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第3話 桐野さん

 放課後、やっと憂鬱な学校が終わりを告げる。


 クラスメイトが三々五々教室から出ていく中、一つのグループがどこのカラオケに行くかと話し合っていた。俺を誘ってくれたグループだ。


 そのうちの一人、俺をカラオケに誘ってくれた女子が、桐野さんに近づいていく。


「桐野さん、このあとみんなでカラオケに行くんだけど、よかったら一緒にどう?」


 教科書を鞄にしまっていた桐野さんがゆっくりと顔を上げる。


 端正な顔立ちに加え、成績優秀、スポーツ万能と、本当に同じ人間か疑ってしまうほどのスペックを持った彼女は、優秀さゆえか自分と釣り合う人間がいないからなのかわからないが、早瀬さん以外と一緒にいるところを見たことがない。


 早瀬さんがいないときは一人でいるところをよく見かける。


 そういった意味では俺と似ているかもしれない。が、決定的に違うところは、桐野さんは物語の主人公側であり、俺はモブ側である。


 もし俺が風邪などで学校を休んでも誰も気にも留めないだろうが、桐野さんが学校を休んだ日には学校中の生徒が落ち込むだろう。


 桐野さんが申し訳なさそうに眉を下げ、視線を落とした。


「ごめんなさい。今日は予定があって行けないんです」


 高く澄んだ声。ただ桐野さんは断っただけだというのに、まるでクラシック音楽を聴いたかのような錯覚を覚える。


 頭を下げながら謝る桐野さんに、誘った女子が慌てて手を振った。


「あ、ううん! 予定があるなら仕方ないから」


「本当にごめんなさい。また機会があれば誘ってください」


「もちろんもちろん!」


 丁寧に断る桐野さんを見て、女子の後ろに控えていた同じグループのクラスメイトが残念そうに、しかしどこか納得したかのような表情をしている。


「桐野さんだしな。きっと放課後は忙しいんだろうな」


「そうそう、勉強とか習い事とか色々あるんだろ」


 俺が断ったときとはまったく違う反応をしている。

 あれだけ俺には悪態を吐いていたくせに。


 少しモヤモヤした感情が胸の中を渦巻いたが、スクールカーストのトップと自分では対応が違うのは当たり前か、と無理矢理自分を納得させる。


 桐野さんはいつもあの調子でクラスメイトの誘いを断っている。

 なぜかはわからないが、早瀬さん以外とは仲良くする気がないらしい。


 早瀬さんは早瀬さんで奇行が目立つために、鼻から誰も誘ったりしない。


 そのため学校の二大美少女である二人を、他の生徒は遠巻きに眺め、それがより二人を神秘的に感じさせた。


 ……まあ、俺には関係ないことか。


 同じ学校の生徒でクラスメイトだが、雲の上の存在。

 接点がない上に、仮に接点があったとしても、ただでさえ人と会話するのが苦手な俺には、なにを話せばいいかわからない。


 それは昼休みに早瀬さんと過ごして実証済みだ。


 自分のコミュニケーション能力の低さに呆れながら、俺は誰にも誘われることなく、わいわいと談笑するクラスメイトの声を背に教室を後にした。


 帰路を辿っている最中、俺は忘れ物をしていることに気付いた。


 時間を確認しようとポケットからスマホを取り出そうとして、それがどこにも無いことがわかった。


 スマホを持っていようが、誰からも連絡なんてない。

 だからと言って、今や現代人にとってスマホは必需品。無いと不便だし、不安にもなる。


 スマホを取りに戻ろうと、俺は小走りで学校に引き返した。


 夕方の校舎は昼間とはまた別の顔をしている気がする。


 傾いた陽の光が廊下の窓から差し込み、学校全体をあかね色に染めている。


 教室中に響いていた生徒の喧騒も聞こえず、グラウンドや部室から聞こえてくる部活動に励む生徒の声が微かに聞こえてくるのみ。


 寂しくなった校舎の中を、俺は教室に向かって歩を進める。


 早くスマホを拾って家に帰ろう。

 特に用事もないんだけど、学校という空間は苦手だ。


 自分のクラスの教室に着き、扉を開けようと手を伸ばした瞬間、中から呻き声が聞こえてきた。


 な、なんだこの声……?


 あまりの異常事態に、伸ばした手が行き場を失くし、そのまま固まってしまう俺。

 脳裏をよぎるのは、この季節にぴったりの怪談話。


 夏といえば怖い話で楽しく興じるのが日本の風物詩。


 俺もそういった動画などを見たりするし楽しんだりするが、それは他人事だから。

 当事者になろうなんて微塵も考えていない。


 ど、ど、どうしよう……!?

 ゆ、幽霊!? それとも妖怪!!


 いやいや、幽霊なんて馬鹿な話、信じてるわけないじゃん。俺が見ていた動画だって作り話だから。


 もう小学生じゃないんだから、怖いわけじゃない。だけど、今日はスマホを諦めてもいいんじゃないかな?


 別にスマホが一日二日無くても、死ぬわけじゃないんだから?


 誰からの体裁を気にしてるかわからないが、とりあえず自分の中で言い訳を並べておく。


 スマホを諦めて踵を返そうとしたとき、あれだけ怖がっていたくせに、怖いもの見たさなのか誘惑に駆られて扉の窓から教室の中をチラッと覗き見てしまう。


 真っ先に目に付いたのが、教室の中央にいる女子生徒。その女子はブロンズのロングヘアーをしていた。

 夕暮れの陽の光を浴びた金色の髪が、きらきらと輝いている。


 桐野さんが椅子に座り、スマホをじっくりと凝視していた。


 そのようすがおかしかった。

 どうやら俺が危惧していた幽霊や妖怪はいなかったが、恐怖に怯えていた低い呻き声の正体は彼女が出していた。


 もしかして、泣いている……?


 俯いてスマホを凝視しているため、垂れ下がった髪でその表情が見えないが、肩が小刻みに震えているようすから泣いているように思えた。


 心配になった俺は教室の扉を開け、ゆっくりと桐野さんの背後に近付いていく。


 やっぱり、泣いている……。


 教室に入ると、その呻き声が、声を押し殺して泣いているからだとはっきりとわかった。


「桐野さん……?」


 俺がその震える背中に声をかけるも、桐野さんは聞こえていないようで返事がなかった。


「桐野さーん」


 今度は少し大きめの声を出して呼びかけるも、桐野さんは変わらずスマホを凝視している。


 聞こえていないだけだよな……? これが無視とかだったら普通に傷付くぞ。


 仕方なく俺は、その小刻みに震える肩に手を置いた。


 その瞬間、ビクッと身体を震わせ勢いよく桐野さんが振り返った。


 振り向いた拍子に耳からイヤホンが零れ落ち、どうやら周りの音が聞こえなくなるくらいの音量でなにかを聞いていたらしい。


 桐野さんの瞳がうるうると涙が溜まっていた。

 泣いていたことも気になったが、それよりも、桐野さんの肩越しから覗くスマホの画面に俺の興味が引かれた。


 桐野さんはスマホを横持ちにし、画面には裸になった美少女が横たわっていた。


 画面下部には、その美少女と思わしきセリフの文字が並び、雰囲気から察するに喘いでる。


「あれ、これって……エロゲー?」


 俺がそう呟いた瞬間、桐野さんが目にも止まらぬ速さで顔面を掴んできた。


「ぎゃぁぁぁああああ!!」

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