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第4話 桐野さんの秘密

 走馬灯から現実に引き戻され、ようやく自分の現状を把握することができた。


「今見たことを忘れろー!」


 俺の顔面をゴリラかと錯覚させるほどの握力で掴みながら、難題な要求を繰り返す桐野さん。


 把握したところで、この現状を対処する方法なんて思い付いてない俺は、降参の意味を込めて桐野さんの腕を何度も叩きながら叫んだ。


「忘れます忘れます!」


 するとようやく、桐野さんは掴んでいた指を離し、俺を解放してくれた。


「……本当に忘れた?」


「はい、もちろん!」


 嘘八百。その場しのぎの発言だが、俺はそう言うしかないので元気よく返事する。


「あたしはさっきまでなにしてた?」


「…………」 


 桐野さんの問いかけに、なにも思い付かない俺は押し黙ってしまう。

 その瞬間、またもや万力のような痛みが俺の顔に襲い掛かる。


「痛い、痛い……っ!」


「忘れろー!」


 やばい、このままだとずっとこれの繰り返しだ!


 必死の形相で俺の顔面を締め上げる桐野さんに、無理難題を押しつけていることをわかってもらうために叫んだ。


「絶対無理ですって! こんなことしても忘れるわけないでしょ!」


 俺の叫びが届いたのか、桐野さんは掴んでいた顔から指を離し、膝から崩れ落ちる。


「うぅ、あたしだってそんなことはわかってたわよ。けど、秘密を知られたからにはこうするしかなかったの」


 いや、無理があるだろ……。


「エロゲーをしてることが、そんなに知られたくなかったの?」


 俺が何気なく訊ねてみると、普段のようすからは考えられない目つきで睨んでくる桐野さん。


「……あんた、友達いないでしょ?」


 どうしてわかった。

 というか、桐野さんの口調が変わっていないか?


「人の秘密を知ったときは、誰も言わないことを約束して、そのあとは黙ってその場から去るのよ。なのに、あたしの秘密を掘り返すとか正気?」


「……なるほど」


 俺がその言葉に納得すると、桐野さんは満足したようで、立ちあがり勝ち誇った表情を浮かべる。


 そこから一瞬の沈黙。


「……あんた、それ以外にないの?」


「それ以外って……」


 なにか言うべきなのか……?


 俺が何を言えばいいか困惑していると、これ見よがしに桐野さんがため息を吐いた。


「……あんた、本当に友達いないのね。さっき教えたでしょ、それを実行しなさいって言ってるのよ」


「ああ、なるほど」


 口約束に意味があるのかわからないが、桐野さんがそれで安心するならとりあえず言っておくか。


「桐野さんがエロゲーをしていたことは誰にも言わないから」


「…………」


 ちゃんと教わった通りに言ったつもりだが、どうやらこれも間違っていたようで、桐野さんはげんなりとし肩を落とす。


「……まあ、いいわ。もし誰かに言ったらどうなるかわかってるわよね?」


 桐野さんが青い瞳を細め、睨めつけてくる。

 

 ……美人が凄むとこんなに怖いんだな、一瞬ちびりそうになった。


 俺が黙って頷くと、ようやくそれで解放する気になったのだろう、桐野さんはスマホを鞄にしまい帰り支度を始める。


「でも、エロゲーをやってるってそんなに秘密にしたいこと?」


 そこまで秘密にしたい理由がわからないので改めて訊ねると、桐野さんはうざったそうに俺を睨みつけたあと、それでも流石に無視はせず質問に答えてくれた。


「……掘り返すなって言ってるのに。あのね、あたしがエロゲーをやってるように見える?」


「まあ、意外には思うかな」


「それが答えよ」


 いや、わからん。


「意外に感じるだけで、別に桐野さんがエロゲーしてても良いと思うけど」


 人に迷惑をかけなければ誰がなにをやってもいいはず。

 ちょっと特殊なゲームをしているだけ。それを咎められる謂れはない。


 当然の意見を言ったつもりだが、それを否定するかのように桐野さんがサラリと美しいブロンドヘアーをかき上げた。


「あのね、このあたしなのよ? 完璧なあたしがエロゲーをやってるなんて、学校でのイメージが崩れるじゃない」


 もう俺の中では崩れてきてますがね。


 桐野さんって普段はこういう感じなんだ。その容姿からお嬢様のようなイメージがあったけど。


「てか、さっきのってグ〇ーング〇ーンだよね? 俺もやってるよ」


 なぜ涙目になっている桐野さんよりスマホのほうに目を引かれたかというと、それは俺も遊んだことがあるゲームだったから。


「え、ほんと!?」


 自分がやっていたゲームをしていたことがよほど嬉しかったのか、桐野さんは前のめりになって身を寄せてきた。


 ち、近い……。


 美人の顔が急に近付いてきて、思わず顔を背けてしまう。


「う、うん……。俺がやったのはコンシューマーだから、Hシーンは見たことなかったけど」


「はっ」


 途端に鼻で笑いだし、露骨に俺を見下してくる桐野さん。


「コンシューマー、片腹痛いわね! エロゲーからHシーンを抜いたコンシューマーなんて、そんなのあんこの入ってないどら焼きのようなものよ!」


 そ、そこまで言います……?


「いい? 恋愛においてエッチっていうのは最大の愛情表現の一つなの、ましてやエロゲーでそんな重要なシーンを抜いてしまうなんて悪手もいいところよ」


「はあ、そうですか……」


 やばい、桐野さんがなにか語りだした。


 どうやらエロゲーは彼女にとって重要なコンテンツらしく、俺はその地雷を踏んでしまったようだ。


「エロゲーは十八禁だからこそ表現できる作品が一杯あるの。F〇teがいい例ね、あれは十八禁とコンシューマーで内容が違うの。十八禁だからこそその真価が発揮される作品よ」


 桐野さんのエロゲー談義を右から左に聞き流す。


 が、その講釈は終わりが見えないので、俺は仕方なくその話題を変えるために気になっていたことを訊いてみた。


「そんなに秘密にしたかったなら教室でエロゲーなんてしなければよかったのに」


「…………」


 なぜか俺が悪いみたいな雰囲気を醸し出しているが、元はと言えばこんな公の場でエロゲーをやっている桐野さんが悪い。


「だって早苗ちゃんが……、早苗ちゃんが……っ!」


 桐野さんがまたもや涙目になりながら言い訳をし始めた。


 ちなみに早苗ちゃんというのは、さきほどまで桐野さんがやっていたエロゲーの登場人物の名前である。


「あんな気になる流れで終わったら、どうしても続きが見たかったの! 知ってる? 今やエロゲーはブラウザ版があってスマホでも遊べるのよ!」


 あ、やべ。またもや俺は地雷を踏んでしまったようだ。


 再度始まったエロゲー談義を右から左に聞き流しながら、俺の中で桐野さんの印象がどんどん変わっていく。


 確かにあのエロゲーは俺もやったことがあるし感動もした。続きが気になり、家に帰るまで待ちきれずに教室でやってしまった気持ちはわかる。


 しかし、Hシーンで涙を流しているのは傍から見てて、こう、なんていうか……。


 はっきり言うと、痛いな……。


 桐野さんって、学校では品行方正な印象で通っているけど、その実態はとても痛い人なのかもしれない。

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