気で食べられそうだ。
――なぜなら、俺は君に夢中だから。
桐野さん以外の人が視界に入らないくらい、俺は君に惚れてしまったんだ。
まるで世界に二人しかいないような錯覚を覚えてしまう。
その綺麗な瞳や俺に向けてくれた笑顔が素敵で、君が喜ぶならいくらだってご飯が食べられそうだ。
俺がご飯を口に運ぶたびに笑顔になるのが嬉しくて、君が髪をかき上げながら食べている姿が愛おしくて、この時間が終わってほしくないと願ってしまうほど楽しい。
知らなかったよ。誰かと食事をすることがこんなに楽しいなんて。
好きな人と食事をすることが、こんなに美味しいなんて。




